第9-5回「モーリーという男」



 彼は森にもっとも近い、あの石組みのとうに居ると、聞いていたのだが・・・・・・。

 本当に、ここを登っていって、大丈夫なのだろうか。



そんな事を考えながら、すっかり暗くなった、見張り場へとつながる階段を登っていく。

歩く度に、先ほど食べた粥のぬくもりが、たぷたぷと腹の中でれていた。

冷えた石段を慎重しんちょうに登っていくと、ふと小窓が見えたので、目を出して外をのぞいてみる。

地の向こうには、まだかろうじてオレンジの光が、淡く差してくれている、が───。

山の向こうはもう真っ暗で、星がポポポと、光りながら浮かんでいる。



 こんな暗い中で、見張りをするのか。



視線を戻し、階段の終わりから外へ通じる通り口を抜けていく。

まとわり付いてくるように、吹いてくる風は、やけに冷たい。



 さて、どこに交代相手の、サンドヒルズさんは居るのだろう。



目をらしながら、1人1人、選別するように、その姿を留めていく。


 

 若い人の中に混じって見えた、向こうに居る人。

 暗い空でも分かる、灰色っぽい、ごわごわ髪の人物。

 多分この方だ、間違いない。



んぐっと小さくつばを飲んでから、息を1つ吐き出して、その側へと歩いていく。



 第一声には、気をつけろよ───。



胸の中でそうつぶやいてから、こくこくとうなずいて、ふっと肩の力を抜く。


「あの、すいません。交代です」


 声を聞いた彼は、ぎろりと、目を転がすように振り向いた。



 うっ・・・・・・。



岩のように険しい顔つきと、切っ先のようなギラギラとした視線。

思わず、身を退きそうになってしまう。



 彼を怖い、厳しい人だと、言っているのは周りの人だ。

 自分は初対面。いきなり伝聞だけで決めつけてはいけない。


 印象だけで、退いたらダメだ。


 ちゃんとした気持ちを、彼に向けないと。

 彼からも、ちゃんとした気持ちが、返ってこないじゃないか。



「き、今日からお世話になります、アールです。まだ入って間もないですが、交代につかせていただきます」


 そう、腹を固めてから、ぐっと目を合わせ返して、言葉を続けてみる。

彼からの返事は、無い。

じろり、じろりと腹や、首筋に目を向けていく

そしてまた、じっと俺の目を見つめ返してきた。



 こいつはどんな奴だ。

 どんな意識を持って、ここに来た。



そう言うように、見定めるような目つきで、真っ直ぐに、俺の目を見てくる。


「おいフロスト、ちょっといいか」


 俺に話しかけてきた、と思いきや、彼は顔を動かさないまま、誰かに話しかけている。

彼の話した相手は、歩きながら、外に顔を向けて監視をしている人だった。


「なんだ」

「この新入りと話す時間が欲しい。1人で、しばらくやれないか」

「ああ、いいとも」

「ありがとう」


 お互い目、を合わせないまま会話が進んだと思うと、あらためるように、グッと強い視線を、また向けられた。


「アールと言ったな。剣を抜いてみろ」



 えっ。



 突然の言葉に、思わず声が出そうになる。

彼の表情は固いままだ。

とても、冗談じょうだんめかして言ったような感じでは無い。

意図いとを上手く飲み込めないまま、剣に手を掛けて、抜き取りググッと身構える。



 仲間同士で、この人は───。

 この人はいったい、何をするつもりだ・・・・・・。



と思っているうちに、彼もためらいも無く、剣を引き抜き身構えた。

彼の剣は、夜空からの光をうっすらと浴びて、にぶくて重い、にごった光沢こうたくをまとっている。



 彼も、長くこの戦争の中に、身を置いている人、なのだろうか。



おぼろげながらも、剣から伝わる感じと、揺らぐ事なく真っ直ぐな構えが───。

ひしひしと、そんな事を、物語ってきているような気がした。

静かに吹いてくる風は、ひやりと冷たい。



 いつくる───。

 どうするつもりだ・・・・・・。


 彼の足、手、目───。

 一点だけじゃない、わずかな動きも、兆候ちょうこうも───。


 とらえて、決して漏らさない。



そよぐ夜風に乗って伝わる、その瞬間をじっと待ち続ける。

不意に、彼の手が僅かに、動いた。



 打ち込みだ、くる!



左に足をずらして、思わずその胴当てに、打ち込みかけた瞬間。


「待て!もういい」


 と対面から声がして、ぐっと腕に力を込めた。



 切っ先は、彼の腹に当たっていない。

 暗い中で冷たい風をまといながら、ぴたりと動かず、止まっている。



 危なかった・・・・・・。



思わずとはいえ、仲間相手に打ち込みそうになっていた自分の動きに、汗が噴き出そうになる。


「いい動きだ。ちゃんと見れている」


 彼はそう言いながらも、固い表情を崩さない。

こちらを見据みすえたまま、持っていた剣を、腰のさやに収め直す。


「あ、ありがとうございます」


 一礼を返しながら、自分も剣をしまい直した。


「どこを出た。シマロ大か」


 彼の言うという言葉が、まったくピンとこない。



 おそらく、何かを学ぶ施設のような場所だと思うのだが───。

 自分はそんなところに、居たような実感も、記憶きおくも何も湧いてこない。


 それなら、ちょうど良かった。

 これを機会に、この場でちゃんと言うべきだろう。



俺はここに来た経緯を、彼に説明する事にした。


「その、俺、記憶喪失そうしつなんです。支部長に助けてもらって、ディアナさん達に稽古けいこをつけてもらってから、今日で2回目の仕事になるんです」

「・・・・・・!」


 彼は、少しだけ目を開いて、ほほをぴくりと動かした。

驚いたようにも見えたその表情は、すぐに元の険しい顔つきに戻る。


「そうなのか」


 嘘じゃないのか、とでも言うような目つきで、彼はそう、言葉を続けてくる。



 嘘をついても、意味なんかないだろ。



とつい、思ってしまったが、すぐに飲み込んで、言葉を選び直す。


「は、はい・・・・・・」

「そうか。それでも、良い動きだった」


 彼は固い表情のまま、こくりと頷く。



 今はえて、それ以上は聞かない。



そう言うように、ぴくりと彼のまゆが動いて、こちらに目を向けてくる。

相変わらず、その目は差すようなするどいものだったが───。

うつむきながら、視線を外した時に見せた目が───。

少しだけ、俺に対する見方が───。

初めて対面した、さっきよりも、変わったような気がした。



 こいつなら、ある程度信頼出来るかもしれん。



そう言うような、そんな目つきに、変わったような気がしたのだ。


「いいか。見張るのは森だけじゃなく、あの川もはさんだ向こうもだ。常に全体を見渡して、違和感を見逃すな」


 そのまま、間をけずに、彼はそう言葉を続ける。

分かっているだろうな、という文言を、その言葉を、最後に添えて。


「い、意識します」

「あのフロストも、すぐに交代するからな。迷ったり、聞きたい事があったら、もう1人の交代役と話し合ってくれ。俺も下で休んで居るから、何かあったら言ってくれてもいい。分かったな」

「は、はい」


 つらつらと並べられた説明に押されてしまい、つい頷き返してしまった。



 多分、彼の言っていた事は、理解出来ている。

 飲み込めている、はず・・・・・・。



ふと、目を合わせ直すと、彼はまだ真っ直ぐに、目を向け続けてくれている。



 本当にいいな。



そう言うような表情で、ジッと。


「だ、大丈夫です」

「よし、頼んだぞ。俺は食事に行くからな、何かに気づいたらすぐに、誰かに知らせろ」

「は、はい!」


 彼の雰囲気に押されながらも───。



 確認する事は、今は無いはず。



み砕くようにして、頷き、返事をする。

彼は、フロストさんに「先に抜けるぞ」と言ってすぐ、俺のやって来た方向に足を進めて、下へ降りようとしていた。



 もう、仕事が始まってしまう。

 聞くべき事は、本当に無いか。



そう、意識を向け直して、考え直した瞬間だった。

些細ささいではあるが、大切な事をまだ確認していなかった事を、ふと思い出す。


「すいません、いいですか」

「なんだ」


 彼が足を止めて、振り返っている。


「その、名前は・・・・・・。モーリー・サンドヒルズさん、で合ってますよね」

「ああ。モーリーでいいよ。じゃあ行くからな」


 俺の言葉に突っかかる事も無く、彼はそう、自然に返事をする。

任せたからなと言うように、フウッと手を見せて間もなく、彼は足早あしばやに階段を降りていった。

その姿が消えてしばらくして、うん?という文字が頭の中に浮かんでくる。



 あまりにも自然に言われた、モーリーでいいよ、という文言。


 周りの人は、厳しくて、気難しいと言ってはいるが、もしかしたら・・・・・・。

 あの人はそんなに、そんなに恐ろしい人という訳でも、無いのでは。



という言葉が、頭の中に浮かび上がってきた。



 いや、今はそんなの、後でいいじゃないか。

 フロストさんを待たせたままだ、持ち場につけ。



 思わず頬が緩みそうになった自分に、そう、かつを入れ直して、森の向こうがよく見える場所にまで、足を進めて行く。


「すいません、お待たせしました」


 待たせてしまった事をびながら、森に、暗くなっている平原に、目を留めていく。

先ほど彼に言われた事を、意識しながら。


「おう。それにしても、あんたやるな」

「えっ」


 想定もしていなかった、フロストさんからの言葉。

思わず、疑問混じりの声を返してしまった。


「あの人厳しいからね。初対面の人に、あんな事滅多めったに言わないよ」

「そう、なんですか?」

「あの人は相手が、部隊長だろうが、将軍だろうが。奴には、厳しいからね。入って間もないんだろ?よくやるよ本当」


 目こそ合わないが、彼からの言葉からは混じりっ気の無い、本音の込もった思いが伝わってくる。

モーリーさんとの軽いやり取りで、一瞬見えたような、もしかして、という思い。

その思いが、決して自分の思い違いや、楽観的なものじゃ無いという事を、ここでようやく、納得する事が出来た。

ふふ、と頬が緩みそうになった時、フロストさんから言葉を再びかけられる。


「気ぃ、引きめろよ。こんな所あの人に見られたら、また何言われるか分からんぞ」



 そ、そうでした。

 迂闊うかつだった、気をつけないと。



彼の言葉にぶるると首を振ってから、しっかりしろ、と言い聞かせるように目を開き直し、見張りの姿勢を取り直す。



 フロストさんとの交代役は、まだ来ない。

 微小ながらも、吹きつける夜風は冷たいが、どこか優しい。



まだ腹に残っている粥のあたたかさを感じながら、この静かな、初めての場所での見張り役に、向き合っていくのだった。




 -続-

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