第3-6回「帰り道」


 行きつけのビアホールで開かれた、俺への親睦会しんぼくかいは、あっという間に終わってしまった。

空もすっかり暗くなっており、吹いてくる夜風はそよそよと、火照ほてった体を冷ましてくれている。


「ディアナさんすまないね。トミーだけじゃどうも心細くてな」

「なあに、あたしは大丈夫だよ。こんな事慣れっこだ」


 ディアナさんとトミーさん、そしてリリスさんとは方向が違うという事で、ホールを出てこのまま、ここでお別れになった。

彼女はトミーさんと協力して、顔を真っ赤にして酔い潰れているリリスさんを介抱している。


「ちょ、支部長!そりゃねえでしょ、もうちょい頼っても・・・・・・!」

「う゛~・・・・・・。うるさい!うるさいよお・・・・・・」


 少し興奮気味に話す彼に、項垂うなだれながら苛立いらだったように声を荒げるリリスさん。


「ほら、今日はもう解散解散。2人とも、リリスを頼んだぞ」

「ああ、おやすみ支部長。ほらトミーさん、早く行くよ」

「おいおいかすなよ。俺の方がおめえより年上なんだぞ?」

「はいはい、分かった分かった。じゃ、また明日」


 3人に別れを告げると、俺もスタックス支部長と協力して、ぐっすりと眠ってしまったセシリーさんを抱えながら帰る事にした。

俺と支部長、2人で左右に分かれてセシリーさんの両肩を支えながら、一歩一歩と足を進めていく。

抱えている彼女の腕は、ドクドクと熱を帯びており、すう、すうと聞こえてくる寝息は、ほんのりと酒臭い。


「ははは、すまないね。せっかく君の親睦会だというのに、こんな形になってしまって」


 いつもの調子でスタックスさんが話しかけてくる。


「いえ、俺も楽しかったですよ。ありがとうございます」

「そう言ってくれたら、こっちも開きがいがあったってもんだよ」


 そう言いながら、夜空に向かって高らかに彼は笑った。



 こんなに嬉しそうな支部長を見るのは、ここに来て初めてかもしれない。

 それだけあのひと時が、楽しかったのかな。



彼の笑顔に釣られて、思わずほほが緩んでくる。


「セッちゃんがこうして酔い潰れるのも、1年ぶりだな。先月リリスが入ったのを祝って開いた時は、ほどほどで止めていたし」

「そ、そうなんですか?」

「ああ。1年前に酔い潰れたのが、どうもこたえたらしくてね。こういう食事会でも浮かれる事が無かったセッちゃんが、ここまで仕上がるとは・・・・・・。アール君、君の盛り上げがよほど上手かったんだよ、きっと」



 盛り上げが、上手かった────。



彼の言葉を、もう一度胸の中で復唱する。



 俺はただ、皆の楽しそうに語る内容が気になって、聞いたり───。

 これまでの事を、ただ話しただけだったんだが。

 そこまで言うほどだったのかな・・・・・・?



考えているうちに向いていた視線が、だんだんと地面の方へ落ちていく。


「ま、そんなに深く考えるほどじゃないよ。ははは」


 上機嫌に、スタックスさんがまた話しかけてくる。



 あ、そういえば・・・・・・。

 この商会に居る皆の事、まだちゃんと聞いていなかったな。



ふとその事が気になった俺は、また視線を上げ直して彼に質問をする。


「スタックスさん、先月リリスさんが入った、って言ったじゃないですか」

「うん?ああ、うん」

「俺、ここの人間関係というか、まだこの支部の事が、よく分かっていないんですよ。その、出来た経緯とか、色々聞かせてもらえないですか?」


 ああ、そんな事かと言うように、笑いながらうなずく支部長。


「いいよ、そんなに面白い話でも無いと思うけれど。隠す事でも無いし、アール君が聞きたいと言うのなら」

「すいません。知っていた方が、もっと理解出来るのかなと思いまして」


 帰宅するまで、彼女を協力して運んでいきながら、俺はスタックス支部長から、色々と教えてもらった。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 4年前に魔物達に攻め込まれてから、今に至るまで少しずつ役割が専門化されていき、この『サンフィンチ商会』のように遊撃手、戦場での何でも屋としての役割を求められた傭兵業ようへいぎょう

今から2年ほど前に、支部長のお父さんが、ボルドフィンチ将軍という方と立ち上げて、誕生したのがこの商会ギルドなのだという。

出来た時にはスタックスさんも中心に加わって、知り合いや顔馴染かおなじみというつながりも活用して、トミーさんやディアナさん、そしてモーリー・サンドヒルズさんを中心に50人ほどのメンバーで、構成され始まったのだという。

だが、同じ頃に出来た、いわばライバルギルドに当たる『ダンフォード商会』がどんどんメンバーに声をかけて、引き抜いていき───。

仕事もそれに合わせて取られてしまい、今日にいたっているのだという。


「そうだったんですね・・・・・・」

「去年もエディ君の他に、何人かは加わってくれてね。その合間にも何人か入ってはくれているんだけれど。仕事が合わないのか、その・・・・・・。うちもくせのあるメンバーが多いもんでね」

「・・・・・・。」

「恥ずかしい話だが、突然辞められて、ふと再会したと思ったら、ダンフォード商会のメンバーになってた、なんて事もあったくらいだよ」


 そう言いながら、乾いた笑いを浮かべる支部長。

やや赤っぽかった顔色も、いつもの状態にすっかり戻っている。


「ここだけの話、今年の業績がダメなようなら、皆にはダンフォード商会に移ってもらい、この支部を潰す事も考えているくらいだよ。それぐらい、仕事が減ってしまったからね」

「そ、それで支部長はいいんですか?」


 考えもなしに、つい問い返してしまう。

彼は自嘲じちょう気味に、口を開いた。


「私は・・・・・・父さんに頭を下げたりしたら、事務方の雑用として軍部に戻れるからね。そんなに心配はいらないよ。でも───」


 そう言いかけた彼は、スッと歩く方向に目線を向け直す。

そして、いつになく、落ち着いた口調でこう話しかけてきた。


「皆は、私のようにはいかない。突然閉めてしまったら、路頭に迷わせる事になる。せめてそうならないようにも、手元に持ち合わせと実績を作ってあげて、それから移ってもらうつもりだよ」

「・・・・・・スタックスさん」

「実績になる仕事が、皆にあげられるのなら、土下座だってしてやる。くつだって舐めてやる。それが支部長の務めだと、自負じふしているからね」


 そう言ってすぐ、ふと視線を落としてから、もう一度顔を上げる。

真っ直ぐに、前を見据みすえながら。


「父さんから任されたこの支部を、何も出来ずに潰す事なんて出来ない───いや、もしそうなったら、私は私を許せないよ」


 ずる、ずると眠り落ちたままのセシリーさんを運びながら、キラリとひとみを輝かせる支部長。

彼の目は、真っ直ぐに前だけを、見据えていた。



 自分には記憶も無い───傭兵業すら知らない。

 そんな自分すらも受け入れて、力になって欲しいと、頭を下げてくれたんだ。

 俺も、彼の思いに、こたえてあげたい。



スタックス支部長の、燃えるような意志に満ちた言葉が、メラメラと俺の心を震わせた。


「俺、頑張ります。俺にも出来る事で、少しでもスタックスさんや、皆の力に成れるように、頑張ります!」

 

 抑えきれずに、思わず言葉をぶつけてしまう。

彼は、微笑を浮かべながら、こくりとうなずき返してくれていた。


「アール君。君を誘って、本当に良かった。その思い、決して忘れないでくれ」


 いつになく、どこか心地よい彼の笑顔。

やってやる、という思うを胸に、はい!と頷き返してみせた。

そうこうするうちに、俺達は支部に辿たどり着く。

酔い潰れたセシリーさんは、まだ目覚めない。


「すまないが彼女を部屋まで運ぶのを手伝ってくれ。下でこのまま寝かせておくわけにもいかないからな」


 そう言いながら、不在の立て掛けを取り外して、スタックスさんはかぎを開ける。


「いいですよ。大丈夫です」


 俺の言葉に、彼は笑みを浮かべながら頷き返した。


「ただいまー」


 真っ暗な部屋へそう言いながら、ずいと一歩を踏み出す。

部屋の空気はスンと静かに、どこかぬくもりをまとわせながら、俺達を包み込んでくれていたのだった。




 -続-




 <あとがき>

・もうしばらく、穏やかに進行する回が続きます。

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