第18-1回
・・・・・・。
見える───見えてくる───。
俺だ───俺が───。
見た事も無い場所に───見た事も無い兵達と───。
一緒に、戦っている。
いや・・・・・・。
見た事が無い場所じゃない。
俺が戦っている場所は、初めて目覚めた時に居た、あの場所じゃないか。
班のようにまとまった兵の居る場所へ、大柄な化け物が突っ込んでいき、その後ろからゴブリン共が群がり、襲いかかってきている。
引きつけるように後ろを確認しながら走って、襲われている者。
上手く味方の居る所に合流して、弓矢の援護を受けている者。
遙か遠くに大きく、大きく連なって広がる山々。
明らかに、劣勢───。
押されている人の部隊の、後方向こうに見えている川。
あの川は───そうだ、間違いない。
あの時に飛び込んで、溺れたあの川じゃないか。
その川の方に向かって、味方がどんどん逃げて、逃げていっている。
橋の架かる対岸には馬に乗った者や、旗を掲げて立っている部隊がずんと広がっていた。
もう、勝ち目は無い───。
懸命に残っている兵が戦って、逃げている者を援護している、が。
どんどん追いつかれて、襲われている。
ああ・・・・・・。
橋が、橋が壊されている。
真ん中の当たりから槌で、手を伸ばして駆け寄る味方に構う事無くがんがん、がしがしと壊されていく。
助かりたいが為に跳び上がって、橋を越えられた者。
流されている者。
ひと通り破壊出来たところで、槌を持つ彼らは対岸にまた近づいて、またお構い無しにがしがし壊していく。
辺りに他に渡れそうな、進路になりそうな物は見当たらない。
なるほど・・・・・・。
ああやって、どうしようも無くなった時は敵の進路を断って、仲間の犠牲を払ってでも侵攻を食い止めるんだな。
溺れていく者───群がられて、もがく者───。
宙に浮いたまま、なぜか落ち着いた気持ちでゆっくりと、人が魔物に敗れていく様子を眺める事が出来た。
そうだ・・・・・・。
そういえば、俺は、どこへ行った。
違う───あれじゃない、あれでもない・・・・・・。
見える人、見える物に違う、違うと言っていきながら目を向けていく。
俺は───岩陰に隠れて、身を小さくしながら震えていた。
少しずつあの時が、あの恐怖が、蘇ってくる───。
そうだ、俺は・・・・・・。
母さんに黙って、楽をしたいが為に金を借りて、さんざん遊びほうけて・・・・・・。
忠告にも、苦言にも耳を貸さずに・・・・・・。
親父が死んで、残された小作の役目も面倒でやりたくないからと逃げて、遊びつつけたばっかりに・・・・・・。
とうとう借金を返す術を失って、返済の為に前線部隊に売り飛ばされて・・・・・・。
ここに来たんだった。
ハッと視線が、意識が岩陰の、あの光景に戻される。
もう俺は、宙に浮いて、周りを見ていない。
見つからないように、震えて、震えていた。
あの時は、こうなった事を助けてくれなかった、地主のダヴィルさんや───苦言を呈するだけだった皆。
母さんに───助けてくれなかった皆に、怨みをぶちまけていたんだ。
でも───今はそれが間違いだった、と分かる。
いや───あの時も本当は、気づいていたのかもしれない。
こうなってしまった事は全部───自分が積み重ねてきた、自業自得の結果じゃないか、と。
だが・・・・・・気づけた。
ようやくここに来るまでの行ないが、全部自分のせいだったと、自分に言い聞かせる事ができた。
右、左と目を向けてみると、連中は逃げている他の者を追うのに気を取られていて、岩陰に潜んでいる俺に気づいていない。
今ならいける───逃げられる!
あの味方が逃げた、川の向こうへ逃げていける、と身をきろうとした時。
胸に、えぐられるような、突き刺さったような、感じが───。
「えっ」
刺さった───胸当てを貫通して、腕のように厚みのある剣が、ずぶりと。
剣を持つ、柄の方向に目を動かしてみる。
・・・・・・オークめ、ちくしょう・・・・・・。
胸の周りから伝わってくる、ぐちゃぐちゃと荒っぽくかき混ぜられるような、痛みと感触。
刺されている剣を引き抜かれた時には、もう体に動ける力は残っていなかった。
立てない・・・・・・もう、ダメだ。
くそぉ・・・・・・気づくのが、遅すぎた・・・・・・。
もっと早く、もっと早く気づいていたら・・・・・・。
ここに来る前に、自分の過ちに・・・・・・。
どんどん力が、腕に残されていた熱が抜けて、地面に吸い込まれていく。
瞼が下がって、下がって見える物が暗く、黒くなっていく。
ちゃんと、ちゃんと帰ったら・・・・・・。
皆にちゃんと、謝らないと・・・・・・。
もう何も見えないし───何も、感じられない。
また俺は、真っ暗な向こうに───戻されてしまったのだった。
-続-
忘却の勇者さま 吉田梅吉 @ume44yoshi
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