第11-2回「二人っきりの宴席」


「アール君、もっと急いでよー」


 うっすらと紫の色が侵食しんしょくし始めている空。

それを背にして、リリスはそわそわと体を震わせながら、早く早く、とかしている。


「ま、待ってよ。いそぐ、急ぐから」

「もう遅いってー。ほら、早くしないと締め切られちゃうよー!」

「ちょ、待っ・・・・・・わわっ!」


 しびれを切らした彼女は、グイと手首をにぎってくると、そのままホールへと引っ張っていくように、走り出した。

腰に付けたお金袋をさぶりながら、もう片方の腕を振って、彼女の元から離されないように、足を動かしていく。



 はあ、はあ・・・・・・。



彼女の足が止まったので、少しだけうつむいて息を切り、グイと、顔を上げてみる。

あの親睦会しんぼくかいをしてもらえた『ケインズのキッチンホール』は、まだ外へ向けて、にぎわいの声を飛ばしてくれている。


「間に合った・・・・・・。ふう・・・・・・」


 一つ大きく吐きながら、彼女はすっと視線を向けてくる。


「ま、間に合ったね。ははは・・・・・・」

「もう。着いたんだから、早く入ろうよ」

「そ、そうだね。ごめん・・・・・・」


 つい今日の約束も忘れて、長話をしてしまった事もびつつ、頭を彼女に下げてから、店の中へと足を踏み入れていく。

中は、あの時よりもわずかに、人が少ないような感じがした。

それでも、聴こえてくる些細ささいな日常話や、顔も知らない誰かの愚痴ぐち───。

そして、つくえの上に並べられた湯気の立つじゃがいも、輝きを放つジョッキが、明るくて楽しい、いこいの場所だと、再認識させてくれる。

ウェイターの方に2名だと伝えて壁際かべぎわの、椅子いすが4つ並んでいる、丸い机に案内してもらった。


のどかわいたね」

「そうだね。なんでもいいよ」

「分かった。すいません、冷たいお茶2つ」


 注文を受けたウェイターさんは、ぺこりと頭を下げて、その場を離れていく。


「アール君はどこに座る?」


 彼女の問いを受けてもう一度、机の周りへ目を向けてみる。



 正直、どこに座りたいという気持ちはまったく無いのだが。

 さて、どこにしよう・・・・・・。



「じゃ、私ここで」


 彼女は隣の机に面している席に、ヨイショと腰掛ける。



 それなら、ここはこう座った方が落ち着くか。



そう思いながら、彼女と向き合えるように対面の、柱を背にした側の席へと腰掛ける。


「アール君、どれにする?」


 そうこうするうちに、今度は置かれたメニュー表をのぞき込むようにして、指を差しながら、話しかけてきた。

言われるがままに、ずらりと書かれた料理の名前に目を通していく。



 キャベツの酢漬けも、美味しかったな。

 お茶から入るなら、ハムの盛り合わせなんかも、あったら良いと思うし・・・・・・。

 気になっていた、南国瓜のポタージュも、今日を機に食べてみようかな・・・・・・。



「じゃあ、俺は・・・・・・。キャベツの酢漬けと、ハムの盛り合わせ5種にしようかな」

「いいね!私も酢漬けと、あとチーズにしよっかな。この5種の」


 これでいこう、と選んでいった料理名に、彼女も笑顔を返してくれる。



 これがきた後で、それからはどうしようかな・・・・・・。



と、またメニューと向き合いながら考えていると、頼んでいた冷たい麦茶が机の上に並べられていく。

その流れで、ウェイターさんにさっき決めた商品を注文していくと、彼女から、ある提案が飛んできた。


「アール君、ここのビール美味しいんだよ!せっかくだから、んでみてよ!」

「えっ、俺も?」


 その言葉でふと、頭の中にこの前の、ぐでぐでにい潰れた彼女と、眠り落ちたセシリーさんの姿が、浮かび上がってくる。



 それを呑んだら、俺もあんな事に、なるかもしれないのかな・・・・・・?

 もしそうなったら、今日は2人だけなんだし・・・・・・。

 頼んでも、大丈夫なのかな・・・・・・?



「う、うーーん。前みたいな事に、ならないかな?」

「大丈夫!私、初めておごってくれるアール君の為にも、あんな酔い方しないから!今日はちゃんと帰れるようにします!」

「う、うーーーん・・・・・・?」



 本当に、大丈夫なのだろうか・・・・・・。

 でも、今日はせっかく、初給料で食べようって決めた、約束の場なんだし・・・・・・。

 ここで断るというのも、なんだか嫌だな。



 やけに自信をたたえた言い方に、僅かな不安を感じつつも、楽しもう、という心の声もあり、ついその勢いに飲まれたまま、うなずき返してしまった。


「じゃ、じゃあ。ビール2つ」

「かしこまりました」


 ウェイターさんの笑顔に、また不安な気持ちがよぎってくる。



 本当に、大丈夫かな・・・・・・。

 あんな形で、お互いめちゃくちゃに酔って、もう何もかも、分からなくなったりしたら・・・・・・。

 俺、支部の皆に、顔向け出来ないぞ・・・・・・。

 皆に迷惑をかけるような事だけは、絶対に避けないと・・・・・・。



「ほらアール君!そんな暗い顔しないで!楽しまないと!」

「う、うん。ははは・・・・・・」


 なみなみにそそがれた麦茶を片手に、彼女がまぶしい笑顔を向けてくる。

こんな笑顔を向けられたら、とても後の心配だの、お酒が怖いだの、言い出せない。



 リリスも、わざわざ誘ってくれたのは、こんな湿しめっぽい姿が見たいが為ではない、はず。

 なら、俺も今日は、パーッとやらないと。



「じゃあ乾杯かんぱい!お疲れさまー!」

「お、おう!!」


 突き出された容器に俺もかかげ返しながら、釣られるようにカツン、とぶつけ返す。

そのまま口をつけて、ごくごくと嬉しそうに喉を動かして飲んでいくリリス。



 俺も、今は楽しくやる事を一番に考えないと、な!



胸の中でそうつぶやきながら、彼女に負けじと渇いた口の中へ。

グッと冷えた茶を、麦の香ばしい風味と共に、ごくごくと流し込んでいくのだった。




 -続-

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