第7-1回


 頭上を照らす光が、ギラギラとまぶしい。

ほろ馬車の夜回りに協力させてもらい、少ししてからディアナさんに代わってもらい眠らせてもらったのだが、まだ体がはっきりと目覚めていない。



 ぼんやりとした中で、流し込んだ麦粥がまだお腹の中でタプタプと揺れている。

 目もしぱしぱするような、変な感じがして、気持ちも悪い。



カウツの村を出発して、目的地の砦までの同行旅を再開して、まあまあの距離を歩いたと思うのだが───。

まだいつもの調子が戻ってきていなかった。


「大丈夫か、アール」

「えっ?」


 後ろからディアナさんの声が聞こえて、思わず振り返る。


「・・・・・・目が血走っているぞ。私がお前の分も見るから、少し馬車の中で休め」

「だ、大丈夫です。俺、やれますから!」


 不安気な表情の彼女に、俺はほほを叩いて笑みを返した。

ディアナさんは表情を変えず、まゆをしかめている。


「いや、本当に無理をしなくていいんだぞ。ここからが正念場だからな」


 神妙な面持ちで、彼女は口を開く。


「正直な話・・・・・・ここから先で、アールに何かあっても、対処出来ないかもしれないからな」



 決して、俺を心配しているからそう言ってくれているんじゃない。

 本当に、ここからは俺に気遣きづかえるほどの余裕は無いんだ・・・・・・。



彼女の口調で俺はあらためて、この仕事の危険性と、重要性を察する。

スタックス支部長が言っていた、だという言葉の重みを、ひしひしと感じていた。



 昨日、先走って夜回りをするべきじゃなかったのかも・・・・・・。



と、後悔し始めた頃、ピタリと進んでいた馬車が止まったのだ。

草原に畑が広がり、時おり小川も見えていた長閑のどかな風景は、もうガラリと変わっている。

右手の向こうには暗々とした深い森が見え、遠くの山々も大きく眼下に迫ってきていた。


「みんな、集まってくれ!」


 一番前の馬車に乗って先導していたマンソンさんが駆け寄って、俺達に集まるようにうながしている。

ここからが正念場、という彼女の言葉を胸に、俺もスタスタと彼の元へと歩み寄っていった。


「いいか、ここから先が例の森だからな。つい8日ほど前にも、護衛が付いていたにも関わらず、襲われて、物資を奪われた。合図は俺の指笛だ。これが聞こえたら馬を飛ばせよ。いいな」


 彼の言葉に皆、うなずいて掛け声を返している。


「リリスは俺に、アールはディアナに、何か見えたら報告するんだ。草葉をき分ける音、怪しい光。何でもいい、兆候ちょうこうを見たら遠慮えんりょなく言ってくれよ」


 トミーさんの言葉に、俺も頷き返す。


「じゃあ皆、頼むよ。絶対にここを走破して、何としても砦まで届けるぞ」

「マソやん、護衛は任せろよ。ダンフォード商会あいつらと同じてつは踏ませないからな」

「ああ、頼らせてもらうぞ」


 トミーさんの言葉に、彼は微笑を浮かべていた。


「よし、行くか」


 マンソンさんの言葉に、また皆が頷き返す。

休む間もなく、そのままの流れで出発となったので、慌てて自分の持ち馬車に戻ろうと走ろうとした───。


「あっ、ちょっと待って!」


 その時、リリスの横を抜けようとした瞬間、不意に呼び止められた。


「アール君、教えたい事があるから、ちょっと近くで見ていてくれる?」

「どうした?出発するぞ?」


 前からトミーさんが呼びかけている。


「いいの、大丈夫!出して!」

「分かった!暗くなる前に着きたいからな。行くぞ!」


 トミーさんの掛け声で、幌馬車はまたトコトコと歩き始める。



 まだ持ち場についていないけれど、それでもいいのだろうか。



彼女の意図いとが分からない俺は、尋ねてみる事にした。


「えっと・・・・・・俺」

「ごめんごめん。でも、どうしても教えておかないと行けない事があったからね。移動する馬車へ跳び移るコツ、アール君聞いてる?」


 そう尋ねきる前に、彼女は俺の言葉に答えてくれる。



 馬車への跳び移り───。



まだディアナさんにも、トミーさんからも教えてもらっていないその内容に、ぼうっと頭に疑問符が浮かんでくる。


「いや、聞いていないよ。でも、なんで・・・・・・?」


 俺の疑問に、彼女は答えてくれる。


「馬を飛ばすといっても、私らが走るくらいの速さにしかならないからね。敵も走って追いかけてくるから、跳び乗って守ったり、逆に跳び降りて周りの馬車の所に、援護しに行ったりもしないといけないの」


 彼女の言葉に、うっすらと頭の中に映像が浮かんできた。



 あのゴブリン共が、走って追いかけてくる。

 その中で馬車に跳び移ったりしながら、ディアナさんに叩き込んでもらった意識を常に持って、撃退する。


 お、俺に出来るのかな・・・・・・。



「な、なるほど・・・・・・」

「まあ、ちょっと見ていて」


 そう言うと彼女は、幌馬車の手綱たづなを持つ人の側へと歩いて行って、何か合図をした。

馬車はみるみる速くなっていったと思った瞬間、彼女は下がりながらすごい動きを見せた。

跳び上がったと思うと、もう幌と馬車の側面の間に足を乗せて、跳び移っている。

少しの狂いもない、慣れた動き───。


「今の見えた?」


 笑みを浮かべる彼女に、俺は首を横に振る。

彼女の足や、腰に目を向けているうちにトトッと済んでしまっていた。



 何がどうなって、どう意識したらいいのか、まったく見当もつかない。

 跳んでから側面を蹴り上げたように見えたが、それから・・・・・・えっと。



「大丈夫。もう一回するね」


 そう言うとスッと足を外して、ストンと目の前に降り立つ。

そして、また少しの隙も無く、彼女の体は地面から、幌馬車の横へと移りきっていた。


「もう大丈夫!ゆっくりでいいよ」


 馬を操る人に彼女がそ声をかけると、幌馬車の速度はゆっくりと落ちていく。

ふと後ろを振り返ると、俺の持ち場の馬車から結構距離が空いて、かなりトミーさんの馬車に接近していた。


「ご、ごめん。まったく分からなかった」

「あはは。仕方ないよ、初めてだもん。大丈夫、まだ例の森まで離れているから、もう少し教えられるよ」


 笑顔の彼女に、俺はつい申し訳なさを感じてしまう。

すいません、と軽く頭を下げると、後ろから声が聞こえてきた。


「おーい。練習するなら、すると言ってくれないと」


 振り返ると、ディアナさんが俺の担当馬車近くにまで、駆け寄ってくれていた。


「す、すみません」

「ディアナさん、ごめん!」

「いいんだよ。あたしもこのポジションじゃ、教えられないからね」


 彼女はそう言いながら軽く拳を作り、指を立てて小さく頷いている。


「リッちゃん、お願いするよ!」

「はい!」


 彼女の言葉に笑みを返したディアナさんは、トトトッと駆け戻り、俺の馬車と彼女の馬車の間に付いて、護衛を再開していった。


「ごめんねアール君。こんな状態なのに、また色々教える事になっちゃって」


 申し訳なさそうに、そう話す彼女。


「いや、俺は大丈夫だよ。逆に、こう親身に教えてくれて、むしろありがたいくらいだし」



 足を引っ張っている、自分にここまで色々と気をつかって───。

 自分の役目がありながらも、何から何まで教えてくれる、その優しさに───。



ありがとう、という思いを込めて俺は彼女に返事をする。

その返事に、彼女も分かったというように頷いて、ニッと口元を緩ませた。


「もうあんまり余裕は無いけれど、今度はポイントを教えながらやっていくね」


 そう言いながら、彼女はもう一度、今度はゆっくりと動きを止めながら、あの跳び移りを目の前でしてくれた。

あんまり余裕が無い、という言葉でふと視線が遠くの方に向く。



 はるか向こうにつらなる山々の右手から、暗々と伸び広がる森。

 例の森、と言われている危険地帯は、確実にすぐそこまで近づいてきていた。



「アール君、いくよ!」

「えっ!?ああ、うん!」


 彼女の呼びかけに、ハッと視線を戻す。



 もうあまり、練習する機会は無い。

 この機会を、ムダにしてはいけない。



俺は彼女の、一挙手いっきょしゅ一投足いっとうそくに、グッと注意を向けていった。




 -続-

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