第16-1回「強行偵察」


 初めてヘクト11のとりでに来た、次の日。

再び役目が、俺の元へと舞い込んできた。

その役目は、荒れ地をはさんで川近くにそびえ立つ、かつての拠点きょてん

敵にうばわれたままになっている、ヘクト10の砦を強行きょうこう偵察ていさつしろ、というものだ。

その内容は、まだ日が昇りきる前の、朝の早い頃を見計らって陣地のすぐ近くまで接近して───。

増強の有無うむ詳細しょうさいな敵の動きを把握はあくしてくる、というもの。



 聞いただけでも危険だと分かる、任務。



その危険性は、ホーホックの森でやった偵察よりも、もう一段階キツいものだと、モーリーさんは昨日、内容を伝えてくれた時に、あわせて教えてもらった。

まだ、空に紫色の広がりが残っている中。

背丈せたけほどに伸びた草むらや、あちこちに点在てんざいする木々に、身を寄せていき、少しずつ、少しずつ、向こうに見えている砦にまで、体を近づけていく。

今回の偵察も、俺とモーリーさんに加えて、昨日の敵偵察の撃退げきたいに動いてくれた2人による、2つのペアによるもの。



 今回の強行偵察、誰が行くか。

 行ってくれた者には、それ相応そうおう報酬ほうしゅうが出るが、どうだ。



昨日の、日が落ちきる前に俺達、遊撃班を集めて、砦の隊長であるジョックさんが、話していた光景が、頭の中に映し出される。

その時も、率先そっせんして動く者は最後まで現れず、きのまま、撃退に動いた組み合わせのメンバーで、今回も動く事となってしまった。

あの時に浮かべていた、2人の苦い表情と。

モーリーさんが珍しく見せた、暗い表情と共に、こぼれ出た言葉が、再び頭の中に、響いてくる。



 すまないな、アール。

 俺なんかと来たばっかりに、こんな危ない目ばかり、わせてしまって。



あの時はつい、彼をこれ以上暗い気持ちにさせてはいけないと、つい明るく振る舞ってしまったが───。

向こうに見えている砦の陰影が、少しずつ迫ってくるたびに。



 俺も、本当はこんな危ない所に、足を踏み入れたくはない。

 リリスとした約束を、ちゃんと果たして、この砦を後にしたい。


 彼女を、みんなを───。

 悲しませるような結果には、したくない。



そんな言葉がふつふつと湧き上がっていき、胸の中が押し潰されるように、苦しくなっていった。

遠くに見えていた土のつつみは、少しずつ、大きくなり、その向こうに見えている影が、より鮮明なものへと、なっていく。

2つの砦の間にある緩衝かんしょう地帯ちたいを、ずんずん、ずんずんと歩き進んでいくうちに。

とうとう、地帯の最深部、ヘクト10のすぐ側にまで、足を踏み入れてしまった。



 この先にはもう、身をさえぎられそうな物は、無い。



身をひそめている草陰の先では、敵の見張りが、ぽつぽつと立っている。

眠たそうに欠伸あくびをしたり、退屈しのぎに何かを話しているゴブリン共が、ぽつぽつと。



 ただ、向こうの様子を、うかがっている。



それだけなのに、胸がばくばくと、破れそうな勢いで音を立てている。

息を吐く度に、かちかちと顎が音を立てて、腕がぷるぷると、震えた。

自分の周りに居るのは、モーリーさんと、仲間の2人だけ。

後は点在する、小さな背丈の草があるばかり。



 味方は、どこにも居ない。

 もしも───。

 もしも奴らに、見つかったら───。



考えたくも無い、最悪の事態に、背筋がぞくりと波立つ。



 無事に、帰れるのかな・・・・・・。



はあ、と息を吐いて、ギュッと目を閉じた瞬間。

横から、声が聞こえてきた。


「向こうに、空堀があるのが見えるか」

「えっ」


身をせているモーリーさんが、そう言いながら、向こうを指差している。

その先には、彼の言う通り、敵陣営の手前に、掘り下げられた窪地くぼちのような場所が、広く横へ伸びているのが、見えていた。



 いったい、これからどうするつもりだ・・・・・・。



固唾かたずを飲んで彼に目を向け直すと、予想もしていなかった言葉が、飛んでくる。



「ギリギリまで行って動きが見たい。アール、奴らが動いたらこれを吹け」


 返事をする間もなく、小さな骨のような物で作られた笛を、手渡された。

どういう事ですか、と聞くひまも無しに、矢継やつばやに言葉を続けられる。


「お前は何があっても、ここを動くな。俺がこっちを向いたら、敵と目が合ったら、それを合図にためらわずに笛を吹け。その時だけに、意識を集中させろ。俺の言っている事、分かるな」

「えっ、いや・・・・・・」


 くわしい説明を聞くすきも与えらないまま、彼は身を低くして、小走で堀の方へと向かっていく。

手を伸ばそうとした時には、ぱすんっと胸を地につけて、腹這はらばいになった状態で、堀の中へと、その体を沈めていた。



 ど、どうしよう・・・・・・。

 笛を吹けって言われても、こんなの吹いた事も無いぞ・・・・・・。



助けが欲しいあまり、つい、向こう隣の草陰に身を潜めている、2人に目を向けてみる。

2人は2人で、ヒソヒソと何かを話しており、モーリーさんの動きや、敵陣営の様子を気にしているばかり。

俺の不安げな表情には、目もくれる気配すら、無い。


「う、ううっ・・・・・・」


 唐突にぶつけられた臨戦体制と、彼から押し付けられた命の支えに、ますます胸が押し潰されていく。



 吐きそうだ・・・・・・。



声を上げたくなりそうなほど、胸の高鳴りが、大きくなっていく。



 もう、逃げたい・・・・・・。



荒くなる息を必死に抑えながら、フッと敵陣営の方へ、目を戻す。



 奴らは、まだ気づいていない。



張り裂けそうな胸をさする俺と裏腹に、悠長ゆうちょうな雰囲気をかもし出したまま、ボーっと見張りを続けている。

モーリーさんのそれからが気になり、ちらりと目線を上げてみると、空堀の中で身をつけたまま、外の様子を窺いつつ、手に持っている紙のような物に、何かを細かく、書き込んでいた。

もう一度目線を、砦の方へと戻すが、まだこちらの動きに、気づいてはいない。



 ・・・・・・あれ?

 思っていたよりも、大丈夫なのかな・・・・・・。



奴らの様子をゆっくりと観察しているうちに、だんだんと心音は静まり、吐息も落ち着いてきた。

耳をでる、風のそよぎを感じる余裕よゆうすら、生まれてくるほどに。



 あの様子だと、もうすぐしたら終わるのかも・・・・・・。



言われずとも、場にただよってくる空気がそれとなく、偵察の完了を、ひしひしと伝えてくれ始めている。

陣営を、空堀を照らす空の色は、だんだんと、少しずつ明るくなってきた。



 この偵察、なんとか無事に、終われるのかもしれない・・・・・・。



そう考えた、その時だった。

ふと、隣向こうの茂みで、何か動きがあったような、気がしたのだ。

ハッと目を向けてみると、2人がより敵陣近くにまで、ジリジリと迫って、岩陰に身を隠し、向こうの様子を窺おうとしている。



 空堀のすぐ近く、不自然な位置に積まれた土塁どるい

 それがなぜか───。

 敵の仕掛けた罠のような気がして、ならないのだ。



堀の中の彼と、2人の様子に目を配りながら、砦の様子を注視していると。



 その土塁が───。



動いたような感じがしたのだ。

うん?と思い、もう一度、2人の方へと、目を向けてみる。



 間違い無い。

 片割れが土塁に、手を付けた瞬間。

 『それ』がグググと、動き出していた。



 あっ、ダメだ!



声が出そうになった時には、それはもう起き上がり、2人を包み込もうとしている。

敵陣営に目を戻すと、ゴブリン共は明らかにそれを注視しており、今にも動き出そうとしていた。



 知らせないと!!



気がついた時には笛を握って、強く、勢いよく、吹いていた。



 キィーーーッ!!



耳を破りそうなほどに、甲高くけたたましい音が、辺りに響く。

音の後にはモーリーさんと、向こうに居るゴブリン共の視線が、パッと俺の方へと向けられていた。

その視線に構う事なく、2人に目を向け直すと、彼らはもう土塊の怪物に、襲われかけようとしている。



 そこからは真っ白で、何も浮かんでこなかった。



 腕を振って走り、化け物と2人の間に、って入ろうとして───。

 2人の片割れに対して、つかまれようと振るわれた、それの腕をかわす為に───。

 突き飛ばして、後ろに下がっていき───。



気がついた時には、化け物と彼らの間に、俺は立っていた。


「逃げて!」

「ひいっ!!」


 返すように腕を止めて、振り下ろしながら、俺を掴もうとする土の塊。

腰の剣を抜いて、それに押し当てはじき返す。

ぐわんと響く、強烈きょうれつな震え。



 ダメだ!

 俺では、勝てない!



その震えで、土の化け物の腕が、恐ろしいほどの硬さだとすぐに分かり、俺の中の俺が、叫び声を上げていた。

間合いを取ろうと、1歩退しりぞきかけた時。

掴むような腕の振り下ろしが、再び俺に、襲いかかる。



「アール、逃げろ!!」


 向こうからこえた、モーリーさんの叫び。

戦いの中で、ハッと意識が戻る。



 こいつは倒さなくていい。

 目的は、もう果たされたんだ。



もう片手で刃を支えながら、奴の掴みを受け弾く。

また、ぶるりときた振動に負けないよう、虚空こくうへと逃すように振り下ろしてから、腰に剣を収め直す。

モーリーさんは一目散いちもくさんに、もとた砦に向けて、腕を振って走りだしていた。



 俺も身をひるがして、砦に走ろうとした時───。

 ふと、ゴブリン共が来ている、砦の向こう───。

 敵陣の、そこで、腕を動かす、黒衣をまとった人の姿が、目にまった。



「アール!!」


 また聴こえてきた、モーリーさんの声。

あの2人は既に、砦に向かって脇目も振らずに、走っている。

俺も、その背中だけを見つめるように、その向こうへと手を振り、足を振り上げた。



 この勝負、今は受けられない。



走りながら浮かんできた、そんな不思議な言葉を胸に。

はるか後ろから迫ってくる、まとわりつくようなものを振り払うように。

俺達を待つ砦に向けて、走り続けていった。




 -続-

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