第10-2回「馬車隊との再会」


 日も少しずつ高くなっていき、もうすぐお昼かな、と思い始める頃。

調理場の方から、わずかではあるが、にぎわいをまとわせたような空気が、ただよってきているような気がしていた。



 なんだろう、何かあったのかな。



とりでに流れる風は、穏やかなまま。

襲撃のきざしも、気配も感じられない。

まだ体的にも余裕があり、今は重要な役目も与えられていなかったので、その様子を見に行く事にしてみる。

階段を降りて向かっていくと、見慣れたほろ馬車が、そこに到着していた。

馬車の近くで話していた人の顔を見て、嬉しいという気持ちが、ふといてくる。



 あれは、マンソンさん達の馬車隊だ。

 せっかく見つけたんだ。

 今は、自分にも余裕があるんだし、少しだけ手伝ってみようかな。



そんな思いを胸に、その近くまで歩み寄ってみる。

とりあえず、と一番右端の荷下ろし場に混ざっていき、受け渡される荷袋を受け取り運び出してみた。

最奥に積まれた荷物まで手が進んだところで、ふと聞き馴染なじみのある声が、飛んできた。


「アールじゃないか。手伝っていても、いいのか?」


 ほほを緩ませながら、ディアナさんが話しかけてくれている。


「ええ、今は大丈夫ですよ。敵襲もありませんし、休憩を回したりしているだけなので」

「そうか、ありがとうな」


 最後の荷物を荷下ろしの方に渡してすぐ、彼女は、少し来てくれ、と言うような仕草をした。


「なんでしょうか」

「ちょっと大事な話があるんだ。ここじゃサボっていると思われる、来てくれ」


 彼女に連れられてそこから離れようとした瞬間。

また横の方から、聞き馴染みのある声が、飛んでくる。


「アール君じゃん!なんで居るの?」


 声の主、リリスがいつもの調子で口を動かしながら、スタスタと歩み寄ってくる。


「うん、手がいていたから、手伝っていたんだ。あと、ディアナさんが、何か大事な話があるって言ってて」


 彼女にそう返事をすると、何かを察したのか、彼女はディアナさんに目を向ける。


「大事な話って・・・・・・例の?」

「まあ、そうだな。これから部隊長のところで、あらためて彼にも説明しようと思って。戻ってからじゃ、少しバタバタするだろうし」


 いったい、何の話なのか、まったく見当けんとうもつかない。



俺は、ただ2人の顔を見る事しか出来なかった。

ひとみを転がすように2人を見ていると、またディアナさんが、ついて来てくれ、と言うように手招きをしてくれている。


「あ!じゃあ私も行きます!」

「おいおい、リリスには来る前に言ったはずだし。ここで言っても、くどくなるだけだが・・・・・・」

「いいですよ!こういうのは、くどいくらい聞いておいた方が確実なんですから」


 別にいいんじゃないのか、と言いかける彼女を制するように、リリスは言葉をたたみ掛けている。

その勢いに、彼女も少し驚いた表情を見せた。


「・・・・・・な、なら、任せるよ」


 そう言ってから、歩きだそうとした彼女の姿に、ふとある人の事を思い出す。


「あ、あの。俺だけでいいんですか。他の、そのトミーさんとか、モーリーさんとかエディさんは」


 3人の事が気になり、そう話しかけてみると、彼女は笑い返してくれた。


「エディ君は大丈夫、ここに来る前に説明したから。トミーさんは・・・・・・まあ、あんな感じだし」


 そう言いながら、彼女の視線が向こうに留まった。

同じ方向を見てみると、周囲の視線を物ともせずトミーさんは、マンソンさんと砦の副料理長ホーラーさんと、何かを話しながら、ブハハと高らかに笑い合っている。



 なるほど、いつもの感じ・・・・・・。



それ以上見ていると、何だか彼を侮辱ぶじょくしているような気もしてきた。

もうここで止めておこう、とつぶやくように頭を下げてから、目線をまたディアナさんらに戻す。


「あの人には、君から言ってあげたらそれで充分だと思うよ。また戻ってから、もう一度支部長から説明されると思うし」


 彼女の言葉に、思わずうなずき返してしまった。

聞かされた言葉に二つ返事をする彼の姿が、容易に想像出来る。


「じゃあ、ちょっと来てくれ。説明したい」


 うながされるがまま、その後ろについて行こうとした時、また聞き覚えのある声が、聞こえてきた。


「おー、ディアさん。来ていたのか」


 手を振りながら、エンブル部隊長がこちらに向かって、歩いて来ている。


「エンブル隊長、お疲れさまです。その、例の件について、彼にも話そうと思っていたところでして」

「ああ、例の『森を奪還だっかん』する、あれ!ははは、もう君達しか頼れないからね・・・・・・。どうか、成功させてくれよ」


 ディアナさんと話す部隊長は、笑顔を浮かべて気さくに答えている。

が、その笑顔も、無理に作ったように堅苦かたくるしいもので、すぐにめ息を吐いて、肩を落としてしまった。



 ちらりと口にしたという言葉。

 昨日偵察ていさつに行った、あのホーホックの森、の事なのだろうか。



「どうする?さわりだけでもエンブル隊長から・・・・・・」

「いや、それが。今回の作戦はもう、私は名ばかりになってしまってね、恥ずかしながら・・・・・・。詳しい事は、オッドマンから聞かされると思うから、そこであらためて聞いてみてくれ。すまない」


 彼はそう言いながら、申し訳なさそう頭を下げて、その場を後にしていった。



 なんだろう・・・・・・?

 この前の失敗があったから、漏れないように秘匿ひとくしている、という事なのだろうか。

 いや、その割には、ディアナさんは作戦について知っているような感じだし。

 なんだろう、この違和感は・・・・・・。



そう考えながら頭を傾げていると、リリスがポツリと、彼女に向かって呟いた。


更迭こうてつ・・・・・・ですか?」

「かもな。自分の馴染みから討伐とうばつ隊を差し向けて、あのざまだったからな。上にしぼられて参っているのかも」


 そう言いながら、ディアナさんは苦笑いを浮かべている。



 砦の部隊長も、色々と大変なんだな・・・・・・。

 いやいや、そんな様子を、ボーッと見ている場合じゃない。



本来の聞きたかった事を忘れそうになっていた俺は、ぶんと首を振って、彼女に話題を戻した。


「ディアナさん、その大事な話っていうのは・・・・・・」


 彼女も、ああそうだった、と言うように、少し慌てた様子で視線を引き戻す。


「あ、うん。さっきのホーホック攻めで、私ら全員も加わって行く事が決まってね。だから、次の補給のタイミングで、モーリーさんもアール君も、引き上げる事になったんだ」



 えっ、引き上げる・・・・・・?

 という事は、あと少し頑張ったらもう変な仮眠からも───。

 この少し頭がボーッとした状況からも、終わり・・・・・・と言うことか!?



「アール君、またニヤニヤしてる。嬉しいんだ」

「えっ?」


 リリスの言葉に思わず、ほほをペタペタと触ってしまう。


「いや、そんな隠さなくてもいいよ。あれの疲れは、考えていなくても、体にじわじわと来るものだからね。解放されて嬉しくなる気持ちも分かるよ」


 そんな様子に明るく、ディアナさんも笑っている。



 正直、少し気怠けだるくてツラいかもと思う気持ちもあったのだが。

 まさかこんなにもあっさりと、指摘されてしまうとは・・・・・・。



なんだか無性に恥ずかしくなり、2人と目を合わせられなってしまう。


「まあ、私らも今のところは、くわしく聞いていないんだ。決行もおそらく、1週間先だろうなって事ぐらいしか。前の失敗もあるだろうから、当日いっぱいまで、色々と内密ないみつでやっていくのかも」



 森の奪還に、指揮をる人がオッドマン副部隊長。

 そして、この前の偵察と、その依頼いらいがオッドマンさんからだった、という事。

 彼女の口から明かされた、森攻めの話。



ここで見聞きした事と、体験した事が、頭の中でつながっていき、うっすらとその全容が、浮かび上がってくる。


「そうでしたか。俺、今のでなんとなく、分かりましたよ!」


 それらの事実が自分の中で繋がった事に、思わず喜びの声を上げてしまった。


「お、おお・・・・・・?」

「アール君、また嬉しそうにして。あ!なんか、良い事あったんだ!」


 リリスの言葉に、つい昨日あった事を口走りそうになる。

あの偵察の出来事を、口にしようとした瞬間だった。


「あ、リリスもディアナも!何してんだ、そろそろ出発するぞー!」


 向こうの方から、トミーさんの声が聞こえてくる。

もう帰りの荷物も積み終わったようで、思っていた以上に、俺は彼女達と、長話をしていたようだった。


「じゃ、そういう事だ。また帰る時になったら、詳しい事が分かるかもしれないからな。頑張れよ」

「じゃあね!戻ったら、あの約束の事、忘れないでよ!」

「う、うん。うん・・・・・・」


 去り際に出たリリスの言葉に、一瞬ディアナさんが戸惑とまどいの表情を見せる。


「なんだ?約束って?」

「あ、ええと。それは・・・・・・」

「ほら、ディアナさん!早く行こうよ!」

「あ、ああ・・・・・・?じゃあな、頑張れよアール」


 彼女が聞き返した瞬間、答える間もなく飛んでくるリリスの声。

その声に引かれるように、2人の姿は馬車隊の方へと、消えていった。

2人の姿を見送って間もなく、あの幌馬車がトコトコと、列をして砦の中を去っていく。

ふと視線を外すと、スープと何か付け合わせを取って、各々おのおのが席に、食事につき始めていた。



 もう、お昼か。

 こうしちゃいられない、モーリーさんの所に行って、代わってあげないと。

 残り僅かな、ここでの生活・・・・・・。

 頑張るぞ!



そう言い聞かせて、自分の体にかつを入れてから、彼の元へと足を進めていくのだった。




 -続-

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