第3-2回「対話の時」

<まえがき>

・少々長いです。

 文字数は約5,600字、読了に20分ほどかかります。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 明るい日差しがさんと差し込む部屋の中で、俺は町を統治するジュロマン侯爵こうしゃくに呼ばれて、席に着いていた。

ほんのりと湯気の立つ、真っ赤な紅茶をゆっくりと味わいながら、自分が目覚めた瞬間から、これまで見てきた物事すべてを、事細ことこまかに説明していく。



 見た事も無い荒れ地で、見た事も無い累々るいるいしかばねの中で目を覚まし───。

 土色の化け物ゴブリン共に追いかけられた事。


 無我夢中で川に飛び込んで、助かりたい気持ちだけで───。

 暗い中1人泳ぎ続けた事。


 冷たい水の中に沈んでいく感覚が───。

 どこかで体験した事のある、不思議な感じだった事。


 そして、漁師グラントの家で目覚め、スタックス支部長に手を貸してもらいながら、この町へやって来た事。



そのすべてを、侯爵に話していく。

飲んでいた紅茶は、話しながら飲んでいるうちに、小指の先ほどの赤い水まりとなっていた。


「そうか。いやもういいよ、ありがとう」


 セシリーさんと買い物に行った日の事を言おうとした瞬間、ふっと侯爵は手を突き出し、横に振った。

彼の身振りに、俺も長く話を聞いてくれた事に頭を下げて、息を整えるように残りを口にしようとする。


「あっ・・・・・・」

「うん?ははは、おーい、お代わりを頼む」


 もう無くなっている事に気づかず、不意に声を出してしまった。

侯爵は笑みを浮かべながら、通路の向こうに声をかけている。


「どうだね支部長さん。彼の話で、特に気になったところは無いかね」


 明るい表情のまま、侯爵はスタックスさんに言葉を続けていく。


「そ、そうですね・・・・・・。初めて聞いた時と、違うところは無いかな、くらいしか」

「なるほど、そうか。おかしなところは無い、か・・・・・・」


 首をかしげながら、ずずりと紅茶を飲む支部長。

その様子を見ながら、侯爵は軽く頷いている。

彼の付き人さんが容器を片手にやって来ると俺、スタックスさんの順に紅茶をれてくれ、最後に侯爵の分を継ぎ足そうとしていた。


「ああ、私の分はいいよ。ありがとう」


 彼はぺこりと頭を下げ、また向こうへと引き上げる。

俺もその動きに釣られるように、一礼を返した。


「そうだね。アール君は多分、ピンとこないかもしれないが───」


 そう言いながら、侯爵は紅茶をグイと飲み干し、ひと呼吸置いてから、こう切り出してきた。


「支部長、君は『蘇生そせい』を聞いた事があるかね」

、ですか・・・・・・」


 険しい顔を浮かべながら、支部長は小さくつぶやいている。


「聞いた事はあります。限られた者にしか出来ない、死んだ人をその場で『よみがえらせる』、ですよね」


 そうだ、と答えるように侯爵はうなずく。


「しかし、それがアール君と関係があるとは、とても考えられません。第一、彼の話が正しいのなら、戦場で勝手に蘇った事になるんですよ。蘇生には特別なと、場所が必要なはずです。それが・・・・・・」

「ま、まあ。スタックスよ、落ち着いてくれ。落ち着いて、私の話を聞いてくれないか」


 間を空ける事無く、やや興奮気味に言葉を続ける支部長。

そんな彼をなだめるように、優しく手で制しながら侯爵が話し始めた。


「私は、蘇生の術式は使えない。それでも、それを承知の上で、もしかしたら、彼は蘇生した者なのでは・・・・・・と思ったんだよ」


 落ち着きを取り戻したスタックスさんは、眉をひそめながらも、神妙な面持ちでひげを動かす彼を見つめている。

何も言う事が無い俺は、ただ黙って耳をかたむける事しか、出来無かった。


「落馬、昏睡こんすい状態からの回復。毒や大怪我おおけがから回復してから、記憶喪失きおくそうしつになったり、覚えていた事が歯抜けになる、という事例は、もちろんある。だが、今回の彼の話・・・・・・。やはりどうも、蘇生・・・・・・それも、失敗した時の事例のように、思えてならないんだ」

「・・・・・・失敗した時の、事例、ですか」

「ああ、そうだ。向こうは認めていないが、前例が2つほどある。訳の分からない、周りが理解出来ない言葉を口走ったり───」



 前例が、ある?

 にもこんな状態に───いや。


 で目覚める前の感覚が───。

 残っている前例が、あるという事なのか!?



「す、すいません侯爵!少しいいですか?」


 居ても立っても居られず、思わず口をはさんでしまった。

驚いた様子で彼は、俺の目を見ている。

失礼なのは理解しているが───。



 この気持ちをじかに、新鮮な、今の状態で、自分の口から言わないといけない。



そんな気がしたのだ。


「あ、ああ・・・・・・。いいとも」

「俺、自分の違和感が少し分かりました。この、記憶は覚えていないけれど、今の自分じゃないものが、こう、ような気がするんです」

「・・・・・・と、言うと?」


 興味深そうに、支部長も尋ねてくる。

俺は2人に、ちゃんと言わなきゃいけないと思い、さらに話を続けてみた。



 真っ暗な川で、沈んでいる時の感覚。

 グラントさんとスタックス支部長が話している光景を見ているうちに、どんどん2人が遠ざかっていくような感覚。


 会話に割り込んだ時に、ジッと見られる事への緊張感。

 初めて泊めてもらった時に、あのベッドの上で感じた安らぎ。


 ふとした時に、バッと脳裏に見覚えのある光景が広がっていくような、あの不思議な感覚。

 この感覚が、すべて『別の自分』の奥深くから、差し上がってくるような───。

 で感じたような気がした、と。



俺は伝わるように、辿々たどたどしく、つぎはぎの言葉で2人に話していく。


「そうか・・・・・・。うん、うん・・・・・・」


 つぶきながら、何度も頷く侯爵。

まるで自分の中にある仮の答えが、より確信の持てる物だと、納得しているような───そんな様子だった。


「ありがとう、アール君。やはり、そうなのかもしれんな」

「やはり、と言いますと・・・・・・」


 俺に礼を述べながら、口を開くジュロマン公。

支部長は不安な表情を浮かべたまま、彼に尋ねている。


「アール君、君はやはり、蘇生の術式と何か関係があるのかもしれんな。前に友人から教えてもらった前例と、よく似ているよ」

「えっ?」


 思わず俺は尋ね返してしまう。

彼は軽く頷いてから、その前例について話してくれた。


「私の友人は、蘇生術式の使い手を継いだ者でね、王都に戻った時に、再会ついでに少し教えてもらったんだよ」

「・・・・・・その内容、とは」

「いや、一瞬話しかけたけれどね、蘇生した者の中には、誰の物かも分からない記憶や、名前、出来事にくるってね。蘇生する前とまるで別人になったり、雰囲気が大きく変わってしまう者がいる、と。そう教えてもらったんだよ」



 別人に、なる────。



彼の口から出た言葉がどういう事なのか、さっぱり見当もつかない。


「どういう事ですか?だって・・・・・・生き返ったんでしょう、その人は。人じゃないんですか」


 相槌あいづちを打っていたスタックスさんも、ぶつけるように問い返している。


「そうだよ。だが、生き返ったところを目撃した人や、家族が別人だと、そう言っているらしいんだよ。私も、蘇生に立ち会った事がまだ無いから正直、にわかには信じられないが・・・・・・」


 そう言葉を濁しながらも、スッと俺の方を見て、彼はさらに言葉を続けた。


「戦場で目覚めた事、それ以前の記憶も、何もかも覚えていない事。にも関わらず、昔体験した事のある感覚は、ちゃんと残っているという事。それらと、蘇ってから別人のように変わってしまった人がいるという前例を加味して・・・・・・。君も、そうなのかもしれない、という仮説が出たのさ」



 複雑な話だ、頭の中がぐちゃぐちゃになってくる。


 つまり本当は、今の俺は、俺じゃ無いのかもしれない、という事なのか?

 俺の、は、別人なのかもしれない、という事なのか・・・・・・?



そう考えながら、ジッと自分の手を見てみる。

目の前に、動かずにあるはずの手は、だんだんと小さく、遠のいていくような気がしてきた。



 そんな────そんな!

 俺、どうしたらいいんだ?


 これがのなら、いったい・・・・・・。

 『俺』は、いったい・・・・・・。



見えているつくえも、空の器も、手と一緒に遠ざかっていく。

やがて見えている物がふるふると揺れて見え、何だか目が熱くなってきた。


「侯爵。それで、これから貴方あなたは、どうされたいのでしょうか」


 ハッと、スタックス支部長の声が聞こえてきた。

声のする方へ、思わず目を向けてみる。

彼の表情からは、不安の色はすっかり消えており───。

真っ直ぐ、先を見据みすえているような、そんな目つきに変わっていた。


「ええと・・・・・・。どうされたい、と言うと?」

「どこかに連れて行く、そのようなご予定が、これからあったりするのでしょうか」


 少し困惑気味に答える侯爵に対して、さらに具体的な言葉を続ける支部長。

その言葉に、なるほどと笑顔を浮かべながら、侯爵は返事をした。


「いや、連れて行くだとか、そういうのはずっと先だよ。さっきも話した、蘇生術式を使う友人に、この事を話すくらいだね。彼のように、別の人格が備わっているかもしれない者が、こんなにハキハキと、真っぐにいつわり無く言ってくれる事なんか、もうこれから、無いのかもしれないし」

「・・・・・・では、今日はただ、話を聞きたかっただけ、という事で終わりでしょうか」


 そう尋ねる彼に、侯爵は返事をする。


「そうだね、それだけ・・・・・・かな。こんな機会、そうそう起こる事でも無いし、私個人としても、興味があったからね。いや、今日は時間を取らせてすまなかった。本当に、今日は良い機会になったよ」


 そう言いながら、はははと笑いながら手を差し伸べる侯爵。

握手あくしゅを求めているのかな、と思い俺も手を差し伸べ返す。


「えっと・・・・・・。つまり、今日はこれで終わり、でしょうか」


 そう話しかけながら、2回3回と手を小さく振って、元に戻す。


「そうだね、今はこれぐらいかな。あ、紅茶、もう少し飲んでいくかね」


 そう言いながら、今度はスタックスさんと握手をする侯爵。


「いえ、私はもう充分です。ごちそうさまでした」


 笑顔を返しながら、支部長はそう答えている。

この様子だと本当にここでの用事は、もう終わりのようだ。


「俺も、大丈夫です。お茶、ありがとうございました」

「いや、いいよいいよ。私も貴重な話が聞けて嬉しかったよ。スティッケルから流されて来たのが本当なら、最低でも2か月以上は流されている事になるからね。その当事者と、こうして話が出来たんだ。むしろ私の方こそ、ありがとうと言いたいくらいだよ」


 笑顔でジュロマン公は、そう話している。



 先も見えなくなるような暗い不安と、突然差してきた光のような、期待。



ひと息ついたのか、目の前で話し合うスタックスさんと侯爵。

その様子を眺めながら、2つの相反した思いを胸に、ふと目を窓の方へと向けてみる。

外から差す光は、来た時と変わらず、穏やかなままであった。

色々な事を考えていたが、それも過ぎた事だと言うように、あっさりと侯爵との対談は終わってしまう。

じゃあ見送るよ、と話す侯爵は、部屋から出るようにうながしてから、さらにそのまま俺とスタックスさんを、また入ってきた正面の扉まで案内してくれた。

俺はある事が気になり、侯爵にふと声をかけてみる。


「すいません、聞いてもいいですか?」

「どうしたかね?まだ何か」

「その、蘇生術式、の使える侯爵の友人さんが、もし俺に興味を持ったら、どうなるのでしょうか?」


 そうだね・・・・・・と言いながら、彼は少し目線を上げて考える。

3人の足音だけが、広い通路に響いていた。


「もしかしたら、来て欲しいと言うかもしれないね。とは言っても・・・・・・」


 そう言いながら、彼は足を止める。

俺も、支部長の足音も、答えを待つように止まった。


「君の記憶がもしかしたら、どこかでポンと、戻るかもしれないからね。戦場で目覚める前の、それこそ名前や家族、故郷についての記憶が」


 その言葉を聞いて、アッとなる支部長。


「そ、その可能性もありましたね。蘇ったとか、人格が変わったとか聞いてすっかり忘れていましたが、本来はそうですもんね・・・・・・記憶喪失、というものは」


 その言葉に、ふふふと微笑を浮かべる侯爵。


「まあ、その時はその時だ。それだけ遠い距離を流されて、助かった人の前例も無いからね。また詳しく、後ほど話を聞かせてもらうよ」


 そう言って、またカツカツと足音を立てて彼は歩き始めた。



 そうか、あの死体だらけの場所で、目覚める前の事───。

 つまり、あの戦場へ来る前の事を、思い出す可能性だってあるんだ。


 もしそうだとしたら───。

 それはそれで、俺はどうなるんだろう・・・・・・。


 何がきっかけで、どう転ぶか今は分からないが───。

 俺の失われた記憶には、さまざまなが、含まれている。



そんな事を、また一つ、今日という日をきっかけに、理解する事が出来た。


「それじゃあね。アール君、スタックス支部長、今日は貴重な時間だったよ。また力を借りる事があったら、よろしく頼むからね」


 扉の前に着くと、俺達の方を見ながら、彼はそう話しかけてくれた。


「いえいえ、ありがとうございました侯爵」

「俺も、今日はお世話になりました。紅茶、美味しかったです」


 礼を述べる支部長に続いて、俺も感謝の言葉を述べる。

今日はありがとう、と侯爵は呟いてから、ギイイッと戸を開けて見送ってくださった。

外からさんと差し込む、眩しい光。



 俺の記憶がいつ戻るのか、戻ったらどうなるのか────。



それはまだ、見当けんとうもついていない。



 でも、ついていないから記憶が戻る事に恐れて、逃げる・・・・・・。

 それでは何も進まない、しては何も変わらない、と。



差し込む光の方へ、ふと顔を上げると、そんな気持ちがしてきたのだ。


「それじゃあ、気をつけてな」

「今日はありがとうございました」

「侯爵、ありがとうございました!」


 見送る彼に対して、返事をする支部長に俺も言葉を続ける。



 さあ、帰ろう。



そう彼に、笑顔で促されると、帰路へと続く丘の道を、その背中に続くように、ずんずんと下っていくのだった。




 -続-

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