第4-1回「ある朝」
体を起こしてみると窓からは薄く、白い光が差し込んでいた。
そうか、もう朝か。
支部長と一緒に帰って来て、セシリーさんを布団の中に寝かせて───。
そうだ、それでそのまま眠りについてしまったんだ。
差し込む光に目をやりながら、昨日の出来事に向けて記憶を巡らせていく。
頭の中にふと、風味豊かな食事を囲って、互い互いに語り合う、ビアホールでの光景がまた、
昨日は楽しかったな・・・・・・。
自分の話した事に乗っかってくれたと思えば、どんどん話題が
ああ、良いひと時だったな・・・・・・。
また、ああいったひと時を、皆と過ごせるのかな。
肉汁のじんわりとした
とにかく、もう起きよう。
よっ、と体を軽く
ふと閉められた扉の方へと視線を向けた時、ある物が置かれている事に気がついた。
木目調の壁に立て掛けられたそれは、
ひと目で俺は、それが剣だという事を、理解出来た。
でも、どうしてこんな所に、こんな物が・・・・・・。
そう疑問に思いながら、革に手を掛けてみる。
革を触った瞬間に伝わる、ひやりとした、水とは違う独特の冷たさ。
そのまま手を持つ部分を
だが、外からの淡い光に照らされる度に、何かを伝えるように、きらりと一筋の線を放っていた。
まだまだ俺は戦える。
と、語りかけてくるように。
剣を鞘に収め直してから、両手で握りつつ全体をまじまじと見渡してみる。
まったく身に覚えの無い、この剣・・・・・・。
多分、誰かの物だよな・・・・・・。
そう思いつつクルリと裏返して目を通してみる。
革の部分には、誰かの名前と思われる文字が
その刺繍に、俺はようやくこの剣の持ち主と、なぜここにあるのかを、すぐに理解する。
『北方軍 スタックス
そうだ、昨日
自分の持っている武器は、流されてきた時から身につけていた、あの短剣しか無い。
そんな、装備の
小さな
外に通じている、一番下の階まで降りていくが、支部長の姿はどこにも無かった。
あの大きな机に突っ伏して寝ている事も無く、少しひやりとした空気で辺りは満たされている。
顔でも洗っているのだろうか、と思い今度は井戸に通じる裏口を開けてみた。
そこにも彼の姿は無く、心地良い青っぽい空気と、まだ夜の色を含ませた影が広がっているだけだ。
支部長は俺に剣を
そう思いながら、うーんと軽く伸びをする。
それなら、自分も一日を迎える準備をしようと井戸へ足を進め、軽く顔を洗ってから、ついでに下の階に置いてある水がめの分にも足し増す事にした。
入れ物に冷えた水をなみなみと注ぎ、えいやと持ち運んでいく。
セシリーさんは、ここの留守番をしている間は、こういうのを1人で、洗濯や他の作業もしながらやっているんだな。
穏やかに振る舞っている彼女の、見えない苦労を感じながら、蓋を開けて口の大きな水瓶の中へ注いでいく。
もう1回分、やった方がいいかなと思った俺は、もう一度中庭へと足を運び、水を
よっさ、よっさと水を波立たせながら、
「おはよう、もう起きていたんだな」
声のした方へ、目を向けてみる。
淡い光を背中に浴びて、ディアナさんがそこに立っていた。
「ああ、ハートさん・・・・・・ですよね?おはようございます」
「いいよ、ディアナで。そんな
俺の返事に彼女も笑みを返す。
手が
「よっと。アール君は
水がめの
「あ、いえ。よく眠れましたよ。目が覚めたら、たまたまこれぐらいだっただけですよ」
その言葉に彼女が笑った。
「ははは、それでも良い事だよ。寝起きが悪いよりずっとマシだ」
寝起きが悪い、という言葉に、つい2日前見たセシリーさんの姿がよぎる。
いやいや、たまたまだと本人は言っていたんだ────それは彼女に失礼すぎる。
浮かんだ像を
「この感じだと、隊長は自分の所に帰っているようだな」
自分の所・・・・・・?
隊長という呼び名にも、何か引っ掛かりを感じた俺は、ふと彼女に問いかけてみる事にした。
「隊長って、支部長の事ですか?あと、自分の所ってのは・・・・・・」
「ああ、すまんすまん、つい昔の
ここの裏、とは、あの中庭を
「じゃあ、井戸の所を挟んだ向こうに、支部長の家が・・・・・・」
「そうそう。でも忙しくて余裕の無い時なんかは、ここで突っ伏して寝ているよ、ははは。アール君は降りてくる時に、姿を見かけなかったか?」
ええ、と返事をした俺の言葉に、彼女もそうかと言い、軽く
また一つ、皆の事を理解する事が出来た。
そう思っていると、今度は彼女の目線が、机の上に置いていた支部長からの剣へと移っていく。
「ああ・・・・・・。久しぶりに見るな」
そう言いながら、彼女は革から剣を抜いて、
その目には、過ぎてしまったあの時への懐かしみを感じるような色と───。
なぜか、深い悲しみの色が、溶けて広がっていた。
支部長とディアナさんの過去に、それだけなにか、多くの出来事があるのだろうか───。
ひと通り剣を眺め終えた彼女は、元に収め直してまた机に戻しながら、話し始めた。
「さて、まだ朝も早いけれど・・・・・・もうアール君は起きているんだよな。どうしようか・・・・・・」
そう言いながら、うーんと彼女は悩み出す。
「そういえばディアナさん。何か支部長に用事があって、来られたんですか?まだ朝も早いのに、こうして来られているから・・・・・・」
彼女と会話するうちに、俺はその事をすっかり忘れていた。
まだ朝になったばかりなのに、わざわざここへ彼女は足を運んで来ているんだ。
それなのに、気づかないままつい、長々と話し込んでしまった。
「うん?いや、支部長じゃないよ。アール君に用があって今日は来たんだ」
「えっ?じ、自分ですか?」
予想していなかった言葉に、思わず聞き返してしまう。
「ああ。後で支部長からも聞くと思うけれど、明日から一緒に仕事をする事になったからね」
ようやく俺の頭の中で、線がぴたりと繋がった。
なるほど、そういう目的で彼女は朝早くに来てくれたのか。
「ディアナさん、やっと分かりました。朝早くからすいません、俺なんかの為に早く来ていただいて・・・・・・」
「ははは、なあに私こそ、よろしくお願いするよ。今日1日で、どれだけ出来るか分からないけれど・・・・・・。付きっきりで、何でも教えるから、気楽にドンと、構えていてくれ」
明るく笑いながら、ディアナさんはそう返事をする。
それじゃあ
俺の腹の底から、ぐるるるる・・・・・・と、鈍い
そうだ、まだ朝食も食べていないんだった。
「なんだ、アール君。まだ何も食べていなかったのか」
「ああ、その・・・・・・。はい」
彼女にそう聞かれて、
あれもこれも忘れて、つい気になった物事に目移りしていくうちに、生きていく上で何より大切な事を、すっかり置き去りにしていた。
「それなら丁度いい。私も手伝うから、一緒に朝食を作ろうか。まだ私も食べていないし」
「そうだったんですね。でも、大丈夫ですかね?」
彼女の提案にいいなと思いながらも、ふとまだ寝ているであろうセシリーさんや、ここに居ない支部長の事が気になった。
黙って作ったりして、大丈夫なのだろうか。
「大丈夫だよ、支部長が家に帰っているのなら、そこで食べてからここに来るのが普通だし。セッちゃんは・・・・・・まあ作っているうちに降りてくるだろうから、そういう事で怒ったりしないよ。むしろ、焦って手伝おうとするくらいだし」
ニッと笑いながら、そう話すディアナさん。
また頭の中に、この前の、慌てて階段を降りる彼女の姿が思い浮かばれた。
「それなら、分かりました。俺も手伝いますから、何作りましょうか」
ディアナさんの明るい笑みに、俺も頷き返す。
彼女が言っているんだ、俺もここはディアナさんに任せよう。
ディアナさんは目線を周りに向けながら、うーんと考える。
「多分、パンの在庫があるだろうから・・・・・・。あとは野菜でもあれば煮込んでスープにして、それでいこう。無ければ・・・・・・ま、何とかなるだろ」
そう言いながら、
俺もその近くに寄っていき、一緒に朝食の
初めての仕事に向けての、初めての
その前に腹ごしらえをしてから───か。
まだ先の見えないこれからへの楽しみと、ちょっとだけの不安を胸に、俺は彼女から手渡されたニンジンと菜っ葉を抱えて、1日の始まりを迎えるのだった。
-続-
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます