第15-3回「激戦地の憩い」


 空高く昇った白いは、絶え間なく押し寄せてくる雲に飲まれて、チラチラと見えたり、隠れたりを、繰り返している。

ヘクト11にやって来た、初日しょにちだったが───。

いきなりの仕事を、なんとか無事に終える事が出来た。

モーリーさんも、自分も、他の2人も、大きな怪我けがは無い。

偵察に来ていた敵が、ゴブリンばかりだったのも幸いした。

不意をついて2体を叩くと、向こうはすぐにづいて、その場から逃走。

結果的に、俺達の戦闘は大きなものとはならず、五体満足で、再びとりでに帰ってくる事が出来た。


「アールどうした。早く入れ」

「えっ、ああ、はい!」


 また周囲の目も忘れて、ボーッとしてしまった。

モーリーさんの声で、ハッと我に返ると、すぐにその側へとけ寄り、中へ足を踏み入れていく。


「俺が報告しておくよ。先に戻って、休憩きゅうけいしていてくれ」


 一緒に戦ってくれた2人組に、モーリーさんが声をかけている。


「そうか、悪いな」

「じゃ、お先に。俺もう腹減って仕方ねえよ・・・・・・」


 その言葉を、自然な様子で受け取った2人は、笑いながらその場を去って行く。

その姿を見送っていると、モーリーさんが振り返り、また口を開いた。


「アール、お前も先に行って休んでろ。遠慮えんりょしなくていいから」

「えっ」


 彼の言葉に上手く言葉を返せず、ついその場で、立ちすくんでしまう。



 どうしよう・・・・・・。

 ちょっとだけ側に居て、報告の様子を見ておきたい気持ちも、あるけれど・・・・・・。



なんて考えながら、返す言葉に迷っているうちに、ポンと肩を叩かれ、さらに言葉を重ねられた。


「いいから行け。別に大した事じゃない。そんなに気になるのなら、誰に言ったらいいか、とか。そういうのはまた後で、ちゃんと教えてやるから」


 そう言いながら、行きなよ、と言うように、ポン、ポンと軽く肩を叩いてくれている。



 気をつかって、そう言ってくださっているんだ・・・・・・。

 それなら、ここは彼の言葉に従って、甘えさせてもらおう。



「じゃあ、すいません。お先に失礼します」

「おう。しっかり食べて、ちゃんと休んでおけよ」


 彼はそう言いながら、部隊長達が居るであろう、本部のある部屋の方へと足を進めていった。

去り行く彼を見送りながら、ふとお腹に手を当ててみると、忘れていた空腹感が、ポッとよみがえってくる。



 ああ、腹減ったな。

 初仕事・・・・・・なんとか終える事が、出来て良かった。

 よし、俺も食事にしよう。



緩んだお腹をさすりながら、どこからともなくただよってくる、かゆにおいを頼りに、広間の方へと、足を進めていく事にした。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「ありがとうございます」

「どういたしまして!見ない顔だね、新入りかい?」

「今日からなんです。遊撃の穴埋め役で移って来ました」

「そうかい!頑張るんだよ!」


 配給担当の方との会話をはさみながら、ニンジンや菜っ葉の混じった雑穀ざっこくがゆを受け取る。

お昼の食事時は既に過ぎており、食事スペースに目を向けてみると、さっきの2人組以外には、8人ほど座っている程度だ。

にぎわいも無く、静かな空気が流れているせいか、広い食事スペースが、より広く感じられる。



 さて、どこで食べようかな。

 とりあえず、さっきまで一緒だった2人の近くに、座らせてもらおうかな。



選び放題の中、そんな事を考えながら足を運んでいると───。

その途中で突然、声が飛んできた。


「あんた、誰かと食べるのか?」


 声のした方へ視線を向けてみると、短髪の、活発な印象をまとわせた人が、胴当てを付けたままの状態で、すぐ向かいに腰掛けていた。


「えっ、い、いや・・・・・・」

「じゃあ、ここ座んなよ」


 そう言いながらニカリと笑って、すぐ側の空いた所へと、その人の目が動く。

特に断る理由も無かったので、そのまま『彼』と対面するように、そこへ腰を掛ける事にした。


「あんた、見ない顔だな。今日からなのか?」

「うん、欠員が出たみたいで・・・・・・。ホックヤードから呼ばれて来たんだ」


 粥を口に運びながら、彼の言葉に返事をしていく。


「へえ、ホックヤード・・・・・・。そういやつい最近、敵の拠点を取り返したらしいけど」

「うん。俺も、その取り返す部隊に加えさせてもらってね。その、森攻めがようやく落ち着いたから、今回ここにまわされてきたんだ」


 彼も、ニコニコと笑みを浮かべながら、残っている粥を口に運んでいる。


「そうか、大変だな。お互い、あまりこんめないようにしないとな」

「うん。無理しちゃいけないって、俺もここに来る前に、口酸っぱく言われたし。気をつけないとね」


 頭の中にまた、あの時のリリスの顔が浮かんでくる。



 無理はしちゃいけない。

 自分の範囲で、やれる事をやろう。



もう一度、胸の中でそうつぶやきながら、粥を口の中に持っていく。

目の前の彼は、残りの分を勢いよくき込んでいき、おわんの中をからっぽにしていた。


「ごちそうさま。あたしはもう行くよ、じゃあな!」


 そう言いながら立ち上がり、目の前のは、その場を離れようとする。



 うん・・・・・・?

 『あたし』・・・・・・?

 まさかこの人は、男の人、・・・・・・?



去り際に聞こえた一人称が、コツンと頭の中に、引っ掛かる。



 認識を間違えたままにしておくのは、失礼過ぎるよな・・・・・・。



鎌をかけるつもりでは無いが、自己じこ紹介しょうかいも兼ねて、少しだけ違和感の正体を暴くべく、確認をしてみた。


「俺、アールっていいます」


 差し伸べた手を、グッと握り返しながら、その人は答えてくれた。


「ホリー・ローマンだ!お互い、配置場所は違うけど、頑張ろうな!」



 伝わってくる感触に、声の調子と、名前───。

 ああ、良かった・・・・・・。

 失礼のある前に、少しでも早く、気づく事が出来て。



「どうした?」

「い、いや!こちらこそ、よろしくお願いします」


 怪訝けげんな表情を浮かべながら、からになったお椀を手に、ホリーはその場を去って行く。

ホッとしたのも束の間、聞き馴染なじみのある声が、飛んできた。


「アール、随分ずいぶん話していたな」


 声の主、モーリーさんが気がつかないうちに、ななめ向かいの席に着いていた。

手に持っているお椀の中身も、自分のそれと比べて、うんと少なくなっている。

どうやら、つい長々と、自分は彼女と話し込んでいたらしい。


「す、すいません」

「もう残っていないからな。お代わりするなら、早くしろよ」


 そう言いながら、残りの分を流し込むように、ガツガツと掻き込んでいっている。

そんな彼に、ふと声をかけてみた。


「あ、あの。モーリーさん」


 なんだ、と言うような目を、ギョロリと向けられる。


「その・・・・・・。見た目で判断したら、ダメですね」



 先ほどの、彼女の事も───。

 怖いと言われていた、モーリーさんの事も。


 印象だけで決めていたら、誤解をずっと抱えたまま───。

 気づく事も無く、もやもやとしたまま、接する事になっていたのかもしれない。


 ちゃんと確認して、相手の事を知って───。

 誤解の無いまま、自分は接する事が出来て、良かった。



そんな思いを込めながら、笑みを混じえて話しかけてみる。

モーリーさんの声は、すぐに返ってこない。

目をらして、少しだけほほを緩めたかと思うと、また俺に向かって、目線を合わせ直してくれた。


「まあ、百聞は一見に如かず、と言うくらいだからな。なんでも見てくれだけで決めつけたら、ダメだろ」


 そう言いながら、彼も微笑をたたえ返してくれた。



 何気ない会話。

 戦いの合間に見えた、いこいの瞬間とき



ゆったりと流れたひと時に、俺の頬も、思わず緩む。


「さ、急げよ。あまりゆっくり食べている時間は無いぞ」


 彼はそう言って、いそいそとお代わりを貰いに行ってしまった。

周りに目を向けてみると、まばらに居たはずの人の数も、うんと減っている。

自分以外に食べている人達も、皆、あと少しで食べ終わろうとしていた。



 こうしちゃいられない。

 少し長々と、居座り過ぎた。



スプーンをにぎり直してから、残りの粥を口の中へと掻き込んでいく。



 知見ちけんして、面と面を向き合わせて───。

 一つだけじゃなく、色んな情報を加味して───。

 正しい、ちゃんとした根拠に基づいた、判断を持っておく。


 それをする為にも、分からない事があれば、ちゃんと聞いて、ちゃんと確認しておく。

 それが何よりも、人と接する上で、大切な事なんだ。



そう、心の中で呟きながら、ぬるくなった野菜粥を、食べ進めていくのだった。




 -続-

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る