第13-3回「自分達の戦い方」


 昼下がり、食事を早く済ませた俺達は、ホーホックの森に向かって、薄暗がりな空の下を歩いていた。

昨日に話し合った手はずの通りに、自分を含めて、6人横並びの隊列を組んでの、各班が集まっての、進軍。

自分達の班列の先頭には、モーリーさんが居る。

その後ろにトミーさん、俺と続き、後ろにはリリスやエディさん、ディアナさん。

そして、それをはさんで、囲むようにして、ダンフォード商会に所属する兵や、アウターバンから派遣された兵達で、森攻めに動く先行班・中班・後方班が構成されていた。

聞こえてくる足音はバラバラだが、向かっている先は、皆同じ。



 とはいえ、敵地にこれから攻めていくというのに・・・・・・。

 こんなに目立つような、進み方をしていても、大丈夫なのか・・・・・・?



そんな不安が、森へ近づいていくたびに、どんどん強くなっていく。


「安心してくれ。班ごとの分散は、森に入ってからになる」


 と、出発する前に指揮官のオッドマンさんは言っていたし。


「アール。全体進軍は目立つ。目立つ分、注意を引く効果が期待出来て、場合によっては威圧いあつの効果を与える事も出来る。副部隊長も。考えあっての発言が出来る人だ。信頼したらいいよ」


 と、モーリーさんも、補足するように言っていたので、もっと安心するべきなのだが・・・・・・。



防具のこすれる音と、バラバラな足音が聞こえてくる度に、どくどくと、胸の高鳴りが早くなっていく。

今にも、息が止まりそうだ。



 どうにかなるだろう、なんて、甘い考えを持っていた、さっきまでの自分をしかりたい。

 静かにしろ、と言い聞かせるように、胸を押さえてみるが───。



それはちっとも言う事を聞いてくれず、ますます鼓動こどうが大きくなる。

とうとう、一番前の1列が、森の中へ足を踏み入れてしまった。

まだ明るい空は見えているが、どんどん向こうの方からは、鬱蒼うっそうとした深部が近づいてきている。


「よーし、止まれ!」


 後ろから聞こえた指揮官の声で、ピタリと足音が止まる。

耳に入ってくるのは、どくどくとした鼓動と、木々を吹き抜けていく冷涼れいりょうな風だけ。

止まった瞬間、前に居るモーリーさんが、ななめ後方に目を向けている。



 手を上げる指揮官。

 彼の手を見つめている、周りの皆。

 上がっていたその手が、グッと力強く、森の風をにぎる。



それを合図に、モーリーさんは何も言わずに、前を見え直して、足音を殺すように、深部へと歩き始めた。

彼が動いたと同時に、周囲に居た他の先行班も、ぞろぞろと森の中へと進んでいく。

後ろに居る彼女達も、ためらう事なく、ぞろぞろと。



 とうとうこれから、始まるのか・・・・・・。



浮かんできた、先の見えない不安と共に、にじみ出てきたつばを飲む。

俺も、前を行く彼らの背中を見据えながら、足を進めていく事にした。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 先行班進軍の合図を受けてから、かなり奥深くまで歩いてきた。

敵から、少しでも見つかりにくくする為に、周りを警戒けいかいしながら、しげみや木に寄り添うようにして、足を進めていく。

前の方には、2人の他に、ななめ向こうの方で同じく先行班である、ダンフォード商会ライバルギルドの兵達が見えていた。

ちらりと後ろを見てみるが、待機している味方部隊の気配は、少しも感じ取れない。

3人が周囲を警戒しながら、続いて来ているだけだ。



 相変わらず、ホーホックの森は、夜のように薄暗い。



時おり吹いてくる、ほほでるような清涼せいりょうな風が、胸の鼓動こどうを早くさせていく。

息がまりそうな、瞬間が連続していく中で───突然。



 ちょっと待て。



と言うように、前を行くモーリーさんが手を突き出したのだ。

ハッとするように、俺も含めて班の皆が、歩みを制止させる。

見つからないように、その場で丸くなって次の動きを、ジッと待っていると、彼は目配せをしてすぐ、斜め向こうを進んでいるダンフォード商会の班に向かって、ずんずんとけ寄っていった。


「どうしたんですか?」


 思わず、前で身をかがめているトミーさんに、話しかけてみる。


「いやな。ちょっと向こうがずけずけ進み過ぎだからさ。もうちょい足並みを、そろえた方が良いだろ、って」



 なるほど、そう言う事か。



彼の返事に、自然とうなずきが出てきた。


「そうだよね。ちょっと向こうさん、急ぎ過ぎだよね」


 後ろに居るリリスも、うん、うんと頷き、彼の言葉に同意している。

彼に待て、と言われてから、そのまま様子をながめていたのだが、少しずつその光景は、おかしな方向へとうつろい始めていた。

静穏せいおんに流れる、森の空気とは裏腹に、遠目がちではあるが───。

なんだかモーリーさんが、イライラとしてきているように、見えていたのだ。


「あれマズいんじゃね?」


 トミーさんが顔をしかめた。

彼がそう言って間もなく、向こうから漂ってきている空気が、一変する。

向こうの班長の声も、モーリーさんの声も、どんどん大きくなっていき、怒りと不満をまとわせた、良くないものへと変わり始めていた。



 このままじゃ、確実に喧嘩けんかになる。



と、誰がその光景を見ても、分かるほどに。



 このままでは、絶対に良くない。



「すいません、俺行きます」


 誰に頼まれる事も無く、気がついた時にはそう言って、彼の元へと駆け寄っていた。


手柄てがらを上げたい気持ちも分かるが、これは連携れんけい重視じゅうしで行け、と言われていたろ!自分らの役目も分からないのか!」

「んだと、ヘボギルドの分際ぶんざいで!臨機りんき応変おうへんに動け、が戦場での決まりだろうが!指揮権も無い分際で、いちいち───」

「なんだと!!この若造わかぞう!!」


 こぶしを振り上げる彼を、これ以上はダメだ、と言うように、慌てて羽交はがめにする。


「!?あ、アール離せ!離さんか!」

「だ、ダメですよ!戻りましょうよ、ね?」


 これ以上、この場に居てはいけない。



そうさとすように少しずつ、向こうの班長の元から、彼を離していく。


「へっ、えらそうにしやがって。自分の立場をわきまえろよな」

「このガキッ!!もっぺん言ってみろ!!」

「き、気にしたらダメですって!モーリーさん!」


 身をよじって振り払おうとする彼を、懸命けんめいに抑えて自分達の列にまで引き戻していく。

過ぎていく班員達は、冷淡に笑って、首を小さく振りながら、深部へと進んで行ってしまった。

皆が待っている場所に帰って来た時には、彼の怒りはもう、収まっていた。

だが、ほんの少しだけだが、肩で大きく息をしている。

まだ、その中では小さく、怒りの種火が燃え続けていた


「仕方ないさ、所詮しょせん他人よそもの他所よそギルドだ。どうしようも無いよ」


 ディアナさんがなぐさめるように、彼に声をかけてくれる。


「そうだぜ班長。あんたは間違ってないって。一番手柄が向こうに取られてもさ、俺は気になんかしねえよ」


 彼女の言葉に補足をするように、笑みを浮かべながらトミーさんが口を滑らせる。

が、その言葉の何かに引っ掛かったのか、カチンとした表情を浮かべて、ギョロリと彼をにらみつけた。


「おいトミー。お前、俺が手柄取られるのが嫌で、止めに行ったとでも?」

「えっ」



 このままでは、また良くない事に───。



そんな予感が頭の中によぎったので、慌てて2人の話に割って入り、会話を止める。


「ま、まあまあ。落ち着いてください。モーリーさん、俺達はどう動きましょうか。向こうとの連携が、出来なくなってしまいましたし・・・・・・」


 昨日と、今日の話では、3班連携でやぐらを確保していき、後続に知らせる、という流れだった。



 が、向こうの班が、先に先にと行ってしまった以上、今はそれが出来ない。

 それならば、自分達だけでも、役目を果たすにはどうすれば良いのかを、あらためて決めておかないといけない。



そう思った俺は、彼に話を振ってみた。

振られた話で、少し頭が落ち着いたのか、視線を下に落として、次の案を考え始めてくれた。


「そうだな・・・・・・。さいわい、今回は6人だ、3対3で分けて、半分が確保、半分が地上の援護えんごで、どうにかなるだろう。他の攻めの援護には、回れないだろうが・・・・・・」

「そうだな、今はそうするしか、無理だよな」


 腕を組みながら、ディアナさんも静かに頷いてくれている。


「じゃあ、どう分けましょうか。そうなった時の、攻め手と援護は・・・・・・」


 彼女の後に、エディさんが言葉を続けていく。

その瞬間、皆の表情が一気にけわしくなった。


「うん・・・・・・。俺が班長だ、櫓の突破は俺がなんとかする。あと2人、誰が俺の側についてくれるか・・・・・・」


 まゆをしかめたまま、再び顔を上げて、モーリーさんがつぶやく。

その言葉で、他の4人は皆、視線を下に落としてしまった。



 援護は、すぐにでも決まりそうな役目だ。

 櫓の確保を妨害する敵や、何かあった時に下から加勢出来るように、動けばいいだけだから。

 正直、危険性も低い役目だろう。



 ・・・・・・だが、櫓の確保、攻め手となれば、訳が違う。

 上からの猛攻もうこうも予想されるし、登りながらも、妨害ぼうがいしてくる敵の排除はいじょをしなくてはならない。

 役目を果たすには、絶対に身を張らなければならない。

 常に、死ととなり合わせになりながら。



 しかも───彼が真っ先に、攻め手をすると言ってしまった。

 皆と上手くいっていないモーリーさんが、攻め手をする、と。

 先ほどのやり取りで、ピリピリしている彼の側について、行動していく。

 どんな言葉や、態度が飛んでくるかも分からない中で。

 命の危機にさらされる、自分の身を守りながら。



腕を組んだり、目を下に向けている皆の姿が、痛いほどに突き刺さってくる。



 皆、死ぬような思いは、正直したくない。

 いつも以上に怖くなっている彼の近くで動くのも、少し気が引けるのだろう。



 なら・・・・・・それならば。



 やってやる、ここで自分が頑張らないと。

 この前のとりでの件で、もしかしたら打ち解けられるのかも、という気持ちが湧いていたじゃないか。

 自分なら、こんな状況の彼とでも、上手くやっていけるのかもしれない。


 自分だって、怖い思いはしたくないが・・・・・・。

 少しでもやれる、出来る事があるのなら、力を貸してあげないと。


 ここで、自分が動かないと。



「モーリーさん。俺も行きます」


 真っ直ぐに、その思いをひとみに込めて、彼に返事をする。



 その後だった。



意外な人が、3人目を買って出てくれたのだ。



「待って!私もやる!」



 リリスだ。

 彼女も頷きながら、そう返事をしてくれたのだ。



モーリーさんは、正気か?、と言うような表情を浮かべて、目を丸くしている。

が、その返事の後すぐに、ディアナさんが言葉を続けてくれた。


「いや、今はアールとリリスが続いた方がいいのかもしれない。トミーさんやエディ君がつくより、その方が動きやすいと思うし───」


 彼女の言葉に、思わず頷き返す。

話はまだ続いていた。


「それに、あたしがトミーさんと続いて行ったら、まだ経験の浅い3人で、下をなんとかしなければいけない。となれば、これが最善策なのかもしれないな」


 モーリーさんも、彼女の言葉に、黙って頷いていた。



 そうだ。



と言うように。

彼の頷きを見ているうちに、頭の中に言葉が浮かび上がってくる。



 モーリーさんに続いて、上手く撃退げきたいしながら、確保出来たらそれがいいのだが・・・・・・。

 櫓へのり込み役が、そんな簡単に終わるはずが無い。


 不意を突かれてち落とされたり───。

 それこそ、予期していない何かで、引き上げるか、継続するかの判断を、くだす場面もあるだろう。


 もし、そうなった時に、手練てだれの3人が欠けていたら・・・・・・。

 最悪、誰も助からずに、全滅ぜんめつする事だって考えられる。



エディさんも、それがいいのかも、と言うような表情を浮かべて、こくりと頷いている。

が、トミーさんだけは相変わらず、渋い表情を浮かべていた。


「でもなあ・・・・・・アールとリッちゃんが行くのがなあ・・・・・・。ちょっと危なくねえか?」


 彼の言葉に、何も言い返せない。



 それもそうだ・・・・・・自分もリリスも、まだ入って半年も経っていないのだから。

 自分にいたっては、ひと月すら経っていない。

 危ないと言われるのも、当然だ。



「じゃあ、トミーと・・・・・・後はどうするんだ?」


 横槍よこやりを入れた彼をたしなめるように、ギロリと視線を向けながら、モーリーさんが口を開いた。


「えっ?い、いや・・・・・・やっぱ俺はいいよ。遠慮えんりょします、遠慮しますから」


 その目つきで、すっかり気が引けてしまったのだろう。

言葉を引っ込めるようにうつむきながら、小さく後退あとずさりしていた。


「大丈夫です!アール君がやる、って言ってくれたのに、私が下でジッとする訳にはいかないです!私も、負けていられないですから!」


 辺りを巡る不安を払拭ふっしょくするように、リリスが快活に言葉を向けてくれた。



 負けていられない、という言葉と、いつもの明るい笑顔。



不思議な感じではあるが、その2つが。



 彼女もそう言っているんだ。

 俺も、頑張らないとな。



と言い聞かせるように、力強く、後押ししてくれているような、そんな気分にさせてくれた。


「そうか。じゃあ2人とも、行くとなったら、任せたからな。3人も、援護は任せたぞ」


 そう言いながら、強い視線を向けて、最後の念押しをするモーリーさん。



 俺の決意も、彼女の思いも。

 皆の気持ちに、らぎは無かった。



こく、こくと頷く、その様子を見て、彼も頷き返してくれている。


「よし、なら行くぞ。無理だけはするなよ」


 そう言ってすぐ、また背を向けた彼は、深部へと足を踏み入れていった。



 辺りから聞こえる音は、まだひんやりとしていて、何の前兆も無い。

 先行していったあの班の声も、聞こえてこない。



ごくり、と生つばを飲んでから、再び先行していった彼らの後を追うように、ゆっくりと俺も、足を進めていく。



 きたるべき、その瞬間にそなえながら。






 -続-

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