第9-7回「森での偵察」
<まえがき>
・本回は長くなります。
文字数は約7,500字で、読了には20分ほど掛かります。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
空高く白い光が、さんさんと、頭の先をじゅっと照らし続けている。
仮眠を取りながらの見張り、それから、食事と軽い
オッドマン副部隊長の
見張り台から森までは、かなり遠くあるように見える。
歩いていったら、結構掛かるだろうな。
と、思っていたのだが、いざ実際に付き添って歩いてみると、想定していたより森の始まりは、近かった。
まばらに見えていた低木が、少しずつ少しずつ高くなっていく。
もう目の前には、深々と、冷えた風をまとった木々が、
「お、俺・・・・・・もう帰りたいよ」
ふと後ろの方から、同行してくれている仲間である、ターマの弱気な声が聞こえてくる。
「なんだ、受けたのは自分の意思だろ。嫌ならなぜ受けた」
弱気な彼の姿に、ジロリと刺すような視線を向けながら、少しトゲトゲとした物言いをするモーリーさん。
「そ、そうだけど・・・・・・」
「つ、追加で
言葉に詰まる彼を
この2人はダンフォード商会から、自分達と同じように、防衛の仕事を与えられているようで、どうやら臨時の手当が出る、という話でこの役目を引き受けてくれたようだ。
「しっかり考えてから、答えは出すんだな。目先の事ばかり考えて動くから、こうなるんだ」
吐き捨てるようにそう言いながら、彼はまた、前を
「す、すいません、来ていただいたのに。モーリーさんも、悪意を込めて、あんな事を言ったつもりじゃないんです」
「は、はは・・・・・・。大丈夫ですよ、彼の言い分は、もっともですし・・・・・・」
彼の姿が少し離れたところで、あまり落ち込まないように、と思いながら2人に声をかけてみる。
ワドハンは、引きつった笑みのままではあるが、少しだけ明るさを取り戻して、返事をしてくれた。
「何してるんだ。早く来い」
「す、すいません」
険しい表情で、今にも怒りだしそうな調子で俺達を呼んでいる。
これ以上迷惑をかけてはいけない、と頭を下げながらスタタと彼の側まで、駆けていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
彼の側に付きながら、ずんずん奥に進んでいく度に、さんさんと、
このホーホックの森の由来が、ホー、ホーと鳴く
多分、そうなんだろうな。
この暗さなら、今が昼間であろうとも、どこからともなく梟の1羽でも2羽でも出てきて、ホーホーと鳴きだすかも───。
と、つい納得してしまう。
今は昼だというのに、夜みたいに薄暗いから、いつ、どこから敵が飛びかかってくるのか、まったく分からない。
「おい、ちょっと集まれ」
彼の側へ、足音を出さないように歩み寄っていくと、彼はクルクルと、丸めていた地図を取り出してから広げていき、左手に持っていたペンのお尻で、それを差していきながら、説明をし始めた。
「いいか、今はこの辺りだ。奴らの野営地がこの辺りで、俺達の今居る場所とは、相当近づいてきているはずだ」
「奴らの気配は」
「いや・・・・・・。後ろは気にしながら歩いていたが、こう見られているような感じは・・・・・・」
モーリーさんの言葉に、
自分も周囲を
「よし。おそらくここから、奴らと
ギョロ、ギョロと目を転がしながら、彼は1人1人に、確認をしていく。
「あ、あの・・・・・・」
弱々しく話しかけるターマに、ギロリとした視線を向けるモーリーさん。
「なんだ」
「い、いえ・・・・・・。も、もしも。もしも見つかったら・・・・・・?」
彼の言葉に、少し間を
「見つかるな、そうとしか言えない。もしそうなったら、自分の身は自分で守れ」
あまりにも突き放すような答えに、思わず2人の目を交互に見比べてしまう。
その視線を察したのか、彼も俺の方を見ながら、言葉をかけてきた。
「アール、これは戦いじゃない。敵状を探る為の
そう言いながら、
そうだ───戦いを仕掛ける為に、俺達は敵地に近づいた
偵察という役目を果たす為に、ここまでやって来たんだ。
彼の言い分は、すぐに理解出来た。
分かりました、と言うように、こくりと
「よし。くどくなるが、ムダな音ムダな動きは徹底的に
彼の言葉に、俺はもう一度頷く。
ワドハンも、少し
「よし、いくぞ。ついて来い」
そう言いながら1歩、1歩音を踏み殺すように、身を低くしながら、彼は奥へと足を進めていく。
俺達も、彼の動きを真似しながら、ゆっくりと、ゆっくりと歩みを進めていった。
草葉を
進んでいるのか、止まっているのか、どこに今居るのか分からないほど、ゆっくりと歩き続けて、どれくらい経ったのだろう。
突然、前を行くモーリーさんが、動きを止めた。
手を突き出してから、小さく指を突き出して、その右向こうを差しながら、小刻みに何かを伝えようとしている。
なんだ、と思いながら、そっと目を向けてみると、あの地図に記されていた敵陣の様相を、初めて見る事が出来た。
辺りを見渡しながら、見張るように歩いているゴブリンに混ざって───。
俺達と見た目の変わらない人が、
遠くの方に見えているのは、暗い色をした狼の姿。
その手前では、ゴブリン達と、弓を持った人達が、わらわらと動いている。
自分が思っている以上に、その野営地には多くの敵が
まさか、あの見ていた森の中に、こんなにも敵が集まっていたとは・・・・・・。
息を殺して、ジッと奴らの動きに目を向けていると、モーリーさんが何かをしているような気配を、スッと感じ取れた。
彼の方を見てみると、待っていろ、という動きの後に、手招きをしながら俺を呼ぶように目を合わせてくる。
こっちに来い、という彼の動作に従うように、のしりのしりと、落ち葉を踏む音を立てないように、足を進めてみた。
周りを見張っていろ。
と言うような動きをした彼は、スッと姿勢を敵陣の方へと向けて、その
そのまま、彼は視線は
書かれていく何かの名前や日付、場所らしき文字に、思わず息を飲んでしまう。
目を切らさず、ツラツラと書き続けていく、その姿。
まさか、モーリーさんは・・・・・・。
あの、何を言っているのかも分からない奴らの言語を、聞き取る事が出来るのか。
支部長やディアナさん達が、腕は確かだと評していたのだが───。
この偵察に、なぜ彼が呼ばれたのか、あらためて俺は、理解する事が出来た。
真横に居る彼は、淡々と、
息も吐かせぬその技の一部を、まざまざと見せつけられ、つい周囲への
い、いけない・・・・・・何ボーッとしているんだ。
首を振って、上に周りにと目を向けながら、情報を聞き取る彼に代わって、俺もあらためて警戒し直す。
もう、おおかた偵察出来たのかな、と思い始めた時、ふと待っている2人の事が気になった。
2人は、大丈夫なのかな───。
と考えつつ、ふと目を向けた、その瞬間。
向こうで敵陣を見ていた、ターマが身を後ろに崩して、ドサリと手をついてしまったのだ。
これはマズイんじゃ・・・・・・。
そう思ってすぐ、敵陣営に目を向けてみると、案の定相手もそれに気づいて、こちらに対して視線を集中させていた。
ダメだ!バレたかもしれない!
そう思うより早く、モーリーさんはもう、行動に移っていた。
引き上げよう、と言うように俺の肩を小刻みに叩いて、首を来た方向に向けて振っている。
分かりました、と俺も頷き返して、元来た順で帰ろうとした瞬間だった。
上からの気配、来る!
視線を上げると、ゴブリンが1体、ターマ目がけて降り立とうとしていた。
危ない!!
体はもう、反応していた。
叩き落とすように剣を抜いて、飛びかかるそいつを斬り捨てる。
「うわあああ!!!」
ターマは情けない叫び声を上げて、尻込みしながら、ワドハンを押し退け逃げて行ってしまった。
「あ、待て!!お前だけで戻れないだろ!おい!!」
彼も、不必要な声を上げるなという、モーリーさんの言葉も忘れて、追いかけるように走り去ってしまう。
目を敵陣の方へと向けると、あっという間に喧騒と、土を立ち込めて、こちらへ追手を差し向けようとしていた。
もうダメだ、逃げないと!
モーリーさんに言われるまでも無く、俺の体は反応していた。
「走れ!最善の道を常に探すんだ!」
そう言いながら背中を押して、森を抜けるように彼が促している。
その言葉を背に、地面を蹴り上げ腕を振った。
繁みを突っ切り、木を躱して、少し拓けた光の差す場所へと走り抜けていく。
後ろを一瞥すると、ゴブリン共がわららと、追いかけて来ていた。
流れに身を任せて───。
風に身を任せて───。
俺はぐんと腕を振って来たはずの方へと足を踏み出す。
後ろから聞こえる、モーリーさんの駆ける音。
その間から聞こえてくる、追ってくる奴らの息遣いと、声。
息が、切れそうになる・・・・・・。
と思いかけそうになった頃、目の前に、先に逃げていたターマの姿が写った。
森の暗さは、少しだけマシになって来ている。
彼より少し前には、追い抜いたらしくワドハンの姿も見えていた。
この速さだと、もうすぐにターマに追いついてしまう。
耳を後ろに凝らすと、モーリーさんの走りと、奴らの気配が聞こえてくる。
このままだと、4人全員追いつかれて、ここで終わり・・・・・・。
なら、俺がやる!
俺なら、やれる!
追いつかせてたまるか!
ぐっと身を翻しながら剣を抜いて、追ってくる奴らと対峙する。
身構えた俺の姿に、走っていたモーリーさんは、一瞬驚いた様子だった。
この距離なら、いける!
走り抜ける彼を躱してから、追ってきたゴブリンに、横への一振りをぶつける。
「ぎえっ!!」
後ろ足に力を込めて、流されないように身を止めてから。
そいつと並走して突っ込んで来た、もう1体の肩を狙って、ばさりと剣を振り下ろす。
体液を撒き散らしながら、落ち葉で覆われた地面に叩きつけられる奴の体。
その後ろから来ている何体かが、僅かにその光景で、怯んだ様子だった。
よし、もういい!
頭の中に浮かんだ声に頷いてすぐ、身を翻し直して、前を走るモーリーさんを追いかけていく。
力強く、剣を握りながら、前を走る彼に追いつこうと、腕を振る。
暗かった森から、ドドドと木の数が減っていき、ぶわっと木の葉の屋根が無くなったと思う瞬間、辺りが一気に明るくなった。
少し離れていた、彼との距離はもう、すぐ側まで狭まっている。
そう思っていた時、モーリーさんがにわかに身を翻した。
「来たぞ!」
そう叫びながら、丸めていた地図をベルトに差し込んで、彼も剣を抜いた。
持ちながら腕を振っていた俺も、身を翻して構え、追いかけて来たゴブリン共を迎え撃つ。
最初に突っ込んでくる数は、3体。
その横は無し、後ろは多い。
間合いまで待てばいい。
戦いやすい体勢で、奴らを迎え撃て。
誰に言われずとも、突っ込んでくる奴らを見ているうちに、自然と体が、そう語りかけてくれていた。
まず、左の1体。
飛びかかって来たところを払うように、足目がけて剣を振る。
皮を断った感触と共に、奴は少し前に身を崩した。
そこから後は、流れだ。
拳で殴り、その体を地に叩きつけて、ふっと横に目を向けてみる。
このままではもう1体を、今の自分では捌き切れない!
ここでやられて、たまるか!
咄嗟に剣を突き出した時には、襲いかかろうとしたゴブリンの背に、ずぶりと剣が刺さったような手応えが、見えた。
「うらあ!!」
そのままモーリーさんはためらう事なく、そのまま剣を振り下ろした。
その光景でハッと、地面に叩きつけたあいつの事を、思い出す。
地面に目を向け直すと、手を突きながら、そいつはギョロリと、俺を見てきていた。
飛びかかる!
そう考えていた時には、ズブリとそれに、剣を突き立てていた。
「アールもういい!走れ!」
彼は手を振り、行け、と促している。
ちらりと後ろを一瞥すると、追っていた奴らも少し怯んだ様子だった。
俺は彼の言葉に乗って、剣を直して砦に向け、もう一度駆け出していった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ふう、ふう・・・・・・。
もう走れない───口の中からどろどろとした、変な臭いがしてくる。
胸が痛い・・・・・・押し潰されるように、痛い・・・・・・。
ふと森の方に目を向けると、かなり遠ざかって見えていた。
砦と、森の中間点くらいにまで、逃げられたのかな・・・・・・。
そう思いながら、視線をモーリーさんの方へ向けてみる。
彼は険しい表情を浮かべながら、肩で大きく息をしていた。
ベルトには大切な、あの地図がしっかりと差し込まれている。
「あっっっの馬鹿が!!戦わずに叫ぶだけの奴が居るか!!糞ったれめ!!!!」
ようやく落ち着いたと思いきや、間を空けずに青筋を立てながら彼は吠え始めた。
びりびりと耳を震わせるほどの叫び声に、頭が割れそうになる。
もう一度視線を森に向けてみるが、ゴブリン共の追走は、もう見えていない。
先に逃げた2人の姿も、辺りには見えていなかった。
「あ、あの、モーリーさん・・・・・・」
少し、落ち着いてもらおう。
そう思いながら、怒り心頭の彼に声をかけた瞬間だった。
「貴様もだアール!!実戦も乏しいのに、あんな無謀な事を!!お前がやられていたら、いったいどうなっていたと思う!!」
彼の気迫に押されて、言葉が続いてこない。
その言葉に何も言い返せず、ただ押し黙る他は無かった。
叫び終えた彼は、ゆっくり、ゆっくりと息を吐きながら、握っていた拳を緩めたり、ぶらぶらとさせたりしている。
ようやく落ち着いたのか、大きく溜め息をついて、目を覆って、頭を抱えたりしながら、口を開き始めた。
「アール・・・・・・。ちょっと怒鳴り過ぎた。君はそんなに間違っていないんだ、すまない」
そう言ってから、もう一度大きく、彼は溜め息を吐いた。
耳を震わせていたほどの、怒りに満ちた声を叫んだ人と、目の前のこの人は、別人じゃないのか、と思うほどに、落ち着いた様子で。
「い、いえ・・・・・・。無謀に立ち向かった事は本当なんですから。心配かけてしまい、すいません」
彼の言葉で、俺の頭も少しずつ、冷静さを取り戻していく。
あの時はいけると、思っていたのだが・・・・・・。
今考え直してみると、向こう見ずで、危険な動きだった。
生きて、五体満足で帰ろう、と言ってくれていたのに。
自己判断で立ち回って、自分から危険な方へと突っ込んでいったのだ。
怒られても、仕方がない。
少しでも間が狂っていたら・・・・・・。
あの時見た、ズタズタになった怪我人と同じ姿で、自分も帰って来ていた・・・・・・。
いや───もっと悲惨な目に、遭っていたかもしれない・・・・・・。
胸の中に浮かんだその言葉を飲み込むように、こく、こくと頷きながら、もう一度深く、彼に頭を下げた。
「いいんだ、君が落ち込む事はない。八つ当たりして、すまん」
彼はそう言いながら、頭を下げてくれている。
「い、いいんですよ。俺、大丈夫ですから」
もうこれ以上、彼に頭を下げられると、逆にこっちが申し訳なくなる。
どうか、どうか、と言うように手を突き出して、その気持ちを伝えていく。
気持ちが伝わったのか、スッと頭を上げて、静かな表情を浮かべるモーリーさん。
だが、すぐにまた、沸々と怒りが込み上がってきたような、怒気を顔に少しずつまとい始めだした。
マズイ、またあの2人の事で、怒るのかな・・・・・・。
もう、もう充分だよ・・・・・・。
「あ、あの!ち、地図は大丈夫ですか?」
2人への気持ちを逸らせるように、腰に差してある地図へと目を向けて、そう切り出してみる。
「地図?ああ・・・・・・」
どうやら、上手く気逸らしが出来たらしい。
そう言ってからすぐ、彼は腰の地図に手を当てて、くるくると広げていく。
そのままの面持ちで、ふんふん、と頷きながら中を確認した彼は、また丸めて腰に差し直した。
「うん、書けていた。これなら、今回の目的は、無事達成出来た、と報告出来るよ」
その言葉に、ホッと息が、思わず漏れ出てくる。
ああ、良かった。
あれが、ムダにならなくて・・・・・・。
そんな言葉を、ポツリと胸の中で呟いて、彼に目を向けてみる。
「アール、戻ろうか。これなら大丈夫だ」
「そ、そうでしたか。よ、良かったです」
若干、険しい顔ではあるが、僅かに穏やかさを取り戻して、彼は行こうと促している。
その姿に、少しぎこちなくではあるが、言葉を返した。
「じゃあ、戻ろうか」
彼の言葉を受けて、再びこくりと、頷き返す。
森に背を向けて、砦へと歩くその後ろ姿を、追いかけるように続いていく。
森に入る前、あれだけ高く上がっていた日の光は、山へ向けてじわじわと、落ち始めていた。
今日もなんとか、一日を終える事が出来た。
山並みの上で、ややオレンジ色っぽく、さんさんと丸く輝く日に向けて、俺はもう一度、小さく溜め息を吐いたのだった。
-続-
<あとがき>
・長い本回になりました。ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
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