第16-2回「モーリーの言葉」


 朝焼けと共に、敵陣地を探る強行偵察。

なんとか、無事に終える事が出来た。



 奴らの吐息といきがすぐそこまでこえた時。

 もうダメかと、一瞬思ったが・・・・・・。

 こうして、今は両の足を地につけて、立っている。



固く閉ざされた扉を見つめながら、グッと背中を伸ばした時。

あの時の光景が、再び頭の中に、映し出されてくる。



 とりでがグンと、視界に広がった瞬間。

 ひゅおん、と音を立てて、後ろに飛んでいく、矢。

 その後に続くように、ひゅんひゅんと、何発も飛んでいった矢の雨。

 脇目にそれがまった時、浮かび上がってきた、安堵あんどの文字。

 それと共に湧き出てきた、言葉にならないほどの、あたたかな、安らぎ。



その時の光景を、胸の中で味わいながら、側に居るモーリーさんと、2人に目を向けてみる。

彼の胴当てにはさまれている、敵地から集めてきた情報も、無事だ。

追走してきた敵も既に引き返したのか、中の様子も落ち着いた、いつもの状態に戻っている。



 ああ、助かった・・・・・・。



荒れていた息も収まり、ひざの力を抜こうとした時だった。


「こっっっのバカが!!」


 怒声どせいの主は、モーリーさん。

しかも方向からして、それは明らかに、俺に対して飛ばされたものだった。


「また勝手な判断でゴーレムに立ち向かいやがって!!命を落としたらどうするんだ!」


 耳を破りそうなほどの声に、思わず跳び上がりそうになる。



 あの、土塊つちくれの化け物───。

 あれは、『ゴーレム』と呼ぶのか。



スッと、頭の中に浮かんできたさっきの映像と、彼の言った怪物の名を照らし合わせる暇も無く、また次の怒声が飛ばされる。


「あれはな!こんな軽装じゃ相手に出来ないんだよ!それをお前は!!」

「す、すいません・・・・・・」



 何も言えない。



彼の言う通り、支部長から貰ったこの剣では、奴の動きを受け止めるので、精一杯だった。

あの時に伝わってきた衝撃から、1発でもまともに殴られたりしたら、ひとたまりも無い事は、容易に想像がつく。



 あまりにも軽率けいそつな行動。

 怒られて、当然だ。



「ま、まあ、そう怒らんでやってくれ。彼のおかげで、俺達は命拾いしたんだから。な?」

「あ、ああ・・・・・・」


 咄嗟とっさに2人の片割れが、怒るモーリーさんとの間に割って入り、なだめてくれている。

もう片方も、少し遠慮えんりょがちにではあるが、うなずきながら俺と、彼に、目線を向けてくれていた。

モーリーさんも、少しずつ息を吐きながら、ゆっくりと、立てていた青筋を静めてくれている。


「・・・・・・分かっているよ。こいつがやってくれなかったら、あんたらは今頃、ぺしゃんこだしな」

「あ、ああ・・・・・・。すまん」


 なだめる彼をギロリとにらみながら、モーリーさんが口を開く。

彼も肩から手を離して、少しだけ下がり、身を小さくしていた。


「戦場では指示、命令があるとはいえ、最後の判断は自分自身だ。命の局面に立たされて、それを判断出来るのは自分だけ。あんたらもそれを、知らないわけじゃないだろ」


 退しりぞいた彼らに、モーリーさんは言葉を続けている。

片割れの人も、ああ・・・・・・、と返事をするだけだ。


「アール、お前が2人を助けたいという気持ちも分かる。だがな、俺は堀の中に入る前、なんと言った?」


 クルリと体を動かし、俺の目を見つめがなら、口を開くモーリーさん。


「えっと・・・・・・。何かあったら、笛を吹け。あと、その場を動くな、と・・・・・・」


 あの時の映像を思い出しながら、その時に言われた言葉を、繰り返すように口にする。

彼はこくりと、頷いた。


「そうだ。今回の偵察は2人1組。俺とアール、そしてあの2人。ならどうして、お前があそこを離れたらいけないか、分かるよな?」


 そう言い終えてから、ジッと、視線を向けてくる。



 なんとなくだが、分かる・・・・・・。

 ペアを組んでいるからには、相方に危険がせまった時、もう1人がそれを、助けてやらないといけない。

 でも、俺はそれを放棄ほうきして、笛だけ吹いてモーリーさんのそれからも確認せず、2人の方へけ寄ってしまった・・・・・・。



頭に浮かんだ理由はそれなのだが。

なんとなく、それだけでは、離れてはいけない理由として説明するには、足りないような気がする。



 足りない───。

 それをすべて上手く説明する事が、今の自分には、出来ない。



「ごめんなさい、その・・・・・・。上手く言葉に、出来ないです」


 頭を下げながら、そう返事をした。

モーリーさんは怒らずに、うん、と頷いてくれている。


「アール。2つに分けたのはな、仮に片方がやられても、が生きて帰って来られたら、敵地で取ってきた情報が、『生きて』帰れるからだ。俺も、彼も情報を集める為にやって来たのに、俺の命を守るお前が、その役目を放棄したら、どうなる?」


 そうなった場合が容易に、映像として浮かんでくる。



 ゴーレムの打撃が、まともに俺の体に当たっていたら。

 俺は動けなくなり、追撃していた奴らに、間違いなく襲われている。

 そうなれば2人も、モーリーさんも、無事に戻れたのか、分からない。


 いや───。

 4人全員が、二度と日の目を見る事無く、息えていたのかもしれない。

 あのくすんだ、土のような色になった、体になって───。



そうなる事が、しっかりと分かっている以上。

ただ、彼の言葉に頭を下げるしか、今出来る事は、無かった。


「・・・・・・すいません」

「あの2人も、それを承知でこれを受けているんだ。助けてやりたい、という気持ちはそれでいい。だがな、常にいつでも、2つの事が両方出来るとは、限らないんだ」



 常にいつでも、2つの事が両方出来るとは、限らない───。



胸の中に引っ掛かったその言葉を、飲み込みながら、フッと、頭を上げる。

あの2人も、彼の言葉にだまったまま、こくりこくりと、頷いていた。

モーリーさんは少しだけ、悲しそうな顔をしている。



 過去に、その両方を出来ない結果を、味わってしまったから。

 アールには、そんな思いを、させたくはない。



そんな事を、言うような表情で、俺の顔を見つめている。


「常に、いつでも・・・・・・」

「ああ。時に犠牲ぎせいが出る事も、受け止めなければいけない。そういう気持ちもな、持っておかなきゃ、いけないんだ」


 そうつぶやきながら、彼は小さく頷いている。



 何かを守るには───。

 時に何かを、犠牲にしなくては、いけない────。



頭の中に浮かんだ、二者にしゃ択一たくいつという言葉が、重くのしかかってくる。



 今回は、皆無事で帰って来られたが・・・・・・。

 もし、自分がゴーレムの攻めをかわしきれずに、捕まっていたら・・・・・・。


 笛を吹くのが、遅れていたら・・・・・・。

 2人を助ける前に、ゴーレムにやられてしまったら・・・・・・。


 残っているのが、俺だけになっていたら・・・・・・。



再び頭の中に浮かぶ、あの時の映像。

克明こくめいになったそれは、ずわっ、ずわっと、次から次へと、ダメだった時の様子へと変わっていき、ちかちかと光りながら、広がっていく。



 俺は・・・・・・俺は・・・・・・。

 もしそうなったら、俺は・・・・・・。



「アール?」


 モーリーさんの呼びかけがこえて、ハッと、意識が引き戻される。

視線を彼に戻すと、普段の落ち着いた表情に、なっていた。


「もう怒っていないから。終わった事だ、これ以上落ち込むな。お前の助けが無かったら、2人も無事に帰って来られなかった。俺も、笛の音が聞こえる前から敵の動きには気をつけていたし、いつでも逃げる準備は出来ていた」


 彼はそう言いながら、ポンと、肩を叩いてくれる。

もう気にするな、と言うように。


「だから、もういい。お前が今日の事を、忘れなかったらいいんだ。こんな事、これからずっと、いくらでも出てくる。その時にはちゃんと、判断出来たらいい。分かったな?」


 こくりと頷いて、真っ直ぐな目を向けてくれるモーリーさん。

彼の目に、俺は言葉を返せない。

ただ、頷き返すしか、俺には出来なかった。


「2人とも、昨日からありがとう。それじゃあ報告して、食事にしようか」


 そう労うような言葉をかけながら、2人と共に、彼はその場を後にしようとする。



 これからも出てくる、二者択一・・・・・・。



去り行く彼の背中を見ているうちに、また浮かんできた言葉。



 その二者択一を突きつけられて、他に取れる手段が、無くなった時。

 俺はちゃんと、選びきれるのだろうか?


 突きつけられた、その中で。

 本当に大切なものが、大切なものと並べられて、突きつけられた時。

 ちゃんと、落ち着いて───。



「おーい、何突っ立っているんだ。そこで待つか?」

「えっ」


 パッと、聴こえてきたモーリーさんの声に、また意識を引き戻される。

気がついた時には、ジョック隊長の居る部屋のすぐ近くにまで、辿たどり着いていた。


「アール、今日はもういいからな。昨日から頑張りめだ。何かあっても大変だろうし、先に戻って、休んでおけよ」


 そう言って彼は、部屋の中へと入っていった。



 そうなのかな。

 俺、疲れているのかな・・・・・・。



と思いながら、肩に手を当てて、グルグルと回してみる。

腕を回しながら、もう一度さっきの言葉を、頭の中でつぶやく。



 俺に、その二者択一・・・・・・。

 しっかり選びきれるのかな・・・・・・。


 俺には出来るのか・・・・・・。

 出来ないまま、終わってしまうのか・・・・・・。



そう、胸の中で呟きながら、グルグル、グルグルと肩を回していく。

答えの浮かばないまま、ふと視線を3人の入った部屋に向けてみると、窓からは、んだ朝日が差し込んでいた。



 今は、まだいい。



そう言うように、さんさんと。




 -続-

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