第11-1回「賑わう支部」
空が
「失礼するぞ」
ディアナさんがドアを軽く叩いてから、ガチャリと中へと足を踏み入れていく。
「あっ、皆さんお帰りなさい!」
向こうから聞こえてくる、セシリーさんの明るい声。
その声に吸われるように、前に居るトミーさん達も、ぞろぞろと中へ足を踏み入れていった。
「おー、みんな。お帰り」
こちらに目を向けながら、スタックス支部長が軽快な足取りで、階段を降りて来る。
「隊長、久しぶりだな。最近帰れているのか」
「ははは、帰れたり帰れなかったりで、ちょっとまちまちだよ」
「こんな所で寝てたら、また体壊しちまうぞ?ちゃんと帰れる時は帰って、寝て休まないと」
「は、はは・・・・・・。相変わらず手厳しいな、モーリーさん」
いつもの口調で
皆がここに集まったのは、仕事をやり遂げた報酬を受け取る為、というのもあるが───。
もう一つ、この場を借りて確認しなければならない事がある。
それは、
「まあ、立って話すのもなんだ。もうみんな、ぽつぽつと聞いてはいると思うのだが。とりあえず座ってくれ」
支部長に
少し離れた所では、セシリーさんが集められた報酬を、何かを書かれた紙で確認しながら、仕分けしてくれていた。
「支部長。本当にあたしらも、今回のあれに加わる事になったのか?」
最初にそう、口を開いたのは、ディアナさんだった。
彼女の言葉に、スタックス支部長も
「ああ、突破と確保をする前衛30に、続いて攻め入っていく中段60。そして後方待機の予備40の計130で、あの野営地から敵を
彼の言葉に、トミーさんが目を輝かせる。
「やったなスタさん!久しぶりの大仕事になるじゃねえか!
「トミー、落ち着け。勝手に先走るな、ちゃんと最後まで聞け」
興奮しかけた彼を、モーリーさんがジロリと
彼の窘めに、すまない、と言うように頭を下げる支部長。
場の空気が落ち着いてから、再び彼が口を開く。
「まあ、そういうだ。前衛と言う事は、当然危険が
彼の言葉に、エディさんが補足するように言葉をかけてくる。
「だからこそ、他の前衛班の動きや、副部隊長の指揮を
「ああ。1人でも焦って溝が出来たりしたら、そこを突かれてたちまち総崩れ───なんて事もあり得る。この間の失敗が、そういう事が原因だったから、と言うつもりは無いのだが・・・・・・」
また頭の中に、初めて砦の見張り役で来た時に見た、あの痛々しい、苦しむ兵の姿が頭の中に浮かび上がってくる。
俺も今度ばかりは、あんな形で帰ってきて・・・・・・。
いや、目覚めた、あの時みたいに・・・・・・。
周りの皆、動かなくなって・・・・・・。
自分だけで、奴らの中に・・・・・・。
考えたくも無い光景に、ぞわりと寒気が走ってくる。
「・・・・・・アール君?」
「えっ?あ、ご、ごめん。つい、自分がやられたと思うと、怖くなっちゃって・・・・・・」
心配そうに、顔を
ふと視線を周りに向けてみると、自分の反応で話の流れを止めてしまったらしく、皆がジッと、俺の方を見つめている。
や、やってしまった・・・・・・。
「す、すいません」
「いや、それでいいんだよ。最悪の事を、常に頭の中に置きながら、動けるくらいでいいんだ。見えない成果に手を伸ばすより、周りにある確実を、モノにしてくれる方が絶対にいいんだから」
スタックスさんは、柔和な表情を浮かべながら、そう声をかけてくれている。
彼の言葉に、皆もジッと耳を向けていた。
彼はさらに、話を続けていく。
「手柄を上げて、利益を得る事も大事だが・・・・・・。私は、この仕事で終わりじゃないと、思っている。これからに
そう言い終えてから、小さく頷いたスタックスさん。
真っ直ぐな、混じりっ気の無い穏やかな笑みを、浮かべる彼の姿。
その姿に、心がボッと熱くなってくる。
「はい!!」
自分の声で、ハッと我に返る。
周りの目も気にせず、つい大きな声で、返事をしてしまっていた。
「・・・・・・ふふ。アール、今熱くなっても仕方ないだろ。今日明日じゃないんだから、それは取っておけ」
ディアナさんが
彼女の言葉と、周りのくすくすとした表情に、さっきの返事がまたぐわぐわと、頭の中に響きだしてくる。
俺、何やっているんだ・・・・・・。
そう思う度に、耳がどんどん熱くなってくる。
「おいおい、みんな。あんまり笑ってやるなよ。前向きな気持ちは、別に今から持っていてもいいだろ」
「ああ、それもそうだな。今回だけは、お前の言葉に同意してやるよ」
耳の波打ちは、まだ収まらない。
そんな中でも、皆は俺を、お互いの顔を見比べ合いながら、楽しそうに笑っていた。
「作戦の決行は3日後だ。明日はまだゆっくり休めるはずだ。皆、しっかり休んで、準備してくれ。ホックヤード砦への行きは、またマンソンさんに聞いてみるから、明日の夜前に、もう一度ここに来てくれ。そこであらためて説明するよ」
話を
皆も、彼の言葉に頷き返していく。
ホーホックの森攻略の説明は、こうして緩やかに、終わっていった。
「今回の報酬、分け終わっていますので!皆さんどうぞ」
「今日はお疲れさま!しっかり休んでくれよ」
セシリーさんが話の終わりを見計らったように、声をかけてくれた。
大事な話を聞き終わり、皆はガタガタと立ち上がっていく。
お疲れさん。
次は、頑張ろうな。
お互いが、そう言い合いながら、給料を受け取りにスタスタと並びだしていく。
その様子を、うんうんと頷きながら、支部長は見つめていた。
───なかなか話す機会が無かった、あの、自分じゃない自分が死んだ、夢の話。
それを話す機会は、今なんじゃないのか?
そう思った俺は、報酬を受け取る前に、彼の元へと寄ってみる。
「あの、支部長」
「・・・・・・?どうした、アール君」
「すいません、ちょっと、俺の
あの夢の話。
正直なところ、いくら同じメンバーとはいえ───。
なんだか、辺り構わずホイホイと、言える内容じゃ無いような感じもする。
「少し、離れた所で、お願い出来ませんか?」
そう言葉を添えながら、頭を下げて、一緒にこっそりと出てもらえるように、促す。
彼も、こくりと頷き返して、裏戸を通って中庭へ、一緒に出てくれた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「
「変だと思いますけれど・・・・・・すごく、印象に残った夢を見たんです」
来た時には明るかった空も、燃えるような真っ赤な色を含ませつつ、ゆっくりと夜の色へと、変わり始めている。
冷えた風に吹かれながら、俺はあの、恐ろしい夢について、彼に話し始めていった。
冷たい、真っ暗な水の中に居る───。
自分じゃない、自分。
刃物を沈めて、腕を深く、傷つけていて───。
やがて、そんな自分と、一体になって───。
朝日を見ながら、自分の死を、実感する、夢。
胸を、どくどくと鳴らしながら、あの夢の内容を、丁寧に話していった。
この、発言一つ一つが、手掛かりになるかもしれないと思って───。
何一つ、漏れの無いように、
彼は、何も言わずに耳を
その姿になぜか、収まっていた胸の高鳴りが、また大きくなってくる。
夢の話をすべて言い終えると、思わず
彼は、しばらく目線を
が、何かの答えが、ポンと思い浮かんだのだろうか───。
また俺の目を向いたと思った瞬間、うんと大きく、
「あのメモの内容は、そういう事だったのか」
・・・・・・!!
どうやら、ここを出る前に書き残していたメモを、彼は読んでいてくれていたらしい。
部屋を
それとも、セシリーさんが気づいて、彼に渡してくれていたのかな。
何はともあれ、あの書き残していた内容を知っていてくれていた事に───。
ホッとした気持ちが、
「変な話なのは承知しています。でも、俺・・・・・・。あの夢が、自分と無関係な、意味の無い夢だとは、どうも思えないんです」
「・・・・・・まるで、一度体験したような、感じだから・・・・・・」
言葉を失った。
そこまで、この人は理解してくれていたのか。
「君の見た事だ。この真意は、君にしか分からない。夢だからね。何の
そう言い終えてから、大きく息を吐いて、さらに言葉を続けてくる。
「それでもだ・・・・・・。私もその悪夢が、何の意味も無い、ただのめちゃくちゃな夢だとは、思えないね。君の話し方で、なんとなくだけれど。分かる気がするよ」
嬉しかった。
あの怖さが、理解してもらえたような気がして。
真っ暗で、誰にも言えなかった、あの怖さが───。
ようやく分かってもらえたような、気がしていた。
「・・・・・・ありがとうございます」
気がついた時には、そう言いながら、彼に頭を下げていた。
「いやいや、お礼なんかいいよ。私はこうして、聞く事しか出来ないんだし」
その聞いてもらえた事が、たまらなく嬉しいのだ。
ありがとう。
ありがとう、スタックスさん・・・・・・。
彼に何を言われようと、
「ははは。セッちゃんが驚くだろ、どうしたんだ」
「そ、そうですね・・・・・・。すいません・・・・・・」
気がついた時には、目が
彼は笑みを浮かべて、肩の震えが収まるまで、さすり続けてくれている。
さする
ただ、頭を下げ続けて、ありがとうございます、と言うしか、俺には出来なかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
風のそよぎが、熱くなった目をゆっくりと冷ましてくれた時。
ガチャリと、裏戸が開く音がした。
「あ、あの。アールさん、お金・・・・・・」
心配そうな表情を浮かべて、顔を
「あ、ああ!ごめん、ごめんなさい」
「ははは、セッちゃん悪いね。ちょっと大事な話がね、長くなっちゃって。つい」
彼女に謝りながら、俺はお金を受け取りに、彼の元を離れようとする。
「アール君」
ふと彼に呼び止められ、振り返った。
「あの夢の話、
その言葉に、俺は笑みを返す。
「はい!お願いします」
「アールさん、表でリリスさんが、
「えっ?」
彼女の言葉に、ハッとあの事を、思い出す。
もしかして、あの初給料の『
「ご、ごめんセシリーさん!本当にごめん、すぐに受け取る!」
後ろから聞こえる、スタックスさんの笑い声。
彼の笑い声に押されながら、彼女の後を追って、中庭を後にしていく。
俺はもう、1人じゃない。
パタンと、ドアを閉めた時。
そんな言葉がふと、頭の中によぎっていた。
-続-
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