第12-2回「セシリーとの食事」


「ただいま戻りましたー」


 あかい空を背に受けながら、支部のドアを開けて、中へと足を踏み入れる。


「あっ、アールさん。おかえりなさい」


 中では事務のセシリーさんが、かかえている袋をかたむけながら、返事をしてくれていた。

袋の先には鍋があり、その中に、袋から滑り落ちてくる雑穀が、山を作るようにサラサラと、積もり始めている。

どうやら今日の夕食は、雑穀粥らしい。


「俺も夕食作り、手伝うよ」

「そんな、大丈夫ですよ。明日から大変でしょうし、ゆっくりしていてください」


 そう言ってから、また視線を鍋に戻す彼女。

だが、何かを思い出したように、ふと手を止めて、こちらを見ながら、こんな事を口にした。


「あの、支部長からこれを預かっているんですよ」


 袋の口をくしゃりと丸めてから、鍋の近くに置いてあった別の袋に手を入れて、何かを取り出して、つくえの上に置いてくれた。

片方は1枚の紙。

もう片方は光沢こうたくをまとった、丸いかぶとだ。

その兜は、これまでまっとうしてきた戦闘の数々を物語るように、ボコボコとしている。

様々な場所で使われてきた影響もあるのだろうか、くすんだ、鈍い光を全体にまとっていた。


「セシリーさん、これ・・・・・・」


 兜に指を差し、聞こうとした瞬間。

彼女は、うん、とうなずいて、説明をしてくれた。


「今は使っていないから、遠慮えんりょせず使ってくれ、と渡されました。こっちの書類は、今日更新された仮の身分証ですね」



 ・・・・・・なるほど、森での戦いは、いつもの馬車の護衛ごえい偵察ていさつの時のようには、いかないのか。

 こんな物が必要とされるくらいに、危険がともなうものなんだ。

 そうとも知らずに、スタックスさんは、俺の為に、色々と準備をしてくれていたんだな・・・・・・。



「すいません、ありがとうございます。支部長はどこに居るのかな・・・・・・」


 彼にお礼を言おうと思い、部屋全体を見渡してみるが、そのどこからも、居る気配は感じ取れない。


「今日は自分の家に帰られていますよ。「モーリーさんに言われたからな。今日くらいは帰っておかないと」って笑いながら、さっき出ていかれましたね」



 そうか、もう戻ってしまったのか・・・・・・。

 それなら、これは気持ちだけにめておこう。



そう、胸の中でつぶやきながら、置かれている兜と書類を、ありがたく受け取らせてもらう事にした。


「明日、あらためてお礼を言わないとね」

「いえいえ、そこまで気を使わなくて、いいと思いますよ。アール君も入って間もないのに、あれやこれや気をつかい続けて、大変だろ、っておっしゃっていましたし」

「そ、そうなんだ」


 そう返事した彼女は、柔和な表情を浮かべている。

そんな彼女の姿に、俺も、ただ笑い返すくらいしか、良い反応が思いつかなかった。

笑みを浮かべながら、ふと視線を兜の方へ戻した時。

ある思いが、胸の奥から込み上げている事に、気がつく。



 今思えば、この身につけている当て物も、剣も、スタックス支部長からゆずってもらった物ばかりなんだ。

 お金が足りるかは、正直分からないけれど・・・・・・。


 いずれ自分の分をちゃんと買っておかないと。

 リリスも皆、使っている装備は自分で買って、自分で手入れしている物なんだから。


 いつまでも、譲られっぱなし、頼りっぱなしじゃ、ダメだ。

 住まわせてもらっている、ここもそう。


 少しずつ、出来る事は自分で背負っていくようにしていかないと。

 いつまでも、おんぶにっこをしてもらってちゃ、ダメだ。



「アールさんも、出られますか?」

「えっ」


 ふと聞こえてきた、彼女の声。

目を向けてみると、裏戸から中庭へと、鍋を片手に抱えながら出ようとしていた。


「ああ、ごめん。俺も出るよ、手伝う手伝う」


 いそいそと、手のふさがった彼女に代わってドアを開け、暗くなってきた中庭に足を踏み入れる。

ヒヤリとした空気の中、カララと井戸から水をみ上げて、火を起こす彼女の側へと歩み寄った。


「はいこれ」

「ありがとうございます。ちょっと火を、お願い出来ますか?」


 うん、と頷いてから、小さなまきを手に取って火の中に入れていき。

風を吹き込み、少し強くなってから、やや太めの薪を入れて、その勢いを強くさせていく。



 さっき思っていた、自分の装備を買う話───。

 彼女に聞いても、答えてくれたり、するのかな。



ふたを開けたりしながら、ぐるぐると混ぜつつ、粥の様子を見る彼女に、思いきって声をかけてみる。


「ねえ、セシリーさん」

「なんですか?」

「剣とか兜とかさ、どこで買えるのかなって。知っていたら、教えて欲しいんだけど」


 彼女は少し上を向いて、うーんと考える。


「そうですね・・・・・・。補修くらいでしたら、ここでも色々と出来ますけれど。ちゃんとした物でしたら『マットショー』の町が、一番良いですかね」

「マットショー・・・・・・」


 また聞いた事の無い町の名前に、思わず尋ね返してしまう。

彼女の話によると、の町は、ここからカウツの村に向かう途中で、やや北東に分岐ぶんきしてしばらく歩いたら見えてくる、鉱山の町らしい。

そこでは、様々な、質の良い、魔力の伝導性にすぐれた鉱物が採れるらしく、この国にある鉱山の中でも、3本の指に入るほどの、素晴らしい所だという。

良い鉱物が集まるゆえに、腕の立つ鍛治師かじしや職人も、そこには多く集まっており、その分質の良い装備品も、手に入るらしい。


「・・・・・・大きいんですね、マットショーって」

「大きさで言えば、ここには負けますけどね。でも、あそこなら良い装備が絶対に手に入りますよ。わざわざ王都から、足を運んで来る方もいるくらいなんですから」



 ───。

 前に侯爵こうしゃくと話した時にも聞いた、この国の最重要都市。

 ここから歩いても、10日以上は掛かるという、遠い所だと聞いてはいたのだが・・・・・・。

 そんな所からも、人が買いに来るほどの良い物が、そこにはあるのか。



「遠いんですか?」

「うーーん・・・・・・。行って、帰ってくるぐらいでしたら、半日あれば充分ですよ。でも、何の見当けんとうも付けずに行ったら、選ぶのにとても迷うと思いますよ。アールさんなら、1日じゃ足りないかも」

「そ、そんなに」

「ええ。トミーさんなんか、剣を買いに行くだけなのに、わざわざ2日分休みをとって、探しに行っているんですから。きっとアールさんも、初めて行ったら、すごく迷うと思いますよ」


 笑いながら、彼女はそう返事をしてくれた。



 それほど、多くの人と、物が集まる町なのか。

 いったい、どんな光景が、広がっているんだろう。

 今回の事が終わったら、ぜひ一度、行ってみたいな・・・・・・。



まだ見ぬマットショーの光景に、思わず胸が高鳴ってくる。

ふつふつと音を立て始める粥を見つめながら、ぐっとつばを飲んだ。

鍋からは白い湯気が、ホッと落ち着くような匂いと共に、ほうほうと昇っている。

ぐるぐるとそれを、ムラの無いように混ぜていくセシリーさん。

そうこうするうちに、出来上がったらしく、少しだけおたまですくって、それを指で少し取って、彼女はぺろりとめていた。


「・・・・・・よし!出来ましたよ」

「そっか!もう火は、使わないよね?」


 はい、と頷いたのを確認してから、残っていた水をかけて火を消す。

井戸の所におけを戻してから目を戻すと、彼女は熱そうに手を振ってから、鍋を運ぼうとしていた。


「セシリーさん、俺持つよ」


 えっ、とした表情を浮かべて、彼女が振り向いている。


「い、いいんですか?」

「大丈夫」


 ヨイショと両手で鍋を預かってから、こぼさないようにトン、トンと部屋へと戻っていく。



 確かに熱いが、これぐらいなら大丈夫だ。

 お世話になったんだ、少しでも出来る事は、手伝わないと。



「すいません、アールさん」

「いやいや、どうって事ないよ」


 ぺこりと頭を下げる彼女に、大丈夫、と笑い返す。

裏戸をまたいでから、ヨイショ、と机に前もって置かれていた敷物しきものの上に、出来立ての雑穀粥をトンと乗せる。



 ああ、美味おいしそうだ・・・・・・。



立ち昇る白いぬくもりに、また頬が緩む。


「じゃあ、食べましょうか」

「うん」


 彼女にうながされてから、出来たての粥を手元のおわんに入れていく。


「あの、アールさん」


 自分が食べる分だけ入れ終わってから、彼女の方へとおたまを戻した時、ふと声が飛んできた。


「どうしたの?」

「そ、その・・・・・・」


 彼女は少しうつむきながら、おたまを手に取ったまま、掬おうとせずに、なぜかそのままぐるぐるとかき混ぜている。



 いったい、どうしたんだろう。

 何か、大切な話でもあるのだろうか。



そう思いながら、言葉を待っていると、にわかに顔を上げて、目を合わせてくるセシリーさん。

そして、こんな言葉を口にした。


「あの・・・・・・。セ、セシリーさんじゃなくても、いいですよ。え、えっと、としも近いんですし・・・・・・」


 そう言い終えた彼女は、頬を赤くさせて、また俯いてしまった。

一瞬、思い詰めたようにも見えたので───。



 大丈夫かな。



という言葉が頭の中に浮かんでいたのだが、それほど深刻なものでも無く、ホッと胸を、で下ろす事が出来た。



 それでも、こういった表情を浮かべて、聞いてきた内容がこれなんだ。

 彼女にとっては、大切な事なんだろう。



小さく、胸の中で頷いてから、明るい表情を意識して、彼女に問い返してみる。


「分かった。でも、なんて呼べばいいの?」

「えっ?え、ええと・・・・・・」


 口もった彼女は、普通でいいですよ、と言い、また俯いてしまった。



 ふ、普通かあ・・・・・・。



答えに困る言葉を返されてしまい、思わず腕を組んで考えてしまう。



 呼び捨ては、良くないよな。

 名字呼びは違うだろうし・・・・・・


 なら、スタックスさんみたいに『セッちゃん』呼びの方が、いいのかな?



目線を戻してみると、粥をそそぎ終えた彼女は、ちらりとこちらを一瞥いちべつしてから、すぐにまた、下を向いてしまった。



 これで、いいんだよな・・・・・・?



そう思いつつ、彼女に言葉を返してみる。


「せ、セッちゃん、でも良い?」


 その言葉に、パッと顔を上げる彼女。

そのほほは、明るく、ふっと緩んでいた。


「は、はい!」


 明るい返事に、俺も笑みを返す。


「じゃあ、俺も付けじゃなくていいよ。お互い気軽にいこうよ」


 そう返すとなぜか、また恥ずかしそうに、俯いてしまった。


「ええ・・・・・・。でも、うーん、やっぱりが、わたしてきには・・・・・・」

「そ、そっか」



 そういう事なら、それでもいいか。

 彼女はそれが良いと言っているんだ、そうしよう。



そんな言葉を心の中でつぶやきながら、小さく頷く。

そうこうしているうちに、鍋に目を向けてみると、出ている湯気は随分ずいぶんと弱くなっていた。


「セ、セッちゃん、そろそろ食べようよ。お粥冷めちゃうよ」

「あっ」


 彼女は慌てた様子で、鍋を見てから、またパッと、顔を上げる。

ほんのりと赤くなったその顔と、思いがけずぱちりと、目が合った。

彼女の柔和な姿に思わず微笑が溢れそうになる。

彼女も、ふふっと口元を緩めて、笑みを返してくれた。



「じゃあ、いただきます」

「いただきます」


 そう、声を交わし合った俺達は、あらためてお椀に目を向けて、粥を口にする。

ずずりと運んだそれは、とろりとした口当たりで、まだかすかにぬくもりを含んでいた。




 -続-

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