第9-6回「推薦」


 黒々とした深みをたたえた山と、深々と広がる静寂に包まれた森。

まだその上には、紫の夜空が広がっているが、視線を左に向けてみると、朝を告げる白い光が、ぐっと差し始めていた。



 ああ、もうすぐ夜が終わる・・・・・・。

 やっと、見張りがひと段落するんだ・・・・・・。



そんな事を考えながら、ぐうっと高く手を突き上げて、伸びをする。

ぱっと戻した視界に、まだ変化は見られない。

気になる兆候ちょうこうも、おかしな動きも、とうとう目に留まる事は無かった。



 右よし、前よし、左も───よし。



心の中で何度もそうつぶやきながら、明るくなる平原に、森に目を向けていく。

ふと後ろから聴こえてくる、タタタと階段を駆け上がる軽快な足音。



 1人じゃない、2人の足音・・・・・・。



ちらりと一瞥いちべつすると、そこからはモーリーさんと、俺と一緒に、さっきまで交代しながら見張りについていた人が出て来ていた。


「いや、すまん。ちょっと寝過ぎた・・・・・・。か、代わるよ・・・・・・」


 見張り役だったその人は、引きつった笑顔でそう話しながら、俺の側に歩いてくる。

ちらりとモーリーさんに目を向けてみると、差すような冷たい視線を、彼に飛ばしていた。



 ああ、軽く怒られたのかな・・・・・・。



彼のあせりっぷりに、俺の居ない下の休憩スペースで、何が起きていたのかが、うっすらと理解出来る。


「アール、ちょっと来てくれ」


 そう言いながら、小さく首を振って、場を外すようにうながしてくるモーリーさん。

もう1人の方が配置についたのを確認してから、お願いします、と軽く会釈えしゃくをして、彼の促す先へと足を向けていく。


「アール、昼から大事な役目を任せたいらしい。悪いが朝食べてからは、仮眠程度の休憩にしてくれないか」


 開口かいこう一番、予想もしていなかった言葉を投げかけられ、一瞬頭が真っ白になる。


「え、えっと・・・・・・。と、言いますと?」

「昼になったらホーホックの森に偵察を仕掛ける。そのメンバーにお前を推薦すいせんしたら、ぜひお願いしたい、という話になったんだ。しんどいだろうが、少しやってくれないか。その分今日の、夜回りは無しになるから」

「えっ。う、うーーーん・・・・・・」


 彼から切り出された話に、思わず尻込みしてしまう。

言っている内容は分かるのだが、夜回りと仮眠の繰り返しで、頭がどうもボーっとしていて、上手く全容ぜんようを捉えきれない。


「その、どうして偵察するんですか」

「・・・・・・まあ、そうだな」


 取りえず、胸の中に浮かんだ不安をぬぐうべく、そう彼に尋ねてみる。

彼はほほをぴくつかせてから、うーーんとまゆをひそめた。



 あまり突き詰めない方が、良かった話だったのか?



「す、すいません。立ち入った事を聞いて・・・・・・」

「いや、気持ちは分かるよ。こっちも説明不足だった、すまん」


 気にするなと言うように、彼は手を横に振りスッと目を合わせ直してくる。

そこから、少しだけ間をけて、フッと口を開いて、話を続けてきた。


「昨日、陣地確保にこちらが動いた結果、やられたらしくてね。もう一度攻撃を仕掛ける為にも、相手陣営の状況を確認しておきたいんだ。そこで、オッドマンから俺に、白羽の矢が立ったという訳だ」


 彼の言葉で、ようやく頭の中にあった、点と点が結び付く。



なるほど、それで自分を推薦してくれた、というわけか。



「アール、受けてくれるか」

「そ、そうですね・・・・・・」


 同意した、と思われないように、小さくうなずいてから少し目線を下にらす。



 この人が推薦した、という事は・・・・・・。

 彼は、俺なら出来る、と思ってくれている。


 その気持ちはありがたいのだが・・・・・・森へ行くのも初めてだし・・・・・・。

 それに───正直今は、夜回りのおかげで頭がぐわぐわとしていて、動けるかどうか、不安だ。



軽く目を閉じると、昨日見た、あの傷だらけの横たわった人の姿が、目の先に映し出されてくる。



 俺も、下手したら、ああなるのかも・・・・・・。



背筋にぞわりとした寒気が、思わず立ち昇ってくる。

ふう、と息を吐いてから、再び目線を彼に向け直してみた。

彼は険しい表情であるが、真っ直ぐなひとみを向けて、俺の返事を待っている。



 俺がここで断ったら、偵察はどうなるんだろう。

 なんとなく、その光景を想像してみるが・・・・・・。

 どうにも上手くいきそうな絵図が、見えてこない。


 怖いけれど───わざわざ、まだ素人も同然の自分を、してくれたんだ。

 その気持ちに、ここでこたえてあげたい。



「分かりました。俺、手伝ってみます」


 腹積もりを決めて、彼に返事をする。

彼の険しい表情は、変わらない。

ただ、うん、うんと心意気を受け止めるように、小さく頷いてくれていた。


「分かった。ここの見張りは俺が入るから、アールはもう休め。食事が出来ているから、ったらしっかり仮眠しておけよ」


 頼んだぞ、と添えるように彼は目を合わせて、トンと背中を押してくれた。



 偵察の件は、任せたぞ───。

 その分休んで、頑張れよ。



そんな彼の気持ちが、その押しにグンと、込められているような気がした。

フッと振り返ると、彼はもう位置について仕事に戻っている。


「モーリーさん!」


 俺の呼びかけに、彼はパッと視線を合わせてくれた。

明るくなった空に浮かぶ、その陰影に向けて、俺はぺこりと一礼をする。

彼は何も言わず、わずかにほほを緩ませて、ほら行け、と言うように手を振り返して、また見張りに戻っていった。

朝日を受けて少し笑った彼の姿に、俺の心にもなぜか、ポッと温かい気持ちが、点いたような気がする。



 初めてで、怖くて、ちょっと体も参ってきているというのに───。



その温かい気持ちがゆっくりと、体中に巡っていき、頑張れよという温かい言葉を、届けてくれているような気がしてきた。



 ・・・・・・よし、もうひと息だ!



誰に言うでも無く、そう呟いてから石段に向かって、軽快に足を進めていく。

ふと視線を変えると、あの明るい空がだんだんと、さっきまで見ていた平原を、森を照らして、夜の終わりを告げてくれていた。



 ああ、やっと朝が来た。



差し広がる光に、俺はゆっくりと、頬を緩ませ返すのだった。




 -続-




 <あとがき>

・次回は軽く戦闘描写があります。

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