第6-2回「カウツの村」


 <まえがき>

・文字数は約5,700字ほどと長めです。

 読了までには約17分ほど掛かります。






 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 俺の、初仕事。

ようやく馴染んできたニッコサンガの町から、ほろ馬車隊に付き添って、敵の襲撃しゅうげきに備える護衛旅。

今日は無事、何事もなく順調に進む事が出来た。

目的地である、ホックヤードのとりでは、まだもう少し先。

出発した時にあれだけ明るかった空も、すっかり黒く染まり、夜の様相を見せている。



 目的地の砦は、まだ遠い。

 今、休ませてもらっている、このカウツの村からさらに歩いて、あと半日は掛かるという。



まだ先が長いという事もあるので、歩かせている馬や自分達も休む為に、マンソンさんも懇意こんいにさせてもらっているこの宿で、今晩は休ませてもらう事になったのだが・・・・・・。



 俺達が任されている職務は、運搬うんぱんする荷馬車の護衛。



休んでいる間でも、誰かが荷馬車や馬が襲われないように、敵がやって来るのを見張っておかなければいけないのだ。

このカウツ村にも、いつ敵が来ても立ち向かえるように、武装した者が居るとディアナさんは教えてくれたのだが───。



 それはあくまで、村の人が自衛の為に武装しているもの。

 彼らが居るから、と任せきりにしてはいけない。

 自分達の任された物は、自分達の手で守る。



そういう事もあり、今はディアナさんが1人、外で見張ってくれている。


「アール君、食べないの?」

「えっ?」


 対面に座っているリリスから話しかけられて、慌てて視線を彼女の方に戻す。

宿の方から、明日にそなえて、と温かい魚の入ったスープと、パンを振る舞ってもらったのだが、なかなか手が進まない。



 ぬくもりのある味に、ほろりと崩れる白身の舌触りが心地良い。

 決してこの食事が、不味まずいと言うつもりは無いのだが・・・・・・。



腹がピンと張って、パンをんでもなかなか飲み込む気になれない。

スープを飲んでいく度に、腹がどんどん満たされていく。



 あれだけ歩いて来たはずなのに、ちっともお腹はいてこなかった。



「ごめん、なんだかお腹空いていなくて・・・・・・」

「えっ、大丈夫・・・・・・?ちゃんと食べて休まないと、体壊しちゃうよ」

「う、うん」


 彼女は手を止めて、心配そうに見つめている。



 食べなきゃいけないのは、分かっているのだが・・・・・・。

 外で1人のディアナさんの事を考えると────。


 慣れているから大丈夫、と気丈に振る舞っている彼女だったが・・・・・・。

 何か自分に出来る事はないだろうか。


 俺にも見張りを、手伝えないのだろうか。



そんな言葉が頭をよぎる度に、ますますお腹の張りが強くなっていき、食欲が無くなっていく。


「すいません、ごちそうさまでした」



 もうこれ以上、パンがのどを通らない。



残っていたスープを全て飲みして、そう言いながら手を合わせて、頭を軽く下げつつ席を離れた。


「兄ちゃん若いのに、随分ずいぶんしょくが細いな。もういいのか?」


 スープを飲みながら、マンソンさんも心配そうな目を向けながら、俺にそう話しかけてくる。


「ええ、大丈夫です。もうお腹いっぱいで・・・・・・」

「なんだ、食べないのか。じゃあ、もったいないから俺が貰ってもいいか?」


 マンソンさんにそう返事をしていると、今度は横で食べていたトミーさんが話しかけてきた。

これ以上、本当に食事が喉に通らなかったので、彼の言葉をありがたく受け取り、残ったパンを食べてもらう事にする。


「よっと。それじゃ、遠慮えんりょなくいただくぜ」


 笑顔を浮かべながら、俺の手元に1つだけ残ったらパンを彼はむんずとつかみ、そのまま自身の手元へと持っていく。


「ほ、本当にもう、お腹いっぱいなの?」


 トミーさんを苦々しそうに見つめてから、また彼女は心配そうに声をかけてくれる。


「うん、本当にもう入らなくて。ごめん」

「そうか。若いの、食べられる時に食べておかないと、後が大変だからな。遠慮しなくていいぞ」


気遣きづかいすいません、と言うように頭を下げてから、一歩後ろに下がる。


「すいません、ちょっと聞きたい事があるんで、外に行ってきます。ごちそうさまでした」



 やっぱり、1人で夜回りしている彼女の所へ行こう。



まだ食事の席についている彼らに、もう一度頭を下げてから、側に置いてあった自分の装備を拾って、その場を後にする。

去り際にふっと、リリスの心配そうな表情が目に止まる。

大丈夫だよ、と言うように彼女に笑みを返してから、荷馬車が留め置かれている場所へと、足を進めていった。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 ほんのりとまとわりついてくる、冷えた風。

 留められたほろはどこだったかな。



そう考えながら、宿の裏手から出てスタスタと歩いていく。

右手に見える木組みの馬房からは、もさもさと乾いた草を食べる馬の顔が、ちらりと見えた。



 彼女の姿は、ここには無い。

 幌の留めてある所に今は居るのかな。



ぐるりとそれを避けるようにして横を抜けていき、さらに向こうへと歩いていく。

ディアナさんは、馬小屋の近くに留めてある幌の側で、空をながめながらたたずんでいた。



 小さく輝いている、夜空に散りばめられた光を見る、彼女の目。

 悲しみの混ざった、誰かの身を案じているようにも見える───。

 寂しくて、暗い目だった。



「ディアナさん?」


 俺の呼びかけに、ハッとした表情を浮かべて彼女は振り返る。


「ああ、なんだ。どうしたんだ。別にいいぞ、私なら1人でも大丈夫だ」

「いえ、そうじゃないんです。初めての仕事ですけれど、自分も覚える為に夜回りを手伝いたいなと思って」


 その言葉に、彼女は軽く手を横に振っていた。


「いいよ、アール君は初めてなんだから。しっかり今日は寝て、休むんだ。無理するなよ」


 そう言い終えてから、大丈夫だと軽くうなずいて、戻るようにうながしてくれている。



 俺の事を気遣きづかってくれているんだな。



彼女の温かな思いが、その言葉の節々から伝わってきた。

俺も、ありがとうございます、と気持ちを込めて頷き、返事をする。


「いいんです。こう、食事がのどを通らなくて。お腹いっぱいになってしまったから、それなら夜の巡回とか、まだ知らない仕事もありますので、ディアナさんから、聞けたらいいかなと思いまして」

「ああ、そうなのか・・・・・・。ん?あまり食べられなかった?」

「え、う、うーん・・・・・・」



 来た理由を説明した方が良いと思い、つい言葉を続けてしまったが───。



あまり食べられなかった、という言葉で彼女に、大丈夫なのか?と言わせるような表情を浮かべさせてしまった。



 いえ、大丈夫ですよ。

 そう言って彼女を安心させたいのだが・・・・・・。



入らない理由が、初仕事の緊張によるものなので、上手く誤魔化ごまかすような、説明をする事が出来ない。

言葉に詰まるあまり、ついついうなり声ばかり返してしまう。

そんな姿を見かねたように、少しだけほほを緩ませて、ディアナさんが声をかけてくれた。


「ま、気持ちは分かるよ。自分にも昔、そんな時があったからな」


 冷たい風に乗って流れてくる、彼女の温かい言葉が、胸にじんわりとみていく。



 無理するなよ。



そう言わなくても伝わってくる彼女の気遣いに、ピンとしたお腹の張りも緩み、肩の荷が下りたような気がした。

ありがとうございます、とまた彼女に言葉を返すと、不意にスッと俺の方を指差して、今度はキョロキョロと目を左右に動かす。



 えっ。



と思う間もなく、彼女はさらに言葉を続けてきた。


「こうしている間にも、右、左、後ろと耳から入る音をらしておく事。話すのに夢中になって、おろそかになっているぞ」

「あっ」



 そうだった。



ディアナさんからの指摘に、ハッと昨日の事が頭の中に映し出される。



 確かに、稽古けいこの時、相手を像で捉え、全体を広く見ながら動け、と教えてもらっていたが・・・・・・。


 1つのものばかりに集中せず、常に色んな所へ。

 見えていない所にも、何気無く気を配っていく。


 この姿勢は、いつも、いつでも。

 たとえそれが、何気ない日常であったとしても───。

 意図的いとてきに、自分から持つようにしておかないと、いざという時に使えない。



その事に俺は、あらためて気付かされた。


「す、すいません。すっかり忘れていました」

「大丈夫。私が今はしっかり気を配っているし、アール君もすぐに出来るようになるよ。なかなか飲み込みが早そうだし、あまり落ち込むな」


 優しく背中を押すように、鼓舞の込められた彼女の言葉。

温かい彼女の笑みに、俺もありがとうと、笑顔を返す。



 出来る事は、ずっと出来るように。

 出来ない事は、少しずつ出来るように。

 今の俺は、まだその段階を踏んでいるところなんだ。



そう言い聞かせるように、軽く頷いてから、また彼女に視線を戻した。


「ディアナさん、ありがとうございます」



 動作に、気持ち。



彼女から教わる色んな物事への感謝を込めて、俺はあらためて彼女にお礼の言葉を述べる。

意図も無く込めたお礼の言葉を受けた彼女は、少し笑うと恥ずかしそうに目線を外した。


「あ、うん・・・・・・。なんだか照れるな、そんな表情で言われたら」

「えっ?」

「いや、いいんだ。すまん、つい思い出してな」


 照れを誤魔化すようにそう言いながら、軽く笑ってまた見つけた時のような、夜回りの姿勢に戻るディアナさん。

その、思い出してな、と言った彼女の姿。



 ここに────このギルドに来る前の事を思い出したような。



懐かしさと、何故なぜだか悲しさの混じったような、彼女の目。

その目が、その姿が何故か俺の頭の中に、忘れてはいけないと言うように、強く引っ掛かった。

彼女との会話を終えて、スッと温かみが体の中から抜けていく。



 ディアナさんは、1人で大丈夫と言っていた。

 なら、俺はどうしよう───。



そう考えていると、馬小屋の向こうから、ふと誰かが歩いて来ている気がした。

誰だ、敵かと思い視線を向けると、なんとリリスがそこから出てきたのだ。



 あ、リッちゃん。



と言う前に、ディアナさんが彼女に話しかける。


「ん?ああ、リリスか。どうした、もう交代か?」


 ディアナさんの言葉に、彼女は小さく頷いた。


「ディアナさん、まだ夜食べていないですよね?私が入りますから、行って来てください」

「そうか・・・・・・。少し早くないか?」


 無理しなくていいぞ、と言うのをさえぎるように、彼女は言葉を返す。


「大丈夫です。その・・・・・・またトミーさんが調子に乗ってマンソンさんと、さわぎだしたので。そろそろディアナさんに」

「なんだ、そういう事か。あの人はほんと、能天気というか何というか・・・・・・」


 彼女の言葉に、あきれた表情で乾いた笑いを浮かべるディアナさん。

それなら仕方ないか、と言うように頷いた彼女は「ありがとう。無理させてごめん」と言いながら小さく手を合わせて、その場を後にしていった。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 ほろをハタハタと揺らして、髪をなびかせている冷たい風。

ひんやりと、服の中を突き抜けていくように、しゅん、しゅんと吹いてくる。

ディアナさんが去ってから、足音や気配は彼女以外に感じられない。

時おり、小さく聞こえてくる馬の鳴き声、夜風に当てられる幌馬車以外に、俺とリリスをさえぎる物は無かった。

彼女は何も言わず、夜風に吹かれながらジッとこちらを見ている。



 まるで俺の反応を待っているかのように、ジッと・・・・・・。



気まずい、という言葉が、ぽわんと頭の中に浮かび上がってくる。



 俺は、どうしたら・・・・・・

 どう、声をかけたら、いいんだろう。



ぐるぐると、様々な言葉を取り出していきながら、話すべき文章をうん、うんと懸命けんめいに形成していく。


「り、リッちゃん」


 俺の呼びかけに、彼女の目がパッと開かれた。


「その・・・・・・心配かけてごめん。夜回りの事が聞けて、お腹の張りも落ち着いたから、もう大丈夫だよ」


 その言葉で、彼女の表情がゆっくりと、穏やかなものへ変わっていく。


「そっか!でも、本当にあれだけで大丈夫なの?お腹かない?」


 いつもの調子で、彼女は返事をする。

明るいその笑顔に、また俺の体がほっこりと、温かくなった。


「うん、大丈夫。リッちゃんも、あまり食べていないんじゃないのか?」

「私は、食べ過ぎたら眠くなっちゃうからね。ほどほどくらいで良いの」


 彼女の言葉を受けて、不意にあの親睦会しんぼくかいで酔い潰れた姿を思い出す。

俺は思わず「なるほど」とうなずき返した。



 休憩きゅうけいとはいえ、いつでも動けるように気構えておかないといけないんだ。

 うっかり眠ってしまったら一大事。



彼女の言葉は、至極しごく当然なものだった。



 もしかしたらそういうのを見越して、やけにお腹が張ったようなのも───。

 俺の体が、無意識のうちに、そう・・・・・・。

 

 いや、それは違うか。



と、自嘲じちょう気味に心の中でつぶやいて、首を小さく振る。


「でもアール君、今日から初めてでしょ?私も今回は夜回りまではいいと思うけれどな。休んだ方がいいよ」


 俺の体を気遣きづかって、やはり心配そうな表情で彼女は話しかけてくる。

その気遣いに、ありがとう、と返してから、俺も言葉を続けた。


「俺は大丈夫。少しでも力になれるように、出来そうな事は少しずつ覚えていきたいんだ。やってみないと、出来る出来ないの段階も分からないし」


 そう話しながら、自分の言葉にそうだ、そうだよと心の中で頷く。



 今の自分は、出来ない事だらけなんだ。

 右も左も分からない、自分の為に手を貸してくれている───。

 皆の為にも、力になれる事を、少しずつ増やしていきたい。



そんな気持ちを込めて、もう一度彼女に、うんと頷きを届ける。

俺の頷きに、彼女も微笑を返してくれた。


「分かった。何かあったら、何でも言ってくれていいからね」


 その言葉に、ハッと頭に言葉が浮かんできた。

こういう事を聞いた方がいいんじゃないかと、頭の中で段落分けの文章を組んでいきながら、リリスに尋ねていく。



 夜回りの守るべき約束事のようなものや、どういった点に気をつけておくべきか。


 まだまだ俺には、分からない事や、聞いておくべき事だらけなんだ。

 後でいいや、と考えずに、教えてもらえる事は色々聞いておこう。


 そして、やっていこう。



「リッちゃん。それならさ、聞きたい事が色々あって・・・・・・」

「うんうん。どんな事?」


 ディアナさんから言われていた、周囲への意識も常に飛ばしながら、1つ1つ分からない事を尋ねていく。

相変わらず、冷えた風が幌にハタハタと当たって、彼女の髪をゆらゆらと吹き流している。

深い、深い夜空にはチラチラと小さな光が、流れる黒雲に遮られたりしながら、俺とリリスを見守るように、ゆったりと輝いていたのだった。




 -続-




<あとがき>

・この回にて、カウツ村のパートが終了になります。

 ここまでの拝読、ありがとうございました。

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