第6-1回「初めての護衛旅」


<まえがき>

・文字数は約5,000字、少々長いです。

 読了には18分ほどかかります。






 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「気をつけて行ってこいよ!」


 笑顔でスタックス支部長が、俺達を見送ってくれている。

町の外へ続いていく橋を渡りながら、手を振っている彼に対して───。



 無事に帰って来ますから。



そんな気持ちを込めて、俺も手を振り返す。



 頼りがいのあるディアナさんと、ちょっとそそっかしいトミーさん。

 そして、歳の近いリリスさん───。



彼女達の後ろに付き添いながら、今向かおうとしている、初仕事の集合場所の方へ足を進めていく。

橋を渡りながらふと左手に目を向けてみると、まだ明けの空にほんのりと、夜の残り香が広がっていた。



 橋の下に流れている、この川。

 これが、どんどん、どんどん海へ、海へと流れていき───。


 そして、周りの川と合流していきながら、流れ着いた村、カイサイにまで伸びていっているんだよな。


 あんなに遠くから、俺はここまで───。

 支部長や、皆の助けを借りて、お世話になって、今にいたっているんだな・・・・・・。



橋の始まり、対岸に目を向けてみると、何か色んな物を積んだ無数の舟がつけている。

その前にはずらりと、色んな建物が広がっていた。

視線をまた、前を歩く彼らの方へ戻してみる。



 これからどこへ行くのかな────。

 ああ、これから行く場所は、どんな所なんだろう・・・・・・。



胴当て、脛当すねあてを支部長に付けてもらっていた時に、あらためて教えてもらった、仕事の内容を思い返す。



 前線のぎりぎり、森の対面するようにそびえ立っている、ホックヤードのとりで

 そこまで、物資を運搬うんぱんする馬車に付き添いながら、護衛をするというものなのだが───。



その内容を聞かされても、映像がまったく頭の中に浮かんでこない。



 昨日、ディアナさん達につけてもらった稽古けいこの動き・・・・・・。

 あの時の、良かったと言ってもらえた動きが、初仕事の中でも出来るのか、どうか・・・・・・。



頭にぐるぐると、浮かんでくる様々な不安をぬぐうように、何度も、何度も息を吐いているうちに、ひたいから少しずつ汗が、じんわりとにじみだしてきていた。


「おーい、アール!どうしたんだ?」

「えっ!?は、はい!」


 ディアナさんの声がしてつい、慌てて返事をする。

彼女達はもう、橋の真ん中辺りを過ぎて、かなり離れた位置にまで進んでしまっていた。



 ボーッとし過ぎていた!急がないと!



両の腕を振り、彼らが待っている場所にまで駆け寄っていく。


「す、すいません。待たせてしまって・・・・・・」

「あんまりボーッとするなよ?はぐれたら大変だからな」


 トミーさんが明朗な笑みを浮かべながら、野太い声で言葉をかけてくれた。

歩みを進め直す3人の後ろについて、すたすたすたと、また歩き続けていくと、少しずつ左手の方向に広がっていた、建物の様子が、はっきりと見えてくる。

橋も終わりに近づいたところで、俺達の目の前には門のような建物が立ちふさがった。

少し待ってろよ、と言ってから、トミーさんは窓口のような所へと歩いていく。

そうする間もなく、そこで何かを見せながら話し始めた。


「あの、ディアナさん。あれ何しているんですか?」


 ふと気になり、横で待っている彼女に話しかけてみる。


「ああ、そうだな。ま、橋を通る前の身元審査、みたいなもんだよ」

「ここから先は一応、戦場だからね・・・・・・。アール君もそのうち慣れるよ」


 ディアナさんの返事に、側に居るリリスさんも補足するように軽く教えてくれた。

リリスさんの、戦場、という言葉に思わず生唾を飲む。



 ああ、ついにこれから、あの怖い所へ足を踏み入れていくんだな・・・・・・。



落ち着いていたはずの胸のドキドキが、また大きく響きだしてくる。

そうこうするうちに、おーーいと彼は手を振って、行けるぞと俺達に合図をしてくれた。



 さあ、頑張らないと・・・・・・。



ふーっ、と1つ息を吐いてから、また歩みを進める彼らに付き添って、足を進めていった。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 門を抜けて少しばかり歩いた頃、俺達は人の行きう中を、何度か通り抜けていき、ある場所で足を止める。

そこには、あの支部が5つも、6つも収まりそうなほど、とても大きく開かれた建物が広がっていた。


「トミーさん、覚えているよな?」

「心配すんなよ!いくら鶏頭とりあたまっても、それぐらいの事は覚えているって!」

「・・・・・・それで間違えた事が、前にあるからなあ」


 俺とリリスさんを尻目に会話をする2人。

首をかしげる彼女に、大丈夫だろ!と言うように、トミーさんはずんずんと歩き始めた。

建物は遠目から見ても分かるように、岸に向かって伸びていくような広い作りとなっている。

中では、色んな人が物を運んで、行き交って、声を出して───。

荷車に積んでいる様子が見えていたのだが、その中は俺が思っているよりも、ずっと広いものだった。

あまりにたくさんの物と、人であふれかえっているのもあり、少しでも前を行く3人から目をらしてしまったら、すぐにでもはぐれてしまいそうになる。

せましと並べられている、様々な物に、人に目を泳がせながらも、なんとかその後ろ姿を追い続けているうちに───。

ある場所を前にして、トミーさんの足が止まった。


「おう!今日はディアナさんにトミー、あとは・・・・・・リリスちゃんか!」


 布の屋根が付いた馬車から、顔をのぞかせている人が、気さくに声をかけてくる。


「マンソンさん、今日もよろしく!」

「また今回も、お世話になるよ」

「ははは!いやー、2人が来てくれて心強いよ!あっ、トミーさんは2人に入ってないから」

「おいおい、なんでだよマソやん!そりゃあねえだろ・・・・・・!」


 楽しそうに話し合う4人。

俺もこの、荷馬車の方に挨拶あいさつしたいのだが、どうも会話に入りづらい感じがして、つい退しりぞいてしまいそうになる。


「マンソンさん、紹介するよ。アール君だ」


 不意にディアナさんから手を向けられて、胸がヒヤリとする。



 気持ちの準備が、まったく出来ていない。



慌てて一歩、前に出て、少しひげたくわえたその方へ一礼をする。


「スタックス支部長の所でお世話になっています、アールです。今日から初仕事になります・・・・・・よろしく、お願いします」


 決して失礼の無いように、と意識しながら、しぼり出すように声を出して、もう一度深く頭を下げる。

緊張のせいからか、胸から響く音はますます大きく、速くなっていた。


「いいねえ!新人さんか!初めまして、おらぁマンソン・スノウベックだ!」


 そう言いながら、よろしくと手を差し出してきた。

俺も、よろしくお願いします、と返すように彼の手をにぎる。



 ギュッと握られた彼の手は、浅黒く、力強いものだった。



「いやー、彼いいね!なんか、トミーさんよりも頼りがいありそうだね!」


 握手と同時に笑顔を振りく彼は、その表情のまま、ディアナさんに話しかけている。


「昨日、稽古けいこをつけてみたけどね。彼、なかなか筋が良いよ」

「そうなのか!いやー、それなら期待しちゃおうかな!」

「おいおい、俺より頼れそうって・・・・・・!そりゃねえよマソやん」



 楽しそうに話し合う3人。



マンソンさんの言葉が、どこまで本気なのか、要領がつかめず、上手く言葉を返せない。

すると、リリスさんが軽く肩を叩いて、目配せをしてくれた。


「大丈夫、あの人はいつもあんな感じだから。あれで大丈夫だよ」


 不安半分の胸中をみ取るように、彼女は優しく、そう声をかけてくれる。



 ああ────あれで大丈夫なんだ。



ありがとう、と言葉を添えて、彼女に軽くうなずき返す。

リリスさんも、うんうんと頷いてくれていた。

彼女の微笑にホッとした俺は、視線を荷馬車の方へと向けてみる。

ここに来る前に説明を聞いていた、輸送の護衛の全容が、ようやく実物を見る事で理解する事が出来た。



 なるほど、そういう事か。

 あの川から、舟で運ばれてきた食糧しょくりょうなどの色んな物資を、この中に積んでいき、戦場の最前線まで運んでいく。

 その道中、敵の略奪りゃくだつ襲撃しゅうげきがあるかもしれない。

 だから、武装した俺達がその襲撃に対して反撃出来るように、護衛する、という訳か。



向こうで話をしている4人を尻目に、俺は荷馬車をぐるりと見渡していく。

まだ馬も付けられていないそれは、しっかり、がっしりと、かたく頑丈に作られていた。

ひずみの無い、綺麗きれいに整えられた車輪は、触ってみると心地良く、なめらかでありながらもかたく、重みのある感じが手のひらを通じて伝わってくる。

後ろに回って見てみると、中にはあの市場でも見た、ソーセージなどの肉が袋の中に詰められて、薄暗いそこへ、どっさりと積み込まれていた。

目線を外して遠くに目を向けると、車輪などがたくさん積まれた所で、ぐるぐると車輪を回しながら、ぐような作業をしている人達がいる。



 ああ、なるほど。

 あの人達が、この荷馬車を整備してくれているんだな。



 ディアナさん達と楽しそうに話すマンソンさん。

 そして、舟が乗り付ける岸辺きしべに建てられたこの場所。


 荷馬車を整備する、たくさんの人達。

 そして・・・・・・これから輸送に携わろうとする自分達。



 あらためて俺は、このニッコサンガという町が───。



 いや、俺を取り巻くこの場所が、多くの人達とがって、成り立っているんだ。



そう認識する事が出来た。


「アール君、何してるの?」

「わっ!?」


 不意にかけられた言葉に、つい情けない返事をしてしまう。

声のした方を見てみると、リリスさんが笑っていた。


「あはは、ごめんごめん。ふらふらしながらほろとか見ていたからさ、つい気になっちゃって」

「り、リリスさん・・・・・・」


 笑顔を浮かべる彼女に、おどろかされた事について何も言えず、フウとめ息を吐く。


「アール君、前から気になっていたんだけどさ」


 溜め息から間を空けずに、笑みを崩さずに彼女が言葉を続けてくる。

何だろう、と思いつつ俺も目を合わせてみた。


「私とアール君、年齢が近いと思うんだよね。だからさ」

「だから・・・・・・」


 彼女の言葉に釣られて、つい復唱し返す。


「リリスはよそよそしいから、リリスでいいよ!」


 そう言いながらまた彼女は、ニコリとまた、明るく笑顔を向けていた。

空に昇った日の光よりも、すっきりとした笑顔に、落ち着いていた胸がまたドクドクと、高鳴ってくる。


「い、いいの?呼び捨てでも・・・・・・」

「うん。なんかさ、せっかく歳も近いのに、ずっと付けなのも、こう・・・・・・。しっくりこないというか」

「そっか・・・・・・」


 彼女の言葉に、うんと一つ頷きをはさむ。



 彼女の様子や言葉で、そう決めつけるわけでも無いが・・・・・・。

 昨日、ビアホールからの帰りにスタックス支部長から教えてもらった、ここの誕生した経緯なども考慮して───。

 彼女はあまり、歳の近い、友達のように気を許せる人と、あまり接する事が無いのかな。



という考えが、俺の頭の中にポンと浮かんできた。



 それなら、彼女の思いに応えてあげよう。

 彼女の為にも、そうしてあげるべきだ。



そう思いながら頷き、言葉を返す。


「じゃあ、リリスでもいいかな?」


 その言葉に、彼女は目線を合わせ、そしてほんの少しだけうつむいた。


「ちゃん、かあ・・・・・・。うーん、それならの方がいいかも!」


 ポンとひらめいたような明朗な表情で、彼女はそう答えてくれた。

その言葉に、それがいいのなら、と俺も頷き返す。


「分かった。、これからの初仕事、よろしくお世話になります」


 明るい彼女の笑みに釣られて、ほほを緩めながら、ぺこりとお辞儀じぎする。


「いいよいいよ!そんなに固くならなくても!こちらこそよろしくね、アール君!」


 その言葉を受けて頭を上げ直すと、あのニコニコとした笑顔のまま、彼女は手を差し伸べていた。



 お互い頑張ろう。

 今日からよろしくね。



そんな思いの込められた、優しさあふれる手。

こちらこそ、お願いします、という気持ちを笑顔に込めて、その手をギュッと握り返す。

ふと視線をあの3人に向けてみると、彼らはまだ楽しそうに、何かを話している様子だった。


「あの感じだと、しばらく荷積みも出発も、まだしばらく掛かるよ」

「そっか、まだ掛かるんだ」

「だから、それまでどうしよっか?」


 そう言いながら、彼女がまた俺の目を見てくる。



 まだ出発しないというのなら───。

 なら、その前にこの仕事の事や、この場所の事など───。

 色んな聞きたい事を、今から彼女に聞いてみよう。



そう思いを込めながら、小さく頷き返す。


「じゃあ、もう少しここの事とか、色々聞いてもいいかな。その、歩きながらとか」

「うん、いいよ!それじゃあ、色々回りながら、分かる範囲で教えてあげるね!」


 その言葉に、彼女は明朗な声と共に、笑みを返してくれた。

あれだけ高鳴っていた胸も、気がつくと落ち着き、穏やかなものに変わっている。



 初めての仕事と、つかの間のひと時───。



それからしばらく、リッちゃんと俺は、荷馬車の支度したくが終わるまでの間。

行きう人に目を向け、聞こえる言葉に耳をかたむけたりしながら、ウロウロと市場の中を、見て回ったのだった。




 -続-

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