第4-2回「稽古」


「違う!一点を見るな!」


 ピンと張った怒号と共に、ガツンと腕にまた、一撃が飛んでくる。

痛みのあまり、持っていた訓練用の木刀を離してしまった。

朝食を食べ終えてから、明日に控えている初めての仕事に向けて、ディアナさんと一対一で、今は稽古けいこをつけてもらっている。

なのだが────その稽古の厳しさは、俺の想像していたものより、ずっと過酷かこくな物だった。



 一箇所いっかしょに目を止めるな、常に全体を見渡せ。

 腕、ひとみの動き、足さばき───対面する相手のすべてから、目を離すな。

 1人、1点を注視せず、取り巻く全体でとらえ続けろ。



そう教え込まれながら、こちらから仕掛けたり、向こうの仕掛けを受けたりを、何十回と繰り返している。

だが、いくらやっても打ち込まれるのは、自分ばかり。



 彼女の受けるまでの動き、仕掛けるまでの動き。

 何一つ、ムダなところが無い。



何度仕掛けても小手先を、持ち手を鋭く打ち込まれては、毎回のように寸止めの2発目まで打ち込まれそうになる。

この稽古が、戦場へ足を運ぶ者が、身につけておくべき最低限の技量である事も、未経験の自分がしっかりと、この体に叩き込んでおかなけらばならない事だというのは、重々理解しているつもりだ。



 つもりなのだが・・・・・・。



あまりの厳しさに、もう正直、投げ出したい気持ちでいっぱいになっていた。



 だが、今は他に行くアテも無い。

 それに、ここまで親身になってくれたスタックスさん達の為にも、この稽古を投げ出す訳にもいかない。



 力になりたい───。


 その気持ちで、この仕事を引き受けたじゃないか。

 それが、たくさん打ち込まれて、心が折れたからしたくありません、だなんて・・・・・・。



そんな事、とても彼には言えない。



 言ったら、彼の落ち込む姿が、目に見えているじゃないか。



落とした木刀を握り直して、もう一度彼女と向き合う。


「・・・・・・もう一度するか?」



 この稽古、ここで投げる訳にはいかない。



「お願いします」


 しっかりと見据みすえながら、返事をする。

そよぐ彼女の髪に乗って、ぴりりと張り詰めたものが、木刀を伝わって腕を走っていた。



 動きそうで動かない、その足。

 ジッとしているようで、わずかな隙をうかがい続けている、その腕。



 相手を像で捉える。



その言葉がフッと頭に浮かんだ時だった。



 来た、1発目が!



ピクリと動いたその切っ先をカンと当て、はじき───。

アッと自分の意識が戻った時には、彼女の胸元目掛けて、自分の木刀を突き立てようとしていた。



 危ない!!



と力を腕に込めて、それ以上の突き刺しを踏ん張り止める。

彼女の瞳がふと、自分の目の中に飛び込んできた。


「・・・・・・参った。やるじゃないか」


 ふう、と肩の力を抜きつつ、彼女は目を丸くさせながらそう言った。

俺も釣られて、強張こわばっていた両の腕をだらりとさせる。


「今の反応、とても良かった。さっきの感覚を忘れるな。ここまでやってみて、一番良い動きだったぞ」

「そう・・・・・・ですか?」



 今のが、良い動き────。



そう自問自答しながら、さっきの光景をもう一度思い出しながら、握っている木刀に目を向ける。



 ディアナさんの腕とか、足とかの動き、目の動きとか、色々考えたりせず・・・・・・。


 今は口で上手く言えない、相手から見えたを察知して動けた、あの感じ。


 あれが、良い動き、という事なのかな・・・・・・。



ジッと見ていた木刀から目を離し、彼女の方へと視線を上げる。

さっきまでの気迫に満ちた表情から、いつもの頼りがいあふれる、穏やかなものへと変わっていた。


「ああ、自信持て。文句無しの捌きだったよ」


 彼女はそう言いながら、俺の肩に手を当ててグッと握る。

がっしりとした、数えられないほど剣を握り、戦ってきたであろう、その手で。

彼女の手から伝わる感触で、俺の頭の中に浮かんでいたあの光景と、良い時の動きがピタリと合致した。



 そうか────あれが、良い動きなんだ・・・・・・!



「はい!ディアナさん、ありがとうございます!」


 気がついた時には俺も笑みを浮かべて、彼女にそう返事をしていた。

俺の返事の後に、彼女が何かを言おうとした時、がちゃりと、不意に裏口の戸が開く。

振り返ると、あのトミーさんがひょっこりと、身を出してこちらをのぞいていた。


「よお。そろそろ昼にしないか?お前らずっとそこで打ち合いやって、腹減ったろ?」


 気さくに彼は、そう声をかけてくる。

昼にしないか、という言葉でふと目線を頭上へと向けて見る。

起きた時には、あれだけ淡かった空の色もすっかり濃くなって、日もうんと高く上がり、白い輝きを放っていた。


「そうか・・・・・・もう昼か」


 少し驚いた表情で、彼女はそうつぶやく。

彼女が言っている基本を、体に文字通り叩き込んで、身につけようとはげんでいるうちに、何もかも忘れて、つい2人で打ち込み過ぎていたようだ。


「まったく・・・・・・おめえも相変わらず稽古となれば恐ろしいな。建物越しでもびりびり聞こえてくるからさ、おっかなくて声もかけられなかったよ」


 そう苦笑いを浮かべて、トミーさんは彼女に話しかけている。


「なんだ、来ていたのなら一緒に参加すれば良かったのに」

「おいおい、勘弁してくれよ。おめえ年配者相手でも容赦ようしゃしねえじゃねえか」

「年配って・・・・・・1つ違いだろトミーさん。それに、1人より2人の方が視点も増えて、より参考になるじゃないか」


 他愛もない2人のやり取りが、小気味良く続いていく。

2人の何気ないやり取りが、俺に───。



 この支部が出来る前からの、長い付き合いが2人にある。



と、誰に説明してもらえなくても、鮮明に映し出してくれていた。


「えーと・・・・・・アール?おめえも腹減ったろ。そろそろ休んで、食事にしようや。朝からずっとやっているんだろ?」


 今度は俺の方へと目を向けて、彼がそう話しかけてくる。

話の腰を折られたのか、ディアナさんは少しむくれた様子だった。

彼に言葉をかけられ、ふと自分の腹に手を当ててみる。

じんわりと手から伝わる熱が、腹のき具合を、頭にじんと教えてくれていた。



 ああ、言われてみたら、結構空いたような・・・・・・。



「ディアナさん、すいません。食事休憩きゅうけいにしても、いいですか?」


 俺は彼女に目線を合わせて、そう提案してみる。


「まあ、根の詰めっ放しも良くないな。よし!一旦休憩だ」


 うんうん、とうなずきながら提案をこころよく受け入れてくれた。


「ああ、そういやリリスも練習の様子見ていたな。ディアナ、ついでに混ぜてやれよ」


 裏口を支えながら、中へと入る彼女にトミーさんが不意に声をかける。


「そうか。ならせっかくだから一緒にやってみるか!トミーさんも混ぜて」

「おいおい、なんで俺もだよ。俺はいいって言ったろ」

「1対2じゃ釣り合わないだろ。セッちゃんは事務があるんだし、手がいているなら別にいいだろ」


 扉を支えてくれている彼と、またいつもの調子で会話をするディアナさん。


「あーあ。何だよ、これなら言わねー方が良かったなあ・・・・・・」


 しまった、と言うように彼は肩を落としがっくりと首を下げた。

ふと視線をつくえに向けると、切り分けられた長パンがその真ん中に盛り付けられ、窓からそっと差し込む光に照らされている。



 ああ、美味そう・・・・・・。



どこからともなく漂う、甘い野菜の煮詰まった匂いが鼻の中へと伝わって、ますます腹の空き具合が高まってくる。

匂いのする方へ目を向けると、器にそそがれた野菜スープを両手に持って、リリスさんがいそいそと、机の方に歩いて来ていた。


「美味しそうですね」


 思わず彼女に話しかけてみる。


「でしょ!装備の補修も兼ねて、セッちゃんに代わって買い物してたらさ、青菜が安くて美味しそうだったからねー。いっぱい買えたからスープにしたんだ!」

「うーん。明日に備えてガツン!と肉が食いたいんだけどなあ」

「肉なら昨日散々食べたろ。お腹休める為にもこれくらいがちょうどいいって」


 彼女の返事に駆け込むように、トミーさんとディアナさんも言葉を続けてくる。



 腹ごしらえの前の、何気ないひと時。

 ゆらゆらとれるスープと、いろどられたパン。

 その食卓を前にして、優しく差し込む光に照らされる彼らの姿。



その様子が、不思議なくらいに俺の空きっ腹へと染み込んでいき───。

ホッと、体を温めてくれているような気がしていた。


「そうやって文句言うなら、トミーさんは自分でれてくださいよ!私やりませんから」

「お、おいそんな事言わないでくれよ。ありがたくいただきますから、な?」

「セッちゃんは上か?なら呼んでくるよ」


 彼らの会話が耳に入り、ハッと我に返る。


「あっ、なら俺も一緒に上がりますよ」


 階段を上がるディアナさんを追って、釣られるように階段を上がっていく。

何も予測出来ない、明日の初仕事を前に───。

俺はこの、何気ない彼らとの食卓を、ぬくもりをめるのだった。




 -続-



 <あとがき>

・次回から本格的に活動のパートに入っていきます。ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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