第17-2回「力尽きる(終)」




 揺れる───視界が揺れて、砂埃すなぼこりが舞っている。



目の前を走るモーリーさんからだけじゃない。

向こうに見えている敵の拠点『ヘクト10』からも、砂埃が地鳴りのような音と共に舞っている。



 壊してやる───何もかも奪ってやる。



気迫と共に、地鳴りがどんどん近づいてくる。

それでも、俺達はなんとか、目的にしていた緩衝かんしょう地帯に区分されていた2段目に当たる、『B2』の岩陰に辿たどり着く事が出来た。

中腰になりながら、真っ赤な玉を両手に抱えて、もう一度モーリーさんと、これからの流れについてり合わせ直す。


「大丈夫か、ここからが大変だぞ」


 彼の言葉にうなずき返す。


敵の進路を断つ為に、これから展開していく魔法防衛術『炎陣えんじん』。

これから持って運ぶ宝玉を、線になるよう地面に置いていき、間髪入れずに鏑矢かぶらやをその玉の間に飛ばしていく。

それから、間を埋めるように、落ちた鏑矢目がけて木矢を飛ばす。

そして、続けざまにを打ち込んで、とりでの中に居る魔法の使い手が宝玉と意識をつなげ、木矢を燃料に火柱を巻き上げていく。


このような手順を踏んでいき、相手の進路を潰していく防衛陣。

それが、『炎陣』なのだ。


「お前の目標はあの岩だ。1つ目をやってからと、もう1つを置いてからと、そのたびに1回ずつ『砦に見える』よう、手を挙げろ。後は味方がなんとかしてくれる」


 流れをしっかりと確認するように、頷き返す。

その動作を確認するように、見つめ返すモーリーさん。

彼はさらに、言葉を続けてくる。


「終わったら、俺の所まで走れ。奴らに潰されないよう、援護えんご頼むぞ」


 流れはこうだ。


 まず、すぐここに俺が持っている物を1つを置く。

 それからすぐに、左手向こうに見える岩『A1』にもう1つを置いてから手を挙げて、そして右手向こうに走っているモーリーさんの元に寄っていく。

 後は、周りに寄ってくる敵の露払つゆばらいを担当する、という事だ。


あくまでこの魔法陣は、敵の進路を潰して時間を稼ぐすべでしかない。



 後は砦から出撃する、迎撃げいげき班に任せる───。

 その迎撃を少しでも有利にする為にも───。


 俺はこれから、やらなければならないのだ。



ちらりと目を動かすとあの地鳴りは、もうすぐそこまで迫っている。


「いくぞ」


 立ちはだかる喧噪けんそうの中で、フッと聞こえた彼の低い声。

もう猶予ゆうよは残されていない。


「よし、頼んだぞ」


 黙って頷き返し、片手の宝玉を味方に見えるように置いて、すぐ左に身を切り返して地面を蹴り上げた。

脇目も振らずに、見えている岩だけを目指して、空いた左手を振って、振って走る。



 まだ───。

 まだ───。


 よし!



割れないように、転がらないように、味方から見える場所でかつ、岩で敵の攻撃を防げる所を探して置いた。

そしてすぐ、砦に向けて空いた右手を挙げてみせる。

ふとモーリーさんに目を向けてみると、彼はまだ『C2』、目標の低木まで辿り着いていなかった。



 関係ない。

 手順通りに、やる事をやればいいんだ。



すぐさま、小さくなった彼の像を捕まえるように、再び地面を蹴って諸手を振り追いかける。

耳の奥から聞こえてくる、荒れた息。

もうすぐで、さっきまで話していた『B2』の岩に追いつくというところで、ひゅっ、と風を切ったような音が小さく、後ろから聞こえてきた。

それからすぐ続いて聞こえてくる、地面を叩いて、枝が折れような音。



 1線目の炎陣が、展開される。



見えずとも分かる、魔法陣の立ち上がりに、ますます気持ちがたかぶってくる。

大きくなっていく彼の姿と比例するように、痛んでくる脇腹。

見えていた敵の砂塵さじんは、もうすぐそこまで、砦目がけて突っ込んでくる先頭の姿が、分かるくらいにはっきりとしたものになっていた。

モーリーさんがようやく、右手から下ろして1つ目を設置して合図をする。



 風を切る矢の音が、すぐに聞こえる。



一瞬後ろに目を向けてみると、最初に置いた場所と一番向こうの岩陰へ、しっかりと火が燃え上がり、線になっていた。

間もなく彼の置いた宝玉と、その火柱を結ぶようにばらら、ばららと矢が叩きつけられていく。



 炎陣は展開出来ている───。

 ちゃんと役目は、果たせている。



敵がもう眼下がんかにまで迫っているのに、湧いてくる希望の文字。

すぐに目を戻して、彼に追いつこうと手を振るが・・・・・・。



 ダメだ───彼の足では、3つ目の線が間に合わない!



火中に突っ込めない敵影は、空白地帯目がけてどんどんどんどん、流れ込んでいく。

5歩前向こうを懸命に走っているモーリーさん。

だが、彼の足では炎陣を展開する前に、2段目の防衛線は突破されてしまう。



 彼に任せたままでは───ダメだ!

 でも、俺なら・・・・・・間に合う!



「モーリーさんください!」


 叫び声に振り返った彼は、ざざざと足を止めてもう1つの玉を手渡してくれた。

彼も走りながら薄々うすうす、自分では間に合わない事を、察していたのだろう。

差し出されたそれを、両手で受け取りすぐ右に抱きかかえて、目印であろう大きな岩陰目がけて腕を振り続けた。


「無理するな!途中で置いてもいい!」


 後ろから、切れ切れに聞こえる彼の叫び声。



 大丈夫です、いけます!



心でそうつぶやき返し、大岩目指して走り続ける。



 腹から、何かが込み上げて、出てきそうだ。

 足を懸命に上げて走っているのに、どんどん地面に吸われていくような感じ。


 明らかに、最初に置いた時より、俺は走れていない。

 でも、あと少しで辿り着ける。



 目標の岩が、もうすぐそこだ。

 左から突っ込んでくる、ゴブリンの姿も───。


 3、2、1───!



左手で岩をつかみ、陰と日に照らされる部分の境目に玉を置いて、右手を挙げる。



 挙げた瞬間───奴の生温なまぬるい、ギラギラとした気配が───。



飛びかかってくるのを感じ取った。


「ギアャッッ!!」

「ちいっ!」


 まず1体、剣を抜いた流れで突っ込んできたゴブリンを薙ぎ払う。



 だが、そこからがまずかった。



1体なんてもんじゃない・・・・・・。

その後ろから3、4・・・・・・と列を成して飛びかかってくる。



 ギョロリと目に写った、それを防ぐにはあまりにも貧相な、自分の姿。

 背中を走る、死の寒気。


 ああ・・・・・・やられた。



にぎり直してもう1体、とぎ払うが───。

すぐに強い衝撃が、腹目がけてガツンと響く。



 剣を握れない・・・・・・。

 いや、離してはいけない!



広がっていた群影は下に、地面と共に消えて空が広がっていく。



 足に、腕に伝わってくる奴らの重み。

 蹴り上げ、腕を振るが間に合わず右の足に、痛みが走る。


 肉を、その奥にある硬い物を砕かれるような、痛み───。



どんどん空が、奴らに埋められていく。



 太ももからは鋭い、突き刺されたような痛み。


 当て物の無い肩が、えぐられるように、噛まれて持って行かれそうになる。

 首を、顔をちぎられそうに───。


 もうこれ以上、目を開けられない。



「うあああああああああ!!!」


 グッと目を閉じて、手に力を込めて剣を振り回す。

真っ暗な中で、止まる事の無い、あらゆる場所からの激痛から逃げるように、懸命に、懸命に・・・・・・。




 いくら振っても、痛みも、重さも無くならない。




 俺───俺は、もう・・・・・・。




ハッと暗い中が、明るくなる。

奴らの重みが、すぐに無くなった。


「アール!しっかりしろ!!」


 モーリーさんの声が聞こえる。

ぼやりと写った、向こうを見て、俺をのぞき込んでいる彼の姿。

その向こうに見える、青い空───。


「しっかりしろ!!しっかりするんだ!!」


 彼は必死に、さけんでいる。

耳に入ってくるのは、止まる事の無い無数の足音と、人の気配。



 ああ・・・・・・味方が・・・・・・。

 迎撃班が・・・・・・来てくれたんだ。



モーリーさんの姿だけじゃない。

白い布を巻いた人の顔が、今度は目に写る。


「よく頑張ったな!もう大丈夫だからな!」


 彼の、モーリーさんのほほが、緩んでいる。



 なんでだろう・・・・・・。

 なんだか彼の目が、うるんでいるような・・・・・・。



しばらくすると、白い布の人は何か棒で作られた物を持ったと思うと、すぐ横にそれを広げて、モーリーさんと話し始めだした。



 俺、どうなるんだ・・・・・・。



と思う間もなく姿が消えて空だけになると、ぐんと体が持ち上げられて、布の上に置かれたような気がした。

そして、体がそのままグワッと布ごと上げられてゆさゆさ、ゆさゆさと動かされていく。

揺れて、腕や足や、肩が布に当たる度にあの忘れていた、痛みがギシギシと響いてきた。


「もう少しだからな、頑張れよ!」


 足の方から聞こえてくる、彼の声。

どんどん俺の体が火柱から、集まる兵の気配から遠ざかっていくのが分かる。



 俺、助かった・・・・・・のかな。

 もうダメだ、目が重くて・・・・・・肩も足も痛くて、身動きがとれない。


「おい!!待てまだ寝るな!!しっかりしろ!!」


 彼の叫びが、どんどん遠くなっていく。




 遠く、遠く・・・・・・暗くなっていく。

 ああ、彼の声だけじゃない・・・・・・皆の姿が、どんどん遠くなっていく。




 スタックスさんも、ディアナさんもトミーさんも・・・・・・。

 セシリーも、エディさんも・・・・・・。




 リッちゃん、ごめん。

 ちゃんと無事に、帰ってくるって、言ったのに・・・・・・。




暗闇の中で、ポツリと呟く。

それからはもう、何も見えなくなり、何も聞こえなくなっていた。




 -終-

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る