第8-2回「新たな仕事の話」
初仕事を終え、ニッコサンガの支部に帰って来た、その日の夜。
初めてここで食事をした日のように、俺はスタックス支部長とセシリーさんの3人で、食卓を囲んでいた。
切り分けられた、ねじねじの太いパン。
盛り付けられたキャベツと、
その側に添えられた、
そして、小皿に乗せられた、リリスと一緒に
リリスも、報告を済ませたトミーさんもディアスさんも、今はこの場所に居ない。
お給料を貰って、それぞれの家に帰ってしまっていた。
「アールさん、このオレンジ美味しいですよ」
「そう?リリスさんと一緒に、仕事帰りに見繕ってもらったんだ。喜んでくれて嬉しいよ」
ひと口食べながらそう話すセシリーさんに、俺も笑みを返す。
ふと自分の左手にある、切られたパンを乗せた皿の方へ、目を向けてみた。
一番最後にスタックスさんから手渡された、初仕事のお給料。
キラキラと
視線を自分の両手に戻すと、まだ支部長の手から伝わってきていた手の
「どうした?またニコニコして」
「えっ!?」
「アールさんの初お給料ですもんね。分かりますよ。私も初めて貰えた時、嬉しかったですもん」
2人にそう話しかけられ、気持ちを
「ははは、なんでそんなに恥ずかしがるんだよ。変わっているなあ」
彼も笑いながら、手に取ったパンを口の中へ運んでいる。
「それでも、少し驚いたよ。ゴブリンに襲われたんだってね」
緩んだ
「え、ええ。4体と、あと森の方からも・・・・・・まあまあ」
「いや、それでもよく無事に帰って来たね。しかも1体やっつけたそうじゃないか。大したもんだよ、本当に」
そう言いながら、スタックスさんは残りの漬物をペロリと
「あ、ありがとうございます・・・・・・」
ぺこりと頭を下げてから、自分も残りの漬物とパンを、口の中へ持っていった。
食卓の彩りも少しずつ、茶色と白ばかりになっていく。
俺もスタックスさんも、おおかた食べ終わったかな、というところで、彼にある事を、尋ねてみる事にした。
「あの、1つ聞いてもいいですか?」
「うん?どうした」
「その、今回護衛で向かった砦。あそこの見張りも、その・・・・・・仕事であったりとか、するんですか?」
何の事だろう、と言うように、ふっと目を外す支部長。
しばらくしてから、ああと手を叩いて、言葉を返してくれた。
「あれか。うん、そうだね。エディ君のやっている遊撃役が、次のタイミングで交代になるけれど。それの事かい?」
「はい、それなんですけれど・・・・・・」
頭の中でもう一度言葉をまとめてから、うんと口を開く。
「俺、次の交代で・・・・・・。その役目、出来ないでしょうか」
「うん・・・・・・うん?」
彼は驚いた様子で、少し言葉に
「いや、アール君。そんなに無理しなくてもいいよ。その気持ちは嬉しいけれど、ちょっといきなり、君にお願いするのは・・・・・・」
申し訳なさそうな表情で、首を
彼の言い分も、心配も当然なものだ。
まだ入って間もない自分が、二つ三つと色んな仕事をしていく事が、危険だというのも分かる。
「ええ、そうですよね・・・・・・。それでも、それを承知でさせてもらえませんか?いずれやる事になると思いますし、それに────」
それに、という言葉に、彼も復唱している。
「俺がここで交代に入った方が、なんだか上手くいきそうな気もするんです」
真っ直ぐに、その目を
彼の表情は、渋い。
うーーーん、と低い声で
やはり、言うべきじゃなかったかな・・・・・・。
自分で言っておいておきながら、険しい彼の顔を見ているうちに、なんだか申し訳ない気持ちが、ずんずんと強くなってくる。
ふと、手の動きがちらりと見えたので視線を向けてみると、セシリーさんが
彼女も
他に目を向けてみると、自分の皿に乗ったオレンジ以外は、みんな
「す、すいません」
「いえいえ」
ニコッと
ありがとう、ともう一度頭を下げてから、また視線をスタックスさんに向けて見ると、心なしか、眉も緩んで小さく、こくこくと、納得するように
「うーーーん・・・・・・。うん、ありがたいんだが・・・・・・うーん」
小さくそう
どうなのかな、とまた目を向け直そうとした瞬間、うんと頷きながら口を開いた。
「アール君。本当に申し訳ない!やってくれると言うのなら、ぜひやってもらえないかな」
「い、いいんですか?」
断られるかも、と思いそうになった瞬間、彼が少し眉を緩めて口を開く。
自分から言っておきながら、彼の言葉に思わず驚きそうになってしまった。
「いや、正直なところ、エディ君とモーリーさんが上手くいっていないからね。他の皆も、彼と距離を置いている感じだし・・・・・・。その、申し訳ないね。入ったばかりなのに、色々気にさせてしまって・・・・・・」
頬を緩めながらも、苦い表情のまま、彼は言葉を続けている。
サンドヒルズさんの気難しさも分かったうえで───。
自分から、そう言ってもらう事にさせてしまい、すまない・・・・・・。
そう言うように。
「俺は大丈夫ですよ。それで少しでも、皆の力になれるなら」
俺の言葉にまた彼は小さく、すまない、と呟きながら頭を下げていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
エディさんに代わるという、
あらためて彼から、交代に入る日数や、大まかな仕事の内容についての説明を、スタックスさんから教えてもらっていた。
話しているうちに、裏手から出たセシリーさんも、洗い終わった食器を手に持って、帰ってきている。
皿に残されていたあのオレンジも、話しているうちに手が進んで、もう皿の上から無くなっていた。
「今日、明日と休んで、次の護衛について向かったタイミングで、入れ替わる事になるけれど・・・・・・」
その言葉に、大丈夫ですよ、と
「すまないね、本当。入ったばっかりなのに」
「いえいえ、持ちつ持たれつですし。俺もずっと、お世話になりっぱなしですから。これでもっと力になれるのなら、平気ですよ」
「アール君、すまないね・・・・・・」
ようやく彼の表情も緩やかに、穏やかないつもの顔立ちに戻っていった。
話も終わり、それじゃあ頼むよ、と言いながらスタックスさんは席を立ち上がる。
俺も自分の皿を洗おうと、立ち上がった時───。
ふと、あの悪夢の事が、頭の中によぎった。
「アール君?」
そういえば、これも言おうとしていたんだよな。
ここで言うべきかな・・・・・・。
と、ふと窓に視線を向けると、オレンジ色の空も、すっかり暗くなっていた。
いや、ここでこれまで話したら、長くなるな。
止めておこう────紙に書き残して、また後で話す事にしよう。
「いえ、大丈夫です。紙と書く物、借りてもいいですか?」
「うん。自由に使っていいよ」
去り
ふと、視線を上に向けてみると、昨日と変わらず穏やかに、星がゆったりと輝いている。
───結局、言ってしまった。
支部長の力になりたい一心で、言ってしまった。
自分で言った手前・・・・・・俺、上手くやれるのかな。
先の読めない新たな仕事に、また胸が高鳴り、不安がふつふつと湧いてくる。
でも、いずれやらなきゃいけないはずなんだ。
あの護衛が上手く出来たんだ、今回だってやってやらないと。
そう思いながら、ふっと視線を上げて自分を鼓舞する。
頑張ろう、やらなきゃと思ったんだ。
思って、機会が貰えたんだ、やってみよう!
そう、心の中で
伸びる建物の影から覗く星も、心なしか強く───。
頑張れ。
そう言うように、輝いてくれているような気がしていた。
-続-
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます