第8-1回「初仕事を終えて」


 ゆっくりとカウツの村で羽を休めてから、無事ニッコサンガの町へ、俺達は帰って来た。

ほろ馬車隊とマンソンさんと、あの対岸の場所でお別れしてから、橋を渡り再び城下へと、足を踏み入れる。



 このまま、あの支部に戻るのかな。



と、視線を前を歩く2人に向けてみると、トミーさんと彼女は役所のある方へと足を進めていた。



 あれ?これからどうするんだろう?



「すいません、これからどこへ行くんですか?」


 ふと疑問に思い、2人に話しかけてみる。


「あ、そうか。アールは初めてだもんな。これからこの木札を返してから、事後報告しに行くんだよ」

「事後報告────。なるほど」


 トミーさんが首に掛けていたそれを手に取りながら、俺の質問に答えてくれる。

彼の返事にうなずいて間もなく、ディアナさんも補足するように、言葉を続けてきてくれた。


「どうする?一緒に来るか?正直、これはトミーさんと私だけで充分だし、2人について来てもらってもあまり意味はないんだが・・・・・・」


 そう言いながら、彼女は俺だけでなく、横を歩いているリリスにも話を振っていた。



 少し待つ事になるから、その間2人はどこかで、うろうろ暇を潰していても、いいんじゃないのか。



そう言ってくれているような、視線を向けて。


「うーん、どうする?アール君もどこかに行くのなら、私もついて行こうと思うけど」


 尋ねるように、そう視線を向けながら、彼女も口を開いた。


「別に俺の事は気にしなくていいぞ!せっかく無事帰って来たんだから、2人っきりでどっか行ってこいよ!」


 2人の視線に割って入るように、今度はトミーさんが気楽そうにほほを緩めながら話しかけてくる。

彼がそう言いきってすぐ、ディアナさんがひじで軽く彼を小突いた。


「っ!」


 何すんだよ、と言いかけた彼を牽制けんせいするように、彼女はまゆをしかめてジッと目を合わせている。

余計な口はさまなくていいから、とでも言うように。


「な、なんだよ・・・・・・俺そんな悪い事言ってねえだろ。なんで怒ってんだよ」

「はぁ・・・・・・」


 首をかしげて、彼女はめ息を吐いている。

ふと視線をリリスに向けると、なんとも言えない微妙な面持ちになっていた。



 ただよう空気が、あまり良い感じではない。

 それなら、こうした方が良いよな。



そう胸の中でつぶやき、顔を上げ直す。


「お、俺、せっかくだから支部長にお土産みやげか何か、見繕みつくろって来ますよ。リッちゃんもせっかくだから、一緒にどうかな?」

「え、そう?2人が良いのなら、そうしようかな」


 彼女の言葉に、ディアナさんもフッと頬を緩める。


「いいと思うよ。行っておいで、きっと喜んでくれるよ」

「お、俺も大丈夫だぞ!あ、そうだせっかくだから、俺的にはお土産は────」


 トミーさんの話をさえぎるように、ディアナさんがその体を引っ張る。


「ほら、もういいから。行こうよトミーさん」

「えっ?お、おう・・・・・・?じゃあな、良いの期待してるぜ!」


 話の腰を折られながらも、笑みを浮かべながら、スタスタと役所の方へと歩かされていくトミーさん。



 また後で、支部で会おう。



そう言うように頷いてから、彼女も彼と共に、遠ざかっていった。


「はあ・・・・・・。やっぱりトミーさんは、なーんかにぶいというか、ズレているというか・・・・・・」


 苦い表情を浮かべながら、溜め息を吐くリリス。

そんな様子の彼女に何も言えず、乾いた笑いを返す事しか出来なかった。


「で、どうする?アール君はお土産、何か考えているの?」


 そう言いながら、彼女の表情がいつもの明るい感じに戻った。


「うん。いや、まだコレ!っていうのは無いんだ・・・・・・。色々見ながら、考えようかなと思って」


 俺の言葉に彼女も軽く頷く。


「そっか。ま、それもそうだよね。それじゃあせっかくだし、私の知っている所色々教えるから、そこで見繕ってみようよ」

「うん、いいね。そうしようっか」


 同意の言葉に乗せて頷き返すと、彼女もニコリと笑い返した。



 それじゃあ、行ってみよっか。



と言うように、彼女の頷きに目を返して、アテも無く体を並ばせながら、再び歩き始めていった。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 セシリーさんと初めて買い物に行った、市場の近く。

そこまで足を運んだ俺達は、あるお店に立ち寄っていた。

集められた、色とりどりの果実が、かごに詰められて並んでいる。

向こうのたなには、びんに詰められている、あざやかな液体のような物が、光沢こうたくを放ちながらズラリと並べられていた。


「きれいだね・・・・・・」


 思わず出た言葉に、彼女はうれしそうに笑顔を向けてくる。


「でしょ?ここのジャムもマーマレードも、きれいだけじゃなくて、味も良いんだよ」

「へえ・・・・・・そうなんだ」


彼女の言葉につぶやき返しながら、1つ1つに目を向けていく。



 オレンジに、紫に、うっすらとした黄色に───。

 どれもこれも、とても美味おいしそうだ。



ながめているうちに、全部買ってあげたくなるような、そんな気分がどんどん高まっていく。

ふと、瓶の下に書いてある値段が気になり、目を向けてみると、思わず大きな声が出そうになった。


「どうしたの?」

「いや、結構値段するんだね・・・・・・」


 俺の言葉に彼女も、あーーーー・・・・・・、と言葉を詰まらせる。


「まあね。詰められる替わりの瓶を持ってきたら、もうちょっと安く買えるけど・・・・・・。まあ、作るまでに手間も掛かっているから」

「そ、そっか」

「それでも、値段以上の味は保証するよ!本当に美味しいんだから」

「う、うーん・・・・・・」


 言葉をすぐに返せず、ついうなり声ばかり上げてしまう。

そんな中で、先客を見送っていたこの店の人が、笑みを浮かべながら声をかけに来てくれた。


「やあリッちゃん。何買おうか、困っているのかい?」

「あ、どうも。うーん、今日は瓶を持って来ていないから、新しいのを買うのも、ちょっともったいなくて・・・・・・」


 彼女の言葉に、彼はうんうんとうなずいている。


「いいよ、よく買い物に来てくれるし。瓶代はおまけして、安くしておくよ」


 その言葉に彼女は申し訳なさそうに首を振る。


「いやいや!そこまではいいですよ。・・・・・・あっ!アール君、今回は果物がお土産みやげでもいいかな?」


 思いついたように、そう視線を向けながら声をかけてくるリリス。

えっ、と言葉に詰まりながら、さっき流し見ていた果物の方へと目を向けてみる。



 詰め置かれていたオレンジに、ふと目が留まる。



鮮やかで美味しそうなそれは、書いてあった値段も、行商ぎょうしょうのアンジーさんの所で売っていた物と変わらない、手頃な物だった。



 あれならきっと、みんな喜んでくれるよな。



そう思いながら、彼女の言葉に頷き返す。


「うん。それなら、あのオレンジでもいいかな」

「いいよ!じゃあ、これを・・・・・・6つで」

「はいはい!まいどあり!」


 店の方は笑顔を浮かべながら、いそいそと寄って来る。

そして、慣れた手つきで艶のある、美味しそうな物ばかりを見繕みつくろってくれた。

その間に彼女は、お金、お金・・・・・・、と呟きながらベルトに掛けられた小物入れに手を入れている。

その光景に、ハッと気付かされた。



 あの時、話の流れで買い物に来てしまったが───。

 自分はまだ、お金を持っていないじゃないか。



「ご、ごめん。俺、何も持っていないのに、買い物に誘っちゃって」

「え?いいよいいよ!気にしないで、これは私のおごりだから!」


 何も気にすることなくいつもの笑顔で、そう答える彼女。


「どうする?紙袋いるかい?」

「ううん、大丈夫!ごめんアール君、そのオレンジ持っていてくれる?」

「え、う、うん」


 その笑顔に流されるように、店の方から渡されたオレンジを、両の腕で持ち抱えた。

そうこうするうちに、リリスはお金をその方に渡している。

初仕事帰りのお土産購入が、あっさりと終わってしまった。


「じゃあね!また来ます!」

「はいよ!アールさんも、また来てね!」


 分かりました、と頭を下げている間もなく、彼女は店の方にもう一度手を振って、その場を後にしていく。

俺も置いていかれないように、オレンジを落とさないようにしながら、その背中を追いかけた。


「はいアール君。半分持つよ」

「あ、どうも」


 横に並んだタイミングで、彼女はひょいと、腕に積まれたオレンジを持ってくれた。


「今日はありがとう。俺、お金持っていないのに、分かった上で一緒に来てくれて」


 その言って彼女に頭を下げるが、彼女もうんうん、と言うように首を横に振って、笑顔を浮かべたまま返事をしてくれる。


「いいっていいって!私も久しぶりに、誰かと買い物出来て楽しかったし」

「そ、そう・・・・・・?なんだか、申し訳ないな・・・・・・」



 彼女に全部出してもらって、それでいいのかな・・・・・・。



そう思いながらも、さんさんとした笑みについ、頷き返してしまう。

頷き返して間もなく、今度は彼女が口を開いた。


「アール君、初仕事おめでとう!支部に帰ったら、初めてのお給料が貰えるね!」



 はつらつとした、彼女の笑顔。

 おめでとう、という言葉と、初めてのお給料、という言葉。



向けられた、彼女のまぶしい笑顔に、体の奥からき上がっていた気持ちに、気付く事が出来た。



 そうか・・・・・・俺、やれたんだ。

 する前までは、あんなに緊張と不安でいっぱいになって、大丈夫かな、と思っていたけれど───。


 なんとか、やり切れたんだ・・・・・・!

 俺、出来たんだ・・・・・・!



「私も初めての仕事帰りは嬉しかったなー。その気持ち良く分かるよ!」

「えっ」

「アール君、さっきからずっとニコニコしているんだもん。よっぽど嬉しかったんだな、って」



 えっ・・・・・・。

 そんなに自分、笑っていたのか・・・・・・。



彼女の指摘に何故なぜか、恥ずかしいという思いが込み上げてきてしまい、つい視線を外してしまった。


「あはは!別に恥ずかしがらなくてもいいよ」

「えっ、まあ、そうだけど。なんか・・・・・・」


 笑う彼女の姿に、ますます恥ずかしさが込み上げてくる。


「そうだ、アール君!今度でいいからさ、初給料で何か奢ってよ!」


 俯きながら歩いているうちに、ふとかけられた思いがけない言葉。

 えっ、と視線をまた彼女に戻す。


「えっ?奢るって、この前の親睦会しんぼくかい、みたいな感じで?」

「あ!ケインズのホール?いいね!初奢りはそこで決定ね!」


 何気なく言った例えから、気がつかないうちにどんどん話が進んでいっている。

頭の中に浮かんでくるのは、あそこで見た食事の値段。



 あそこも美味しい分、全部そこそこする値段じゃないか!

 自分のお給料が、どんなものか分からないけれど・・・・・・。

 あんなに払えないよ、きっと!



「い、いやいや!あれだよ、今のはたとえ!例えみたいなものだよ!」

「ダメダメ!もう決定だから!次の仕事帰りは絶対そこで奢りね!」

「ちょっと!そんなの無理だって!俺払えないよ!」


 笑いながら彼女は、俺の言葉を振り切るように、軽快な足取りで支部へと走りだしていった。

その後を、3つのオレンジを落とさないようにかかえながら、追いかけていく。

彼女の頭上に広がる、ニッコサンガの空も、オレンジ色に染まっていたのだった。




 -続-






 <あとがき>

・しばらく日常回になります。

 ここまで閲覧してくださり、ありがとうございました。

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