第12-1回「白い揺らめき」


 沈んでいた体が、ふわっと浮き上がるような、感覚

まぶたの向こうから照らしつける、目ざわりな光で、思わず目が覚める。

手をついて起き上がると、部屋にゆったりと広がっている、温かなで、ここが自分の部屋じゃないと、すぐ気づく事が出来た。



 えっと・・・・・・・昨日は、確か・・・・・・。

 リリスと一緒にんで、食べて・・・・・・。



「げっ!?ここ、ええっ・・・・・・!?」


 ぐんぐんと、映像になって浮かび上がってくる昨日の出来事に、どんどん顔から血の気がひいていく。



 そうだ、彼女を介抱かいほうして、部屋まで運んできて・・・・・・。

 ああ・・・・・・面倒だという気持ちに身を任せて・・・・・・。

 そのままここで、眠ってしまったんだ・・・・・・。



床に目を向けてみると、そこに自分で脱ぎ捨てたはずの装備一式が、まるまる無くなっていた。



 えっ、なんで無いんだ!?



と思い、ベッドから立ち上がると、玄関につながる隣の部屋のつくえに、胴当てと剣の切っ先が、置かれているのが目にまる。

歩み寄っていくと、そこには脱ぎ捨てた自分の装備が丁寧ていねに、きちんと並べられていた。

辺りを見渡すが、彼女の気配はどこからも感じられない。



 いったい、どこに居るのだろう。



そう思いつつ、部屋を出ると下に繋がる階段から、誰かが上がってくるような気配がしてきた。

軽やかな足音がふと、彼女の明るい笑顔を、頭の中によぎらせてくる。



 リリスかな。



そう思いながら、1歩前に踏み出しかけた時、ふわりと白い衣をらして、それは出てきた。


「うおっ」


 ガンッ、と当たりそうになる寸前で、グッと足を止める。

なんとか、リリスとぶつからずに済んだ。


「わっ!?あ、なんだアール君か」

「お、おお。リッちゃんおはよう」


 目を丸くしながら、両手で、慎重しんちょうに、落とさないように鍋を持っている彼女に、挨拶あいさつをする。

だが、なぜだかリリスは気まずそうに、下を向いたまま。

目を、いつものように合わせてくれなかった。


「う、うん、おはよう。朝出来できているから、食べようよ」


 彼女の言葉にうなずき返す。

なぜ、リリスが自分に目を合わせてくれないのか───。

その理由は、もう分かっていた。



 あんな形で、ここまで運んで来てもらって・・・・・・。

 しかも、かぎのかかったドアを開ける時に、あんな事があって・・・・・・。

 ベッドに戻ってからも、色々あって・・・・・・。

 突然泣きじゃくったりして・・・・・・。



忘れたくても忘れられない、恥ずかしくなるような出来事。

それらを思い出していたら、当事者であるこの俺と、目を合わせづらくなるという気持ちも、頷ける。



 彼女の、恥ずかしいという気持ち。

 分かってはいるのだが・・・・・・。



それでも、暗く、肩を落としている彼女の後ろ姿を見ていると、なぜか自分まで暗い気持ちになってくる。



 いつもみたいに、元気に振る舞っていて欲しい。



そんな思いが、揺らぐ白い陰を見ているうちに、ふつふつとき上がってきた。

手がふさがっている彼女に代わって、ドアを開けて、中へ入れてあげる。


「じゃ、食べよっか。うつわ持ってくるから、ちょっと待ってね」



 うん、朝は食べたいけれど・・・・・・。

 でも、食べる前に、この暗い気持ちを、なんとかしてあげたい。

 俺は、どうするべきだ・・・・・・。



口にしてからの先を、頭の中に思い浮かべつつ───。

かけたい言葉を、丁寧にまとめていき、ヨシ、と小さく、心の中で頷く。



 もしかしたら、すごく怒られて、嫌われるかもしれないけれど・・・・・・。

 でも、言わないでおくより・・・・・・。

 ここは、ちゃんと言うべきだよな。



「な、なあ。リッちゃん」


 踏みきるように、視線を上げて口にする。

どうしたの、と言うように、彼女も目を合わせてくれた。


「俺、昨日の事なら大丈夫だから。その・・・・・・お尻の事とか、何も気にしていないよ」

「う、うっ・・・・・・」


 言葉にまったその顔が、どんどん赤くなっていく。


「あ、アール君・・・・・・。私だって気にしているのに、そういう事言わないでよ・・・・・・!最っ低ー・・・・・・!」



 分かっている、この反応がくる事を。

 一番気にしているであろう事を、えて言ったんだ。



 最低と言われて当然だ。



 でも───ここからだ。

 ここから話を繋げて、いつもの調子に戻してあげないと。


 考えていた、これでいこう。



あらかじめ用意していた言葉を、すかさず続けていく。


「うん、でも・・・・・・。それでも、俺はあの出来事も込みで、一緒に呑めて、すごく楽しかったよ。リッちゃんがあそこまでってくれなかったら、きっと俺、あんなに楽しめなかったと思うし」


 えっ、と言うように、彼女の目がキュッと丸くなる。

今にも怒りだしそうな勢いは、スッと収まっていた。



 ここだ。

 ここで退かずに、言葉を続けていかないと。



「だってさ、帰るだけだったのに。リッちゃん、星を指差したり、何でも無い事に笑ってくれたりしてさ、ずーっと嬉しそうだったし。俺が真面目にやって振り回されているのも、すっごい楽しそうだったから。だから───」


 彼女はジッと、何も言わずに、俺の目を見つめてくれている。


「俺は、何も迷惑だなんて、思っていないよ。あんなにも楽しそうな、リッちゃんの顔が見られて、すごく楽しかったから」


 机に置かれた鍋に、視線を落としたりしながらも、思いを込めて、再び彼女の目に合わせ直してから、言葉を続けてみた。

外からの光に照らされた、彼女の口が、ふっと動く。


「・・・・・・本当に?」



 迷惑じゃなかった?一緒で楽しかった?



そんな思いを込めたように、光をまとった、真っ直ぐなひとみを向けてくる。

俺はただ、うんと頷き返した。


「気にしてないよ!だから、また一緒に行こうよ。また誘ってよ」

「そっか・・・・・・」


 ふふ、と微笑ほほえんだ瞬間、いつもの明るい感じが、顔いっぱいに広がっていく。

彼女の顔色がまた、空に浮かぶ日のような、ぬくもりに満ちたものに、戻っていった。


「ありがとう、アール君!なら、また落ち着いてから、一緒に呑もうね!」


 さんと輝く笑みに、俺も、うん、と頷き返す。


「いいよ。でも、今度は呑み過ぎないでね」

「あっ!またそうやって・・・・・・。昨日はたまたま、酔いが回りやすかっただけなんだから!もうあんな事にはなりませんよ」

「はいはい」


 そう言ってから、ほほを緩ませて、笑いかける。

彼女も、口元を緩ませて、笑い返してくれた。


「急に話したりしてごめんね。そろそろ、食べよっか」

「あっ、そうだね!もうだいぶ冷めちゃったかも」


 慌てて取りに行く彼女に、大丈夫だよ、と言うように、また笑い返す。

窓から差し込む光は穏やかで、キラキラとしていた。


「はい、アール君の分」

「ありがとう」


 手渡されたおわんとスプーンを受け取り、使えそうな椅子いすに腰を掛けて、彼女と鍋を囲む。

朝の光に照らされた、白い衣をまとうリリスは、いつも見ている時よりも、綺麗きれいだった。


「・・・・・・どうしたの?ジロジロ見て」

「その、着ている服がさ。似合っているから、つい」

「そう?自分も気に入っているから。そう言ってくれたら・・・・・・なんだか照れるね」


 彼女は目をそむけながらも、ふふふと笑っている。

どこからともなく、かすかにただよう部屋の空気に、ふわりと揺れる胸元のシルエット。

光を浴びながら揺らめくその姿は、草原に咲いた白い花のようだった。


「リッちゃん、この後どうするの?俺は明日に備えて、支部に戻るけれど。それまで何をしたらいいか、分からないし」


 野菜の甘みをたたえたスープを口にしながら、彼女に話しかける。


「じゃあ、これ食べ終わってから、もっと町の事を教えてあげるよ!銀行とか、服屋さんとか、行った事の無い場所、色々案内してあげる」

「いいね。俺もまだまだ、知らない事だらけだし」


 コクコクと頷きながら、残っているスープを飲み干して、もう一杯分、お代わりをぎ出していく。

さっきまでの暗い雰囲気は、もうこの部屋には、どこにも残っていない。

穏やかな光の中で、俺は彼女と、ぬるいスープを囲みながら、休みの朝を迎えたのだった。




 -続-

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る