第1-2回
スタックスさんと、
涙が収まってくると同時に、目頭の熱さも徐々に冷めてきた。
「大丈夫か?」
「え、ええ・・・・・・。もう、大丈夫です」
グラントさんが肩を
まだ声に震えは残っているが、それでも頭は落ち着いてきた。
これ以上この二人を心配させちゃダメだ、と言い聞かせるようにゆっくり、ゆっくりと深呼吸する。
「とは言っても」
彼はスタックスさんを見ながら、重苦しそうに口を開く。
「自分の名前すら分からないとなると、ちょっとなあ・・・・・・。苦しいよなあ」
・・・・・・そうだ。慰めてもらいながらも結局、思い出せる事は一つも無かった。
自分の生まれた場所も、両親も、名前も・・・・・・。
力になれそうな事は何も思い出せなかった。
ただ、化け物共に追われて、一人川の中で
今はそれだけしか、思い出せない。
途端に申し訳ない気持ちが溢れてくる。
「いや、そうでも無いと思うよ」
彼の言葉に、思わず視線が向いてしまう。
彼は軽く頬を緩ませると、何かを手に取った。
それは
そうだ、あれは俺の腰に差してあった物だ!
ハッとなり腰に手を当てるが、ここでようやく自分の服装が、変わっている事に気がついた。
「ああ、すまんすまん。ずぶ濡れだったもんだから、こっちで着替えさせてもらったよ。いや、何も説明していなかったね、申し訳ない」
はははと笑いながら、彼は軽く頭を下げていた。
「ああ、いえ・・・・・・。自分もそこまでしてもらったのに気づかなくて、すいません・・・・・・」
「いや、いいんだいいんだ。勝手にこちらがした事なんだ、すまない。それにしても───」
そう言いながら、彼は入れ物に書かれている文字の部分を、軽く指でなぞる。
「君、ここに書いてある文字。読めるかい」
そう尋ねられて、ふと文字に目を凝らしてみる。
見つめながら、うーんと考えてみるが、何を書いているのか、さっぱり分からない。
「・・・・・・すいません。読めないです」
「そうか・・・・・・。グランさん、読めそうかな?」
「いや、うーん・・・・・・。読めそうなんだが、俺らんとこの字と、なーんか
髭の彼も、口角を
文字は空白を
読めない事は読めないのだが、じっと見つめているうちに、その文字は何かの名前のような気がしてきた。
「俺、読めないですけれど・・・・・・」
二人がうん?と言うように、こちらを見てくる。
「なんだか、何かの名前か、地名みたいな・・・・・・。そんな事が書いてあるのかな、って思いました」
この言葉に、スタックスさんの表情が晴れやかなものに変わった。
「なるほど、そうか!それなら綴りが見慣れないのも分かる」
「じゃ、これさえ分かったら、こいつがどこから流されて来たのかも、びたりと分かるって事か!」
「かもしれないな!よし、それが分かればどうにかなるかもしれないぞ!」
二人の表情が、みるみる明るくなっていく。
ああ、良かった。
俺、この二人の力になれた・・・・・・。
笑いながら俺の肩を叩き、互いの肩を叩いて喜ぶその姿に、
「それでスタやん、これからどうするんだ?」
髭を
「まあ、そうだよな。グランさんにこのまま彼を預かってもらっても、どうしようも無いだろうし・・・・・・。これから、彼の身元を調べてもらうついでに、そうだな・・・・・・。しばらく私の方で預かる事にするよ」
「えっ、いいんですか・・・・・・?」
思いがけないスタックスさんの言葉に、思わず聞き返してしまう。
名前も、身寄りも思い出せない自分を、しばらく
そんな事が出来るのかとつい疑問に思い、口に出してしまった。
「大丈夫だと思うぜ。なあ、スタやん。これからニッコサンガに戻るんだろ?」
「ああ。
ニッコサンガ────。
全く聞き覚えの無い言葉に、ふと思考が止まってしまう。
「あの、すいません。その、ニッコサンガって何ですか?あと、スタックスさんっていったい、何者なんですか・・・・・・?」
居ても立っても居られなくなり、つい話しを遮るように聞いてしまった。
地名の事も、彼がいったい何をしている人なのか、も。
「ああ、ニッコサンガはね、ここから川に沿うように山の方へ向かっていくと見える城下町だよ。私はそこで
「そうそう。スタやんはここ一帯を担当している
「いや、グランさん・・・・・・。ここらはダンフォード商会が主要で、私の
「何言ってんだよ!支部長なのは事実だろ?俺嘘は言っちゃいねえよ?」
「まあそうなんだが・・・・・・。私含めて七人だけのちっちゃな
何をしているのかは、聞かなかった方が良かったのかも・・・・・・。
またわちゃわちゃと言い合う二人の姿に、つい物腰が退けてしまう。
「すいません。変な事、聞いちゃったみたいで」
「いやなに。気にする事は無いよ、ははは・・・・・・」
こんなやり取り慣れっこだ、と言うように彼は乾いた笑いを浮かべている。
「まあ、なんだ。君の身分を照合する為にも、ニッコサンガには来てもらわないといけないんだ。それまでの間、仮の住まいだと思ってくれたらいいから」
「そうそう。俺の
グラントさんも彼の言葉に後押しをしてくれている。
彼らは好意を持って、自分の力になってくれているんだ。
彼らの気持ちをムダにしてはいけない。
俺は
「よし、これでひと安心ってところだな!じゃあ、そろそろ昼飯にでもするか!」
そう言いながらグラントさんは動き出す。
彼の動いた先には窓があり、そこからは
「もうそんなに経ったのか・・・・・・。どうだ、腹は空いているか?」
スタックスさんにそう話しかけられ、思わずお腹を
触ってみると、ひんやりとした感じが伝わった。
お腹が空いているのかどうかは、分からなかったけれど。
がちゃがちゃとした音や、グラントさんの楽しそうな独り言が聴こえてくるうちに、心がぽかぽかと温かくなってきたような気がしてきた。
「・・・・・・そうですね。昼食、楽しみです!」
「まあ、正直あいつの味は保証出来ないが・・・・・・。そうだ、せっかくだし私も手伝う事にするよ」
そう言って立ち上がる彼の姿に、不思議と前向きな気持ちが湧いてくる。
俺も何かしてあげなきゃ、という気持ちが。
「あ、俺も手伝いますよ!」
「なあに、気にしないで。まだ安静にした方がいいと思うし」
「いえ、手伝いたいんです!俺も手伝ってみたいんです」
その言葉に、少し固まるスタックスさん。
だが、すぐに頬を緩ませると、快く返事をしてくれた。
「分かった、無理しなくていいからな。出来る範囲でいいよ」
「すいません、ありがとうございます!」
「おーい、何してんだ?手伝ってくれるのか?」
彼が軽く
「あ、いえ!俺も手伝いたいんで、出来そうな事があったら言ってください!」
出来る範囲で、無理せずに。
それでもいいから、自分に出来る事で彼らの力になろう。
その気持ちを胸に、俺はグラントさんが昼食の準備をしている場所に足を踏み入れた。
彼が笑って出迎えるその場所は、さんさんとした光に満ちた、あたたかい
-続-
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