第3-4回「リリスとディアナ」
俺は、淡黄な色の光を放つ日に照らされながら、スタックス支部長に付き添って帰路についていた。
手に持っている、先ほど役所で申請を済ませ受け渡された紙に、もう一度目を向けてみる。
そこには、アールという名前と識別番号、働ける期間とスタックスさんの名前が、分けられた枠の中に、はっきりと記されていた。
これで俺は、
歩くたびに伝わってくる土の感触が、また初めて見たおぞましい光景を、ぞわりと頭に映し出してくる。
胸がバクバクと、耳が震わせるくらいに音を立ててきた。
「大丈夫かい?
彼が心配そうな表情を浮かべている。
「あ、大丈夫です。その、暑いんですかね、ははは・・・・・・」
笑顔を取り
心配しなくても大丈夫、と言うように、彼は優しく肩を叩いてくれた。
支部長は側に居るし、支えてくれると言ってくれている。
あの港町でグラントさんと助けてもらい、ここまでずっと彼は親身になってくれているんだ。
もちろん、彼の事は信じているし、疑っているつもりは無いのだが・・・・・・。
つい先の見通せない、これからの事を考えると、不安で不安で
彼やセシリーさんの言っていた、他のメンバー方と、上手くやっていけるのかな・・・・・・。
そんな不安を解消出来ぬまま、とうとう支部に帰って来てしまった。
「ただいまー」
支部長が扉を開けて、何気無く中へと入ってしまった。
ああ・・・・・・俺も中に入らないと、また心配されてしまう。
ドクドクドクと、耳にまで伝わる音を感じながら、閉まりかけた扉に手を掛けた時───。
中から明るい声が聞こえてきた。
「あっ、支部長!ただいま戻りました!」
セシリーさんの物じゃない、明朗快活な女性の声。
声に
彼に話しかけている、俺と年齢が近そうな女の子。
彼女が声の主だと、一目で理解する事が出来た。
あの大きい
「アール君。そんな所で立っていないで、ほら、こっちに来なよ」
手招きする支部長の姿に、ハッと我に返る。
俺はいそいそと彼の側へと寄って行く。
「なんだ、新しいメンバーか?」
「そういう訳でも無いんだが・・・・・・。さ、一応自己紹介してあげて」
彼の言葉を受けて、彼女らが座っている前に、足を進めていく。
まだ、バクバクと鳴っている胸を
慎重に言葉を選ぶように、言葉を紡ぎ出していく。
「は、はじめまして。アールと言います。スティッケルという国から流されて、支部長に助けてもらい、ここでしばらくご
ふう、と息を吐いてから2人にグンと頭を下げる。
俺の言葉に、2人は驚いた様子だった。
「えっ、スティッケルって・・・・・・海を
「本当か・・・・・・。いや、別に疑うつもりは無いんだが・・・・・・」
「彼は今、
そう、彼女らに話しかける支部長。
へえ・・・・・・と
2人の様子に、どう反応したらいいのか、とても困った。
「ま、まあ。詳しい経緯はこれからゆっくり説明するから、2人も自己紹介してあげて。ね?」
俺の挙動に何かを察したのか、苦笑いを浮かべながら支部長が2人に
彼女達も、軽く姿勢を正して、すっと視線を合わせてきてくれた。
「ディアナ・ハートだ、よろしく。ここでは2番目に古株だ。困った事があったら、色々と聞いてくれ」
凛とした彼女が、そう言いながら手を差し伸べてくる。
俺も
初めて見た時の印象が、正しいと実感出来るくらいにがっしりと、しっかりとした感覚が、その手を通して伝わってきていた。
「私はリリス!リリス・モルガン、まだここに入って1か月くらいの新人よ。はじめまして!」
「こ、こちらこそ。はじめまして」
今度は彼女と握手を
「それにしても支部長は相変わらず、なんというかお
そう言いながら、ディアナさんが席に掛け直す。
「仕方ないさ、放っておけないのが私の
乾いた笑いを含みながら、支部長も彼女に返事をする。
彼が言い終わり、ディアナさんが再び何かを言おうとした時、がちゃりと裏口が開く。
「あっ、支部長。それにアールさんも、お帰りなさい」
彼女は、
「ああ、ただいま。トミーの姿が見えないが、どこに居るんだ?」
「えっ、トムソンさんならお給料渡してすぐ、出ていきましたよ」
彼女の言葉に、支部長は渋い表情を浮かべて頭を
「あー・・・・・・。またツケの精算か?」
「だ、だと思います。後、肩代わりしていた友達の借金とかもあるって、言っていましたよ」
セシリーさんは困った表情を浮かべている。
俺以外の皆は、呆れた様子で彼女の言葉を聞いていた。
そういえば、前に支部の人達を紹介するとスタックスさんが言っていた時、トミーさんの名前を出してから、嫌な顔をしていたな。
色々とだらしのない人なんだろうか───そのトムソンさん、という方は。
「いい加減、あいつも目を覚ましたらいいと思うんだけどな。なんでこう、金の無心をされているの、断らないんだろ」
「ま、まあディアナさん。今回の仕事前に無心してた人には断っていましたし、何か事情でもあると思いますよ」
「あまり、ちゃんとした事情でも無いと思うけどな・・・・・・」
「ま、その、アール君。トミーも決して悪い奴じゃないんだよ。こんな様子じゃ、説得力も無いだろうけれど・・・・・・ははは」
そう言いながら、スタックスさんは渋い顔のまま頭を下げている。
それでも、ここに居ないトミーさんはともかく、俺はこれからここで働く事になるんだ。
一番ここで不出来な、一番の後輩者として、これから彼らの助けを借りる事になる。
俺はもう一度、姿勢と表情を正してから、あらためて皆に頭を下げた。
「これから、色々ご迷惑をかける事になりますが、よろしくお願いします」
「いいっていいって。遠慮せず何でも聞いてくれよ」
「お互い入って間もない同士だし、頑張ろうね!」
俺の言葉に2人も温かい言葉を返してくれ、支部長もセシリーさんも穏やかな顔で頷いてくれていた。
彼女達の優しさに、俺はもう一度ありがとうと、深く頭を下げる。
「あと2人居る彼らは、今見張りで居ないから、また
そう呟く支部長は、何かを
「せっかくだから、
「えっ!じゃあ、これから『ケインズのホールキッチン』ですか!?」
「すごくいいですね!アールさん、そこの料理とっても美味しくて、雰囲気もいいんですよ!」
スタックスさんの言葉に、リリスさんも目を輝かせ、大人しいセシリーさんも嬉しそうに声をかけてきた。
2人の嬉しそうな様子に、俺もなんだか楽しみになってくるが、ここに居ないトムソンさん無視で話しを進めるのもどうかと、少し不安にもなってくる。
支部長に、彼はどうするのかと言い出す前に、ふとディアナさんが口を開いた。
「あたしも賛成だが、でもあの人はいいのか?」
「大丈夫だ、多分。トミーの事だから二つ返事で来てくれるよ。彼は私が探して連れて来るから、皆で先に行って予約してきてくれ」
「ま、それもそうか。じゃあ、
明るい雰囲気の中で、さくさくと進んでいく俺の親睦会。
彼女らは準備の為に、そのままの流れで階段へと向かって行っている。
支部長も、彼女らもトムソンさんにあんな対応をとっている。
でも、自分は彼と初対面なんだ。
少しでも、そこに行く前に、やはり
そう思った俺は、動こうとしたスタックスさんに話しかける。
「あ、あの。俺もトミーさん探し、ついて行ってもいいですか?」
支部長は少し驚いた様子で、こちらを振り向いた。
「えっ、構わないけれど。多分、そこまでしなくても彼は気にしないタイプだよ。ホールで会ってからでも、正直大丈夫だと思うけれどね」
「そ、そうかもしれませんけれど。俺、初対面ですし。やっぱり、失礼の無いようにした方がいいかなと思って・・・・・・」
俺の言葉に、彼は笑顔を浮かべる。
「アール君は優しいね。いいとも、それなら私と一緒に行こう。彼女らには伝えておくから、君も準備ついでに、上で手伝ってあげた方がいいかもしれないね」
「手伝い、ですか?」
「ああ。セッちゃんのあれ、
なるほど、と頷きを返す。
「じゃあ俺、上で準備してきます!」
「うん、私は下に居るから。ゆっくりでいいからね」
笑みを浮かべる彼に対して、もう一度大きく、頷き返した。
階段を照らす光は、ほんのりと1日の終わりを告げるような色へと変わっている。
俺は、皆が楽しみにしている、まだ見ぬ場所に胸を
-続-
<あとがき>
・少しずつ、登場人物が多くなっていきます。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
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