第11-3回「酔い潰れたリリス」


「えへへ~~。どこ帰るの~~~?」

「ほら、リッちゃんのおうちだよ」

「そうでした~♡早く連れてって~~~」


 ゆったりと輝く星の下。

誰も歩いていない、しんと静まりかえった、通り。

その中を、つぶれたリリスを落とさないように、ガシリと肩を支えてあげながら、彼女の家まで一緒に送り届けているただなかだ。



 2人合わせて、ビール3杯に麦茶3杯。

 ハムの盛り合わせ、チーズの盛り合わせ1皿ずつ───。

 それから、ソーセージ5本に、キャベツの酢漬け2皿。

 南国瓜のポタージュ1杯に、ガーリックトースト5枚。


 金貨を使わずに、銀貨だけで支払いが済んだのは、想定外の安さで、嬉しかったのだが───。

 案の定、彼女はすっかり、仕上がってしまった・・・・・・。

 あれだけ、自力で帰れるようにむ、って言っていたのに。



「うあ~~。見て~、星がいっぱい~♪」

「あー、はいはい。きれいだねー」



 自分はまだ、このニッコサンガの地理は、しっかりと把握はあく出来ていない。

 リリスの家の場所など、もっての他・・・・・・。

 今は、彼女の案内だけが、頼りだ。



暗くて、看板かんばんも下げられているせいか、どこを見ても同じ光景にしか見えてこない。

酔い潰れた彼女の案内だけで、ヨタヨタと歩いていくのが、とても心細い。



 もし1箇所かしょでも、間違っていたら・・・・・・。

 取り返しつかないぞ、これ・・・・・・。



「つ、次はどっちに、曲がるの?」

「う゛~~~ん???あーーー、左ー!!もう近くだよ~」

「わ、分かった・・・・・・」



 時おり吹いてくるひんやりとした風が、正直、とても心地良い。

 冷えた風と、腕越しに伝わる彼女の熱さと、幸せそうな笑顔で───。

 なんだか俺も、釣られて眠たくなってくる。


 ・・・・・・!!

 ダメダメ、しっかりしろしっかりしろ。


 このまま気持ち良さに身を任せて、ぶっ倒れてみろ。

 支部長の悲しい顔で、明日の朝を迎える事になる。

 俺が、ちゃんとしないと・・・・・・!



「あー止まって~!ここだよ~、ここの2階~!」


 植え込みがぽつぽつと前に生えている、左横の建物を通り過ぎようとした時、彼女が突然、大きな声を上げた。

この横に長い、2階建てのここが、どうも彼女の家らしい。



 まさか、この建物まるまる全部、彼女の家じゃないよな・・・・・・。



と思いながら、慎重しんちょうに中に入っていく。

窓が等間隔とうかんかくに並んでいる外観がいかんだったが───。

なるほど、入ってみると、ここが集合住宅だという事が、すぐに分かった。

薄暗い中、外からの星明かりを頼りに、階段までゆっくりと運んでいく。


「気をつけてね、階段登るよ」

「ありがと~♡アール優し~~」

「は、はいはい・・・・・・もう皆寝ているから、静かにね・・・・・・」



 どれくらいホールキッチンに居たかは、正直分からない。

 だが、やけに響く彼女の声と、あまりにも静かな周りの様子に───。

 もう相当そうとう、夜がけているのが、うすうす理解出来る。


 中には多分、色んな人が住んでいるはず。

 寝ている人もいるだろうし、さわいだりしたら、絶対に迷惑だ。


 踏み外さないように、落とさないように・・・・・・。



一歩一歩を大切に、慎重に階段を登っていき、なんとか2階の廊下ろうかにまで、辿たどり着く事が出来た。


「え、えっと。リッちゃんの部屋は」

「あっちだよ~~。203で~す♪」


 彼女の指差す方へ、ずりずりと足を進めていく。

2つ部屋をはさんで、俺はドアの前にかかげられている、木製の表札に目を通してみた。



 203、リリス・モルガン。

 ああ、ここだ。



ようやく辿り着けた、と思わず胸をで下ろす。

開けてみようと軽く触るが、当然ドアは開いていない。

かぎがかかっている事が、すぐに分かる。


「リッちゃん、鍵持ってない?部屋が開かないんだけれど」

「うん~~~?鍵なら腰の小物入れにあるよ~」

「わ、分かった」


 暗がりの中で、わずかな光を頼りにそれを探してみるが、どこにもそれらしき感触が、無い。



 あれ・・・・・・あれ・・・・・・?



ふにふにと柔らかな、手触りばかりだ。


「変態~♡鍵はもう持ってま~~~す」


 声のした方へ目を向けて見ると、指でつままれているそれは、外の光に当てられて、キラリと輝いていた。



 な、なんだよ・・・・・・。

 ま、まさか俺に、これをさせたくて、鍵のくだりを・・・・・・。



真面目に手さぐりしていたさっきの姿が、急に情け無く感じてくる。

思わず、肩の力が抜けそうになった。


「はいど~~~ぞ」

「ど、どうも・・・・・・」

「えへへぇ♪」


 め息混じりに、彼女から手渡された鍵を受け取り、ドアを開ける。

取りえず、と手で扉を押し込みながら足を踏み入れていく。

そのまま、部屋の真ん中辺りくらいまで、足を引きっていった所で、ふと、肩に寄りかかっていた、彼女の重さが無くなる。

ふらふらと、酔いの回ったリリスは、そのまま右の部屋へと、消えていってしまった。



 一応、彼女の部屋だ。

 用心はしておかないとな。



と、彼女に代わりドアの鍵をかけて、預かった鍵をどこへ置いておこうかと、中をぐるりと見渡してみる。

部屋の中は小ざっぱりしていて、つくえ椅子いす収納棚しゅうのうだななどが、綺麗きれいに、分かりやすく見やすい配置で、並べられていた。



 どこに置けば分からないけれど・・・・・・。

 机の上なら、起きた時に気づいてくれるよな?



そう思いながら、トンと鍵を置いた瞬間。

ガシリと腕を、つかまれたような感じがした。



 えっ、これ、リリス・・・・・・?



と思い目を向けてみると、彼女はやけに気持ちの良い笑顔を、浮かべていた。


「アールも、寝よ~~~♪」

「はっ!?え、いや、ちょっと───」


 答えるひまも無く、上機嫌でぐいぐいと、引き摺るような形でずるずると、そのまま部屋の中へ体を引っ張られてしまう。

隣の部屋も綺麗に整えられているが───。

ふと、視線を下に向けてみると、彼女の物だと思われる、脛当すねあてといった装備が、乱雑らんざつに床の上を、転がっていた。


「は~~~い。座ってくださ~い♪」


 言われるがままにベッドの上に座らされる。

彼女もゴロンと、そのままベッドへ足を伸ばした。


「アール君、帰り道分かる~?」

「えっ・・・・・・」


 ほほを赤くさせながら、そう尋ねてくる彼女。



 どうだったっけ、とここまで来た道順を思い出そうとしてみるが・・・・・・。



目印も分からず、ただ言われるがままにここまで歩いて来た事しか、思い出せない。


「い、いや。分からない、です」

「はいケッテ~~イ♡今日のお宿はここでーす!朝になるまで休みましょ~~~♪」


 そう言いながら、えへへと笑いかけている。


「え、休むって言っても・・・・・・」


 慌てて周りを見てみるが、もう1つベッドがあるようには、見えない。

右に目を向けてみると、部屋はもう1つあるが、どうも使われていない様子で、ベッドはとても無さそうだ。


「だから!アール君もこのベッド、使ってくださ~~い♡」

「えっ、やっ、それは・・・・・・!それは出来ないよ!」

「えっ、なんでよ!私はいいよ!」

「いや!いやそれは・・・・・・!」


 あまりにも飛躍ひやくし過ぎた話に、言葉が続いてこない。

落ち着け、落ち着け、と胸の中でつぶやきながら、一度彼女から目をらす。



 わけも分からず、ちゃんと届けようという一心で、初めて部屋に足を踏み入れて。

 そして、帰れないから泊まっていく。


 ここまでの結果は、自分の考えの甘さが原因なんだから、自分の責任だとして・・・・・・。

 それでも、行き当たりで言われるがまま、このまま一緒のベッドを使うというのは良くないだろ・・・・・・!



 よく考えたら、まだリリスと会ってまだ1ヶ月も経っていないんじゃないか!

 そんな状態で、これはさすがにダメなんじゃないのか・・・・・・?

 

 どうなんだ───どうすればいい!?

 正直、帰り道も分からないし・・・・・・。



 泊まっていけるなら、日が昇るまで、泊まっていった方が良いのだが・・・・・・。

 でも一緒のベッドはダメなんじゃないのか・・・・・・?


 どうしたらいい、俺はどうするべきなんだ・・・・・・?



ぐるぐると、目を背けたまま狼狽うろたえていると、グッと、また腕に強い感触がきた。


「・・・・・・ごめんね」


 さっきまでの壊れたような明るさから、一転。

聞こえてきたのは暗くて、悲しい声だった。

彼女の方へ目を向けてみると、もうぱんぱんに、目の下に涙をめ込んでおり、ふるふると口を震わせている。


「私、また変な事言ったよね・・・・・・?いや、言っている、よね・・・・・・」

「お、おお・・・・・・?」


 まだほんのりと顔は赤いが、それでも部屋に入った時よりも、僅かに酔いが抜けているような気がした。



 なんで、突然ぽろぽろと、泣いているんだ・・・・・・?

 リリス、大丈夫か・・・・・・?



そう思いながら、肩に手を当ててみると、したたり落ちてきたしずくが、手の甲を濡らしていく。


「こ、この前も、ディアナさんに、送ってもらって・・・・・・。騒いで、迷惑かけて・・・・・・」

「あ、ああ~・・・・・・」


 頭の中に浮かんできたのは、少し前の親睦会しんぼくかいの帰り。

酔い潰れて背負われた、彼女の姿。



 もしかして、酔いが覚めて、我に返り・・・・・・。

 そのまま気持ちがあふれてきて、こんな風に泣いている・・・・・・のか?

 それとも、俺の気を引く為に・・・・・・?



と一瞬思いかけたが、どんどん赤くなっていくその目を見ているうちに、最後に思っていた事が、間違いだと、すぐ気づかされた。



 いや、止めよう。

 彼女を疑ったり、悪く思うのは、間違っている。

 この状況で、そんな事を、リリスは考えたりしない。



嗚咽おえつするように泣いている、その姿を見ていると、そのまま何もせずに、ジッと見ている今の自分が、冷酷れいこくな人物のように思えてきた。



 それなら、俺に出来そうな事は───。

 今は、これぐらいしか、出来無い。



彼女の肩をさすってから、トントンと優しく叩いてみる。


「えっ・・・・・・?」

「ほら、リッちゃん横になって」

「う、うん」


 ボサンと、ベッドの上に仰向あおむけで倒れた彼女の肩を、落ち着くまでさすっていく。


「俺は嫌だと思っていないから。泣かないで」

「う、うん・・・・・・。ありがとう・・・・・・」


 ぼろぼろと出ていた涙が無くなるまで、震えているくちびるが穏やかになるまで。

そう言いながら、ゆっくり、ゆっくりと、肩をさすり続けていく。

泣きらしていたその表情も、少しずつ、少しずつ穏やかなものへと変わっていった。


「ごめんね・・・・・・」

「いいよ、謝らなくて。今日は泊まっていくから」

「う、うん・・・・・・。ありがとうね・・・・・・」


 そう呟いて、どれくらいさすり続けたのだろうか。

ようやく彼女は目を閉じて、まゆを緩ませる。

そして、すう、すうと小さく口を開けたまま、寝息を立て始めた。


「はあ~~~・・・・・・」


 俺もようやく、肩の荷が下ろせた。

あまりにも、ここまで意識し過ぎた物事が多すぎて、思わず彼女の足元へ、寝転がってしまう。



 まさか、いやまさか───。

 あの食事中の雰囲気から、うすうす想像はしていたのだが・・・・・・。

 まさか、こんなにも、疲れる事になるとは。


 俺、どこで寝る・・・・・・。

 いや、このままでいいや、これで俺も寝よう・・・・・・。



ドッと、体中から力が抜けていく。



 それでも、体の力が抜け切る前に───。

 せめてこれだけは。



そう思いながら、胴当ても脛当ても外して、ベッドの下へ投げ転がす。

そして、腰のベルトも外して、掛けていた剣もその辺に置いて。

沈んでいく感覚に、そのまま身を任せていった。



 とても疲れた───けれど。

 なーんか、すっごくリッちゃんが嬉しそうで───。

 今日は、楽しかったな。



見える景色がどんどん黒になっていき、やがて目が開かなくなっていく。

肩からどんどん沈んでいく、真っ暗な向こうに身を任せて・・・・・・。

俺も、彼女の眠るベッドの上で、共に、深い眠りにつくのだった。




 -続-

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