第3-3回「次への一歩」


 町の統治者とうちしゃ侯爵こうしゃくのジュロマンさんとの対談が終わったその帰り道、俺はスタックス支部長に付き添って、開けた通りを歩いている。

ついさっきまで居た、あの立派な建物は、もうすっかり小さくなっていた。

門を抜けて、また来た道を戻って、これから支部へと帰還きかんする───。

と、思いかけた瞬間、支部長はふと足を止めて、こちらを見ながら話しかけてきた。


「なあ、アール君。一つ、考えてもらいたい事があるんだが。いいかな」


 いつもの穏やかな雰囲気ふんいきと違う、やけに神妙な面持ちに胸がヒヤリとする。


「え、ええ。なんでしょうか」

「単刀直入に言うよ。うちで働いてみないか」


 その言葉に、一瞬頭が真っ白になる。



 うちで働くという事は────。

 彼の傭兵業ようへいぎょう、つまり戦場で働くという───。



真っ白だった頭の中に、またあの時見た光景が広がっていく。

オレンジ色の空に照らされた、捨てられ、積み上げられた死体。

聞いた事も無い言葉を叫んで、追いかけてくる化け物ゴブリン達。



 またあそこに、俺は行くのか・・・・・・?



「アール君?」

「えっ?え、あ、ああ・・・・・・」


 あの恐ろしい光景に、つい我を忘れていたようだ。

すいません、とつぶやきながら小さく頭を下げる。


「いや、いいんだ。嫌な事を思い出させてすまない。私だって、にらみ合いの激しい場所に、君を送り出すつもりは無いよ。でも、そう思われても仕方がないか・・・・・・」


 そう呟きながら彼は口元をゆがめて、少しうつむく。



 あんな思いは、もうしたくない。

 でも、ここまで自分はスタックスさんのお世話になりっぱなしだ───。

 そんな彼が、頼みたいと言ってくれているんだ、力にはなってあげたい。



「あ、あの・・・・・・」



 思い切れ。

 ここで今、踏み出さないと。



「スタックスさん・・・・・・いえ、支部長。教えてください、どんな仕事があるんですか?それだけでも、教えてもらえないでしょうか?」


 彼の目線が、ふと上がる。

そして、その表情がみるみるうちに、暗いものからいつもの穏やかな面持ちへと、変わっていった。


「ああ、いいとも。少しずつ、説明をはさみながらでもいいなら」


 彼の言葉に、俺もうなずき返す。

それからは、少しずつ歩いていきながら、仕事について、戦場と呼ばれている所で何が起きているのかを、色々と説明してくれた。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 彼の話によると、4年ほど前───。

ここからさらに北、そびえる山々のはるか向こうを越えて、怪物の群れが町や村を襲い始めたという。

昔からその地域では、物資を狙い怪物が略奪に来る事がまれにあったそうだが───。

その時ばかりはただの略奪、ちょっとした群れで、事は収まらなかった。


 明らかに侵略と蹂躙じゅうりんを目的とした、軍も同然の大群。


それが何重にも、何重にもなって、押し寄せる波のように、人々に襲い掛かっていき、破壊の限りを尽くしたという。

略奪に備えて常駐じょうちゅうしていた、見張りの兵だけではすべも無く、国がようやく、存亡の危機にかかると腰を上げた時には、ここからアツカメの川を挟んでさらに向こう、ダムドの町近くにまで、押し寄せていたらしい。


「・・・・・・酷いですね。なんで、突然そんな事に・・・・・・」

「分からないね・・・・・・。私もあの時は、一隊長として戦っていたが・・・・・・いかんせん情報という情報が錯綜さくそうしていてね。助けを求める難民やら、目まぐるしく変わる戦場の事だったりで、忙殺ぼうさつされていて・・・・・・。本当、今日まで生きているのが。不思議なくらいだよ」


 乾いた笑いを浮かべる支部長。

だが、その目は明らかに笑ってはいない。



 あんな光景、二度と見たくない。



そんな思いが込もっているような、暗くて、くすんだ目だった。


「でも、今は違う。そうですなんですよね」

「ああ、そうだよ。その事と、私が支部長を務めている、この傭兵業ようへいぎょうについても併せて説明するよ」


 そう言いながら、また彼は歩みを進め始めていく。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 敵の侵攻を食い止め、押し戻し、迎撃と反撃体制を整えていくうちに───。

少しずつ戦場を通じて任せられている、それぞれの持ち場が分業化され始めていった。



 前線で戦う役割から、武器・食糧しょくりょうなどの運搬うんぱん

 傷病者しょうびょうしゃの手当て、いざという時の予備戦力、など。



そういった役割で分業化されていく流れの中で、どんな役割を任せられてもこなせる、いわば戦場における、何でも屋のような役割を求められた職。

それが、『サンフィンチ商会』の支部長・スタックスさんの言っている『傭兵業ようへいぎょう』だと言うものらしい。


「戦場の、何でも屋・・・・・・」

「うん。まあ分かりやすく言えば、だよ。でも、今やっている事はそんなに難しいものじゃ無いし。あまり複雑に、考えなくてもいいよ」


 穏やかな表情で、彼はそう話している。

だが、ここまで聞いた話を噛み砕いて考えると、とても複雑では無い、とは言い難い仕事だ。



 見張り、突破の為の先鋒役、傷病者の手当────。

 文字もまだそこまで読めない、ちゃんとした文章も書けない自分が、そんな事、出来るのか・・・・・・?



考えているうちに、だんだんと足取りも重くなってきた。

いやおうでも浮かんでくる疑念と不安に、胸が押し潰されそうになる。


「アール君、大丈夫!私からこう言い出しているんだから、私が付きっきりで責任持つ───」


 と、言い終わる間も無く、彼の表情が険しくなる。


「支部長?」

「あ、いや・・・・・・ずっと付きっきりとはいかないなあ・・・・・・。あ、でもその時は信頼出来る、ディアさんと一緒に居てもらうから!」

「う、うーーーん・・・・・・」


 俺はとても、答えに困った。

初めて見たあの光景、あの死体に満ちていたあの場所は、間違いなく彼の言っている、戦場の一風景に違いない。

そこに行く、という事はとても怖い。

彼を信じられない、と言うつもりは無いのだが、どうしてもつい不安に感じてしまう。



 だが・・・・・・ここまで彼の───。

 彼だけじゃない、セシリーさんや色んな方達のお世話になっている。


 何をするにしても頼りっぱなしで、誰の力にもなれない俺に、ふと力になれる機会が舞い込んで来ているんだ。


 ここで動かなきゃ、もう機会が、俺に回ってこないかもしれない。

 


つばを飲み、意を決する。



 やってみよう!

 支えてくれる人が居る今、ここでやらなきゃ始まらない。

 ダメだった、良かったの答えすら、まだ分かっていないじゃないか。



「俺、やらせてもらいます」


 気がついた時には、自分でもびっくりするくらいにすんなりと、言葉を発していた。

ギュッと寄っていた彼のまゆが、ふっと緩む。


「あ、いえ。その、いざやってみたら、ダメになるかもしれないですけれど・・・・・・。ぜひ、やらせてください」


 彼の表情を見ていると、何故か言いだした自分の方が、恥ずかしくなってしまう。

だが、そんな恥ずかしさなど気にしていないと言うように、彼は笑みを浮かべてこたえてくれた。


「大丈夫!私も、商会ギルドの皆で、君を支えるから!足手纏あしでまといだなんて思わずに、私達にぜひ力を貸してくれ、アール君!」


 うなずきながら、彼は俺の手を優しく、温かくにぎり掛けてくる。

彼の手を通じて、その言葉に込められた気持ちが、ほんのりと伝わってきたような気がした。



 俺、この人の力になれるかもしれない。



そう思うと、口角も自然と上がってくる。


「は、はい!よろしくお願いします、支部長」

「ははは、堅苦しく支部長だなんて言わなくていいよ。いつも通りでいいから」


 彼の笑いに釣られて、俺も笑みがこぼれてくる。



 これからどうなるかは、分からない。

 もしかしたら、ダメな結果に転がるかもしれない。



でも、彼の笑顔と今抱いている、力になりたいという気持ちが───。



 なんだか、上手くいくかも。



そんな希望を、告げてくれているような気がした。


「よし、これでなんとか一安心だ。就労しゅうろう戸籍こせきの仮申請が出来る」


 笑顔のまま、彼はそう話す。


「えっ?なんですかそれは」

「ああ、君もしばらくここで過ごす事になるだろうし、働いてお金を得るには、仮の身分でも就労の申請をしておかないといけないからね。それに、ギルドに登録するにも申請が無いといけないし」



 ああ、なるほど。



間髪かんぱつ入れずに質問したが、彼からの返答に俺は手を叩いた。



 それで彼は、うちで働かないかと提案してくれたのか。

 見ず知らずの場所で生きていくのも、なかなかやるべき事があったりして、大変なんだな・・・・・・。



あらためて、今の自分の立場がどれほど難しいものなのかを、思い知らされる。

そんな俺でも、受け入れて、何から何までやってくれるスタックスさんに、頭の下がる思いでいっぱいになった。

ふと目を周りに向けてみると、もうすぐそこまで、あの役所に通ずる門が見えてきている。

気がつかないうちに、ここまで来ていたらしい。


「スタックスさん、すいません。まだこれからもお世話になりますが、よろしくお願いします」

「いやいや、私の方こそ、これから頼りっぱなしになるかもしれないからね!よろしくお願いするよ」


 快活に、返事をする。

彼からも、明るい笑みが返ってくる。


「よし!じゃあ、申請に行こうか」


 そう言いながら、彼は門の方へとまた歩き始めた。



 今、胸の中に芽生えている、これからへの希望。

 そして、力になりたいという前向きな姿勢。


 記憶も無い、力も無い俺の中にある、この気持ち。

 この気持ちを信じて、これからの困難に向き合っていこう。



俺はあらためて、固く心に誓った。


「アール君、どうした?」

「すいません、すぐ行きます!」


 立ち止まる彼の側へ、俺は足取り軽く、歩み寄っていった。




 -続-

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