第1-3回「町へ」


 温かな、海藻かいそうの入ったスープも飲み終わり、片付けや身支度みじたくも済ませた俺達に、出発の時が刻々と迫っていた。

グラントさんに借りていた服も返して、まだ生乾きの衣裳いしょうに身を包んでいく。


「大丈夫かい?もう少し休んでからでも、俺はおらぁ良いと思うんだが」


 ひげの彼が心配そうに声をかけてくれる。

底の部分が乾いていないき物に足を通しながら、返事をした。


「もう大丈夫です。助けていただいて、ありがとうございました。お昼もいただけましたし・・・・・・本当に感謝でいっぱいです」

「彼が言っている事なんだし、私も付いている。心配いらないよ、ははは」


 俺の返事にスタックスさんも笑みを浮かべながら、言葉を添えてくれた。

渋い表情で腕を組む彼も、ふっとほほを緩める。


「そうか・・・・・・。ま、無理はすんなよ。まだみ上がりなんだからな」


 そう言いながら、納得したように彼はこくこくとうなずいている。

彼の頷きに、もう一度笑みを返した。


「お世話になりました。お昼も美味しかったです!服も貸していただいて・・・・・・」

「いや、なに。俺は出来る事をしただけだよ。気にしなくていいからさ」


 もっさりとたくわえられた髭を動かして、彼も笑みを返す。


「グランさん、また通りかかった時に寄っていくから。お礼はその時に」

「ははは!お礼なんかいいよ!もうすぐしたらアワビが解禁されるから、それ買ってもらった方が助かるわ!」

「うーん、あれ高いんだよ・・・・・・。しばらくは贅沢ぜいたく出来ないからなあ」


 彼の言葉に、また乾いた笑いを浮かべるスタックスさん。



 出発する支度は整った。



もういつでも行けます、と言うように、スタックスさんへ目を向けて頷く。


「よし、じゃあ行きますか。グランさん、知らせてくれて、ありがとう」

「お世話になりました!」

「気をつけてな!何か思い出せたらいいな!」


 髭の中から笑顔を覗かせるグラントさん。

ありがとうございました、と俺もこくりと一礼を返す。


「じゃ、行こうか」


 彼の言葉に頷きを返して、ニッコサンガへ向けて彼の後ろ姿に続いていく。

さんさんとまぶしい空の下、柔らかな砂浜と波の音に、しばしの別れを告げるように───。

ずんずんと、命を救われた漁村から記憶の手掛かりをにぎっている町、ニッコサンガへと歩みを進めていった。


「頑張れよー!」


 声のする方へ振り返ると、もうグラントさんは随分ずいぶんと小さくなっている。


「お世話になりました!」


 手を振る彼に、もう一度礼を返すと再び俺はスタックスさんと共に、足並みをそろえてニッコサンガへの道を進んでいった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 時おり吹いていた潮っぽい風も、少しずつ少しずつ、澄んだものへと変わっていく。

風が吹くたびに、生乾きの部分からひんやりとした感じが伝わってきた。

それでも、お腹にたぷたぷと詰まったあのスープが、ぽかぽかと体を巡っていき───。

自分でも分からない、本当の自分の事と、考えもつかない『ニッコサンガ』という場所に、胸がどくどくと高鳴ってくる。



 これから、何が起こるんだろう。

 今度は何が、自分を待っているのだろう。



分からない事だらけの中で、のどかに開けた道をずんずんと進んでいく。

恐怖も混じる、この高鳴りは。

少しだけ、化け物共から逃げて、一人真っ暗な川の中でもがいていた、あの時と似ていた。



 だが、今回はあの時とは違う。



この高鳴りの中には、知らない事を知る期待と、好奇心が詰まっていた。

そして今は、独りじゃない。

スタックスさんが側で、一緒に向き合ってくれようとしている。

その事実が不思議と、喜びと楽しみの感情をどくどくと湧き立たせてくれていた。


「・・・・・・どうした?私の方を見たりして」


 自分でも気がつかないうちに、斜め前を歩く彼をまじまじと見ていたようだ。

指摘されて、なんだか恥ずかしくなってくる。


「あっ、いえ・・・・・・。その、なんだかこれからの事が、わくわくして、つい」

「・・・・・・そうか!そう言われたら、私もなんだか楽しみになってくるな!」


 彼もにこやかに、言葉を返している。

じゃあ、行こうかとうながされて、俺達はまたニッコサンガへ向けて足を進め直す。

空は相変わらずさわやかに、青々と、目的の地まで広がっていた。




-続-

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