第10-3回「穏やかな帰路」


 ゆらゆらと流れる雲。

トコトコと聴こえてくる、軽やかなひづめの音。

雲に覆われたりしながら、穏やかに、高く昇っている日の光を浴びつつ、俺はほろ馬車に付き添って、ニッコサンガへの帰路についていた。



 ホックヤードとりででの、急遽きゅうきょではあったが、初めて仕事を終えて───。

 なんとかこうして、五体満足で帰ってくる事が出来た。

 エディさんと入れ替わって、緊張だらけの中で仕事に入れさせてもらい───。

 偵察とか色んな事があったけれど・・・・・・。



あの砦に居たのは、6日と半日。

する前は長いと思っていたが、終わってみればあっという間だった。



 モーリーさんとも、あれくらいの関係なら、もう2日くらいは───。

 いやいや。仮眠だらけの夜があったりして、今はふらふらじゃないか。

 あの夜の見張りさえ無ければ、もう少しやってもいいんだけれどな・・・・・・。



やがて、横に広がっていた森も終わり、辺りには平原と、ぽつぽつと点在てんざいする畑へと様変わりしている。

砦に向かうまでの道中、2回とも襲われたこの道筋も、今は驚くほどに平穏そのものだ。

何もなさ過ぎて、蹄の音を聞いているうちに、なんだかまぶたが重くなってくる。



 とうとう、ゴブリンの襲撃は無かったな。

 あー、眠たい・・・・・・。



思わず出たあくびを誰かに見られないように、頑張って押さえていた時だった。


「こらアール!」

「うおっ!?」


 力強い女性の声がして、ギョッと胸が縮みあがる。



 ディアナさん、まさか今ので怒った・・・・・・?



慌てて目を向けてみると、側でリリスがけらけらと笑っていた。


「やーい。引っ掛かった」

「な、なんだぁ・・・・・・」


 声の正体に肩の力が抜けて、そのまま崩れ落ちそうになる。


「でもアール君、ウトウトし過ぎ。眠いのなら、サンドヒルズさんみたいに入って休んでいたら良かったのに」

「そ、そうだよね。ごめん・・・・・・」


 一瞬彼女が目を向けた先に、俺も目を向けてみる。

あの幌はからっぽだという事もあり、モーリーさんが今は入って、少し横になっていた。

マンソンさんやディアナさんも、初仕事の俺を気遣きづかって、入って横になれよ、と言ってくれていたのだが。

自分はまだ若いし、経験もまだまだ足りないので、少しでも慣れていきたいと理由をつけて、こうして付き添いながら歩く事にしたのだ。



 でもまさか、その流れで───。

 自分に代わって「4人いれば充分だろ」と、トミーさんが中に入って、休む事になるとは・・・・・・。



あの時の光景が頭に浮かんできて、思わず笑みがこぼれそうになる。



 空に流れている、雲は穏やか。

 聴こえてくるのは、草の間を抜ける風。

 そして、地面を蹴る蹄の音と、俺達の足音だけ。



そんな音に耳を傾けているうちに、ふと1回目、2回目と向かった時に、あれだけ襲っていたゴブリン共の気配が、今回は無かった事が、少し気になってきた。



 リリスも何か、気づいているのかな。



「なあ。1つ聞いてもいいかな」

「うん?いいよ」

「リッちゃんはさ、今回の往路でゴブリンと戦ったりしたの?」


 その疑問になぜか、怪訝けげんな表情を見せるリリス。


「うん・・・・・・。それがね、アール君がエディさんと代わったあの日から、一度も襲われる事が無かったの」

「そ、そうなの?」


 その言葉に、思わず尋ね返してしまう。


「うん。なーんか、遠巻きに見ている感じはあったけど、すぐにあきらめて引き返したというか。露骨ろこつに私らを避けている感じだったんだよね」


 それを聞いた時、ふと頭に、ある言葉が浮かび上がってきた。


「もしかして・・・・・・あの撃退げきたいが、抑止よくしになった・・・・・・」


 こらえきれずに、口に出してしまった俺の言葉に、彼女もアッとした表情を浮かべる。


「かも!かもしれないね。向こうからすれば、2回襲って2回とも成果無しだもん。確かに、それはそうかも」


 彼女の反応に、なぜだか嬉しさが込み上げてくる。



 そうか、あの頑張りが・・・・・・。

 気概きがいだけで、どうにかしてやると頑張ったあれが───。

 ちゃんとこういった形になって、返ってきたんだ。

 あれは、無意味に終わらず、ちゃんと成果に、つながったんだ。



 頭の中に浮かんでくる言葉に、どんどん嬉しいという思いが、こんこんとき出てくる。


「アール君、またニヤニヤして。よっぽど嬉しかったんだ」

「えっ!?え、ええと・・・・・・」


 また堪えきれずに、1人で勝手に笑っていたらしい。



 ああ、また見られてしまった・・・・・・。



「なんで恥ずかしがるの!いいよ、別に笑っていても」

「そ、そうかな・・・・・・」

「そうだよ!私も、怖い顔のアール君より、笑っている顔の方が好きだし」

「えっ」


 彼女の言葉に思わず、目を向け返してしまう。

リリスは、青い空に負けないくらいの、気持ちの良い笑顔を浮かべていた。



 そ、そうかも。

 そうなのかもしれない。

 彼女が笑ってくれているんだ。

 俺も笑おう。



さんさんとした、その笑顔に釣られて、俺も笑い返す。


「おーい、リリス。いくら安全だからって、ちょっとしゃべり過ぎだぞー」


 ふと前から声がしたので、目を向けてみると、一番前に付き添っているディアナさんが呼びかけていた。


「あっ、すいません!」

「へへへ、怒られた」

「うるさい。ボーッとしてたアール君が悪いんだから」


 足早あしばやと去っていく彼女に、もう一度笑みを返す。

空に浮かぶ雲の様子は、相変わらず穏やかなものだ。

遠くには、小さくではあるが、カウツの村が見えかけている。

のんびりと流れる風に、そよそよと吹かれながら、俺達はゆっくりと、帰路を歩いていくのだった。




 -続-




 <あとがき>

・またしばらく、日常パートになります。拝読、ありがとうございました。

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