第13-2回「ひと悶着」


 俺達は、モーリーさんとディアナさんのお陰で、いつもより早くホックヤードのとりでに到着していた。

ニッコサンガから護衛ごえいに出た時には、村で休んだりする事もあり、行くだけでも、1と半日は掛かってしまう。

それが、舟を使ってアツカメの川を下り、そこから支流、ビムス川を上がる工程にはさむだけで、まだ日も沈みきる前に、たった1日で辿たどり着く事が出来た。



 こんな近道があるのなら、護衛の時にもこれを使えばいいのに・・・・・・。



と思っていたのだが、ディアナさんいわく。


「ビムスは底が浅くて、あまり大きな船は入れないからな。それは難しいよ」


 との事らしい。

確かに、川を上っている時、ふと見えた川底は浅く、いつもほろ馬車にせている物資を、そのまま舟で運んでいくとなると───。

相当な数と、人手が掛かりそうな感じはしていた。



 何はともあれ、日が落ちる前に着く事が出来て、良かった。



砦の中に踏み入れてから聴こえてくる音、人の動きに、ホッと胸をで下ろす。


「これからどうするの?」

「うーん。ここで待ってて、と言われただけだから・・・・・・。今はどうしようもないですね」


 前ではリリスと、エディさんが話している。

ディアナさんは、ここに着いてすぐ、モーリーさんと一緒に、森攻めの段取りや、自分達はどうするべきかを確認する為に、言付けをしてから広間の方へと消えてしまった。


「そういえば、トミーさんは?」


 彼女の言葉に、ふと彼が居ない事に気づく。

少し動いて目を向けてみると、案の定、彼はいつもの調理場で、副料理長のホーラーさんと話していた。


「居た。あそこだね」


 俺が指差した先に2人もすぐに気づき、ああ・・・・・・、と乾いた笑みを浮かべている。


「また勝手にあんな所で・・・・・・」


 と、彼女が言いきる間もなく、向こうの方からディアナさんが来て、こちらに合図をしていた。

3人も来なよ、と言うように手招きをしてくれている。


「呼んでいますね。何か話でもあるのでしょうか」

「でも、トミーさんどうするの?ほっとく?」


 エディさんの言葉に、彼女は少しまゆをひそめながら、返事する。



 別に呼ばなくてもいいんじゃない?



とでも言うように。

彼の適当さに、いつもの当て付けというわけでは無いが。



 少しくらい冷たく接しても、大丈夫でしょ。



という気持ちは、うすうす理解出来る。

でも、その話が彼にとって、不要な物だと勝手に判断するのは、少し間違っているような気もしていた。


「俺呼んでくるよ。2人は先に行ってて」


 彼も、やっぱり、その場に居るべきだ。



その思いを胸に、俺は1歩、調理場へと足を踏み出した。


「あっ、待って!私も行くよ」


 彼女の声が後ろから聴こえてくる。

追ってくる足音を耳に入れながら、腕を振って彼の元へと、駆け寄って行くのだった。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「いやあ、すまんすまん。俺には関係無いかと思ってたが。呼ばれていたんだな」


 気楽な笑みを浮かべながら、口を開くトミーさん。

俺はリリスと並走しながら、彼を引くようにして大広間の方へと早歩きしていた。

広間の入り口に来ると、そこではエディさんが待っており、もう始まっているよ、と言うように、指差してくれている。


「いや、悪いなエディ」

「いえ、いいですよ。まだ中でしているところですし」

「そうか、まだやってたのか。じゃあ急がねえとな」


 トミーさんの会釈えしゃくに釣られるように、俺も彼に頭を下げると、気にしないでください、と言うように彼もうなずき返してくれた。

そのまま彼の手に導かれながら、俺達4人も部屋の中へと、足を踏み入れていく。

中では、大きな机の上に地図を広がった状態で、オッドマン副部隊長と一緒に、モーリーさんとディアナさん、そして、見た事も無い様々な人達が、それを囲んでいた。

地図には『ホックヤードとりで』と『ホーホック』の文字に森や、山や、川といった周辺の地形が、絵を文字で事細ことこまかにしるされている。

その上には駒が置かれており、そして、この前モーリーさんが書き込んでいた数字などが、ポツポツと色んな場所に、書き込まれていた。


「ああ、みんな来たのか。まあ、一緒に見たらいいよ。ちゃんと知っておいた方が、ずっと良いからな」


 俺達の姿に気づいたディアナさんが、振り返りながら話しかけてくれる。

副部隊長は気にする素振そぶりも無く、明日に向けての段取りを、指差しながら一つずつ説明してくれていた。



 彼の話している侵攻しんこう計画は、こうだ。


 明日にひかえている、ホーホックの敵陣営を、先行班、中班、後方班の3つに分けて攻めていく。

 その際、先行班を構成する6班を2手に分けて、やぐらなどの高所の拠点を最優先で確保していく。

 それが終わったのを合図に、中班が敵陣営に斬り込みを仕掛けて、敵陣営から勢力を一掃いっそうしていく、というものだった。



「いいか、同じてつを踏む訳にはいかない。偵察ていさつをかけて、動きはさぐれた以上、今回の失敗は許されないからな」


 そう言いながら、オッドマンさんは彼らに目を配っている。


「先行班は、攻略した段階で『光線』を飛ばせ。左方、右方。双方から光線が出た事を合図に中班が斬り込みを仕掛けるんだ」

・・・・・・?」


 彼の言葉に引っ掛かり、つい口をすべらせてしまった。


「ああ、魔法の一つだよ。火力魔法でね、飛ばす要領で空に向けて使い、味方に知らせるんだよ」


 俺のつぶやきに、ディアナさんが振り返りながら答えてくれた。


「これだよ。こういうのを使うんだ」


 彼女の言葉に続くように、肩を叩きながらリリスが補足してくれている。

何かを持っている、その手を見てみると、宝石のように輝く、綺麗きれいな石が埋め込まれていた、ネックレスがあった。


「こ、これ?」


 それは、店で並んでいるような、見栄みばえを良くする為の装飾品にしか、見えない。

ふと漏れ出てしまった疑念の言葉に、彼女は笑みを返している。


「ま、こんな見た目だからね。嘘だろって思う気持ちも分かるよ」

「おい、うるさいぞ」


 やり取りをさえぎるように、にらむような視線をギョロリと見せながら、一瞬振り返るモーリーさん。


「す、すいません」

「・・・・・・・・・・・・。」


 彼は何も言わず、また視線を机の方へと戻す。


「こういう道具無しでも、光線を使える人もいるし。せっかくだから、後でこれの使い方、見せてあげるね」


 頭を下げてすぐ、小声ではあるが、リリスがそう話してくれた。

使わず、という言葉に、初めてスタックス支部長に出会った時に見せてもらった、木の葉を燃やすが、映像として浮かんでくる。



 なるほど、魔法って色んな物があって、色んな人が使えるんだな・・・・・・。



胸の中でそう呟いてから、あらためるように、地図の方へと目を向け直す。


「以上だ、聞きたい事はあるか」


 意識を向け直した頃には、もう作戦の説明が済んでいた。



 結局、俺達はどうすればいいんだろう。



そんな事を思いながら目を動かしていると、ふと向こうの方から声が聞こえてくる。


「副隊長。俺は納得出来ねえな」


 甲冑かっちゅうに身を包んだひげの男が、腕を組みつつ険しい表情を浮かべて、声をそう発していた。


「俺もだ。サンフィンチ商会の者が、先行班ってのは違うだろ。足引っ張るだけだと思うぜ」

「ああそうだ。後方で充分だろ、使うにしても」


 髭の男に続くように、横に並んだ2人も口を開いている。

話している雰囲気からして、髭の男と2人は、同じ商会らしい。


「んだと?それどういう意味だよ」


 3人の言葉にトミーさんが食って掛かる。

喧嘩けんかになる───と思いかけた直後、副部隊長が口を開いた。


「まあ、落ち着け。これは私じゃない、将軍の助言でそうなったんだ。ここでその方針に口出しされても、どうしようもないんだ。どうか、ここは穏便に」


 4人をなだめるように、彼は両手を小さく動かしながら、目を配っていく。

彼の言葉にトミーさんも渋々引き下がり、3人もまゆをしかめながらではあるが、それ以上口を開かなかった。

少し周りが落ち着いた後、モーリーさんが口を開く。


「相手の増援がすぐに来ない、という想定だが。もし、敵陣確保の前に来られたら?追加で投入する後方班だけで、何とかなるのか?」


 彼の言葉に、副部隊長が小さくうなりながら、返事をする。


「まあ、そうだな・・・・・・。後方班から伝令役を飛ばすなりして、こっちも砦から増援を向けるしかないな」

「その段取りは出来ているのか?」


 アッとした表情を浮かべて、彼はモーリーさんの顔を見つめ返す。

だが、その直後だった。


「おい、おっさん出しゃばり過ぎだろ。手柄てがら出せていねえからって、ここでやいやい言うんじゃねえ」


 さっきの髭の同僚どうりょうが、また口を開いた。

一瞬で、場に嫌な空気がただよう。


「んだと?それどういう───」

「やめろ。言うな」


 カッとなりかけたトミーさんを、腕を突き出して抑止よくしするモーリーさん。

ギロリと刺すような視線を、双方そうほうに向けながら。


「いや、出来ていない。これからするよ。取りあえず作戦の流れはこういう事で、また明日、朝一あさいちで打ち合わせしよう。一旦いったん、ここは解散で」


 引きつった笑顔を浮かべながら、周りに目を配りながら、そう話す副部隊長。

解散、という言葉に、これ以上の発言を封じられた彼らは、それを合図にぞろぞろと、大広間を後にしていった。

何人かが、害虫を見るような視線を、こちらを向けていきながら。


「リ、リッちゃん。いつも、あんな感じなの?」


 こちらに向けられていた視線が、あまりにも嫌なものだったので、思わず彼女に尋ねてしまう。


「ま、まあ・・・・・・。私が入ってから、大きな作戦に関わっていなかった、って聞いたし、多分・・・・・・」



 出しゃばり過ぎ、後方程度の役目で充分だ。



向けられた彼らの言葉と彼女の様子に、あらためて支部長の言っていた、、という言葉が、頭によぎる。



 向こうがライバルギルド、とは言え・・・・・・。

 ああいった声が、俺達に向けられた、という事なのかな・・・・・・。



モーリーさんも、あの時に間違った事は言っていない、と思うだけに、不条理も同然な彼らの反応に、肩身のせまくなるような、卑屈ひくつな感情が湧いてくる。


「おーい。もう終わりだ、出るぞ。何してるんだ」

「ほら。アール君も、落ち込まないで。行こうよ」


 ふと聞こえたディアナさんの声と、リリスの呼びかけに、ハッと我に返る。



 そうだ、ここで落ち込んでも仕方ない。

 向けられた否定的な意見や、侮蔑ぶべつ的な視線は、どうしようも無いんだ。

 俺は、出来る事をやって、こたえてくれる人の為にやれば、いいじゃないか。



「ご、ごめん。すぐ行くよ」


 彼女にそううなずき返してから、扉の近くで俺を待っているその近くへと、足を進めていく。



 来たるべき日に備えるように。

 真っ直ぐ、真っ直ぐに、前を見据みすえるようにして。





 -続-

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