第1-4回


 <まえがき>

・説明回になります。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 ゆったりと雲が流れる、澄み切った空の下───。

左手向こうに川が流れているのが、小さく見えている。

俺は、自分が誰なのかという手掛かりを求めて、スタックス支部長と共に、城下町ニッコサンガへと足を進めていた。

潮の湿っぽさが混じる風も、すっかりと乾いたものになっている。

グラントさんと別れてから、かなりの距離を歩いたと思うのだが、相変わらず見えている景色は変わらない。

行手にはぽつぽつと小さな建物や木々、何かをしている人の姿が、見えては過ぎるを繰り返すばかりだ。

心なしか、彼の足取りも漁村を出た時より、早くなっているような気もする。


「すまない、かすつもりは無いのだが。身元の照会も、夜になってしまうと受け付けてくれないからな。もっとゆっくり行きたいのも、やまやまだが・・・・・・」


 彼は歩きながら、申し訳なさそうにつぶやいた。


「大丈夫ですよ。俺も早く、自分が誰なのか知りたいですし」

「そうか・・・・・・。君がそう言ってくれるのなら、心が軽くなるよ」


 俺の言葉に、彼も笑みを返してくれた。

また前を見据みすえ直して、足取りを止める事なく、ずんずんと歩いていく。

歩きながら、ふとある事が気になってきた。



 グランさんが言っていた、スタックスさんが傭兵業ようへいぎょうの支部長をしている、という事。



その傭兵業が一体何なのか・・・・・・少し気になってきたのだ。



 ダンフォード商会────いやあれは多分、スタックスさんとは関係ない。

 あの言い方だから、多分違う。


 この人はいったい、どういう事をしている人なんだろう。

 俺もそこで、何か力になれる事は、あったりするのだろうか。



ざすざす、と道を進んでいくたびに、だんだんと彼のしている事が気になってきた。


「あ、あの・・・・・・。聞いてもいいですか?」


 つい我慢出来ず、斜め前を歩く彼に聞いてしまう。


「どうした?いいよ、歩きながらでもいいのなら」


 彼は気にする事も無く、軽い口調で言葉を返す。



 この感じなら、大丈夫かもしれない。



ふつふつと湧いてきていた、疑問について尋ねてみる事にした。


「その、スタックスさんのやっている傭兵業って・・・・・・どういうものなんですか?」

「そうだね、色々だなあ・・・・・・。護衛に前線の見張り、巡回・・・・・・。他所よそは戦場でもがんがん出兵させているってのも聞いたな」



 ダメだ、全く想像がつかない。

 一体何をしているのか、さっぱり頭に入って来ない。



「ああ、そうだよな。流されてくる前の事は、ほとんど分からないんだよな。うーん、うーーーん・・・・・・」


 俺の表情に何かを察したように、彼は頭を軽く抑えて、うなりだしてしまった。

 迂闊うかつだった、と言うような表情を浮かべて。

その様子につい、なんだか申し訳ない気持ちが込み上げてくる。


「あ、いえ。いいんですよ、そこまで考えていただかなくても」

「いいよいいよ。うーん、でもこの言い方はちょっと良くないよなあ。うーーーん」


 考え込んでいくうちに、少しずつ彼の足取りも遅くなってくる。



 しまった、安直に聞くんじゃなかった。



ちょっとした後悔の念が、ぽつりと心の中に浮かんでくる。



 それなら、こっちを聞く事にしよう。



うん、と軽くうなずいてから、今度はスタックスさんに別の話を振ってみる。


「あの、それなら・・・・・・。これから向かう、ニッコサンガ、ってどんな所なんですか?」

「うん?あ、ニッコサンガか。そうだね、この辺りでは一番大きな町だよ」



 一番大きい・・・・・・。



とは言っても、今は自分の中で大きさの比較が少し前まで居た、あの漁村しか無い。

いったいどんな場所なのか、より詳しく彼に聞いてみる事にした。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 城下町ニッコサンガ。

近くを流れる『アツカメ』という大きな川で、東と北をぐるりと守られている、要害都市。

戦いが続いている前線と、ここから南に続く、さらに大きな町『王都』をつなぐ中継地でもある、この国で二番目に大きな町。

それが、そのニッコサンガ、という町なのだという。

重要な町、ゆえにこの辺りで収穫された農作物や海産物なども、そこへ一点に集まっていき、その流れで多くの人々も集まっている。

そういう事もあるので、そこは、俺が目覚めた漁村『カイサイ』よりも、倍以上も大きい所だ。

彼はそう話してくれた。


「何も知らずにあそこへ行ったら、確実に迷うね。それぐらい広いよ」

「そ、そんなに広いんですか・・・・・・」

「ああ。往来も多いし、目星も付けずにやたらと動いたら絶対に迷う。初めて来て迷った私がそうだったからね。ははは」


 嬉々ききとして町の様子を語るスタックスさん。

足取りもだんだんと早くなり、すっかりと漁村を出た時くらいまで歩幅が戻っていた。

そう話しているうちに、またポンと聞きたい事が一つ浮かび上がってくる。


「あの、スタックスさん。もう一つ聞いてもいいですか?」

「なんだね」



 先ほど、つい彼の口から出た、戦争の最前線、というもの。


 彼のやっている傭兵業ようへいぎょう、そして流される前に見たあの光景・・・・・・。

 もしかしたら、それらは全部関係しているのかも。



ふと、そう考えた俺は、また疑問を彼にぶつけてみた。


「戦争・・・・・・しているその相手って、いったい何ですか?」

「相手?」

「その、俺が流されてくる前に追いかけられた、あの土色の化け物共が、何か関係しているのかなと思って」


 俺の言葉に彼の歩みが、一瞬止まる。



 嫌な事を聞いてしまったのだろうか。



ぞわりと背筋に寒気が走る。


「ご、ごめんなさい・・・・・・」

「あっ、すまんすまん。気にしないで、少し考え事しちゃって」


 彼は口角を軽く緩めて、はははと笑いかける。

だが、その目からは一瞬だけ何かを哀しむような、そんな気持ちがふっと感じ取れた。



 戦場の事は、無闇に聞いたらいけないんだな。



心の中に、その言葉を刻みつけてくるように。


「そうだね・・・・・・君が追われていたそいつらも、戦場で戦う敵だね。ゴブリンだと思うな」

「ゴブリン・・・・・・って言うんですか」

「多分ね。私と君の考えている姿が同じ物なら、多分それだと思うけれど」

「他にもいるんですか?」




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 歩きながら、色んな事を彼は教えてくれた。

自分達よりも一回り大きい『オーク』という敵や、姿見た目が自分達と変わらない敵などもいるという事。

何より興味を持ったのは『魔法』というものを駆使する、色んな敵も戦場には居るという事だ。


「魔法・・・・・・ですか?」

「私も初歩的な物は使えるよ。とは言っても、うーん。そうだねえ・・・・・・」


 少し考え込んでから、きょろきょろと辺りを見渡すと、道から少し外れた方へと彼は歩いて行く。

そこで何かをごそごそ探したかと思うと、葉っぱを手に取って目の前で見せてくれた。


「ちょっと見ててね。いくよ」


 そう言うと、ちりちりと葉っぱがしおれていき、何の前触れも無くぼんっ!と爆発するように燃え上がった。


「わわっ!!」

「ははは!いや、驚かせちゃったね。ごめんごめん」


 手を広げながら、笑みを浮かべるスタックスさん。

燃えた葉はゆらゆらと落ちていき、地面についた時にはじじじと黒ずんで、火も消えてしまった。



 これが、魔法・・・・・・。



目の前で起きた事が信じられず、笑みを浮かべる彼と、燃え尽きた葉っぱとを、何度も往復させて見比べてしまう。


「すごいですね・・・・・・」

「いや、これは基本的なやつだから、まだまだ大した事無いよ。君もコツがつかめたら出来るかもしれないし」



 こんな事が、出来るかもしれないのか・・・・・・?



彼の手と、自分の手を半信半疑で見比べてみるも、何の違いも感じられない。

感じられないが、とても自分が出来るような気もしてこない。


「まあ、なんだ。魔法が気になるようだったら、向こうに着いてからも教える時間はあるだろうし。それからにでもまた教えるよ」


 笑いかけながら、彼に軽く肩を叩かれて進むようにうながされた。



 そうだ、じっとしている訳にもいかないんだ。

 今はニッコサンガに向かう事が先決だ。



「そ、そうですね。すいません、聞いてしまって」

「いいっていいって。足とか、疲れていない?」


 彼の気遣きづかいに、ふと意識が足の方へと向く。



 大丈夫だ、まだまだ歩ける。



「大丈夫です。ありがとうございます」


 俺も彼の気遣いに、笑顔で返事をする。


「そうか、じゃあ行こうか」

「ええ!」


 俺達の足取りは、またニッコサンガへと向かっていく。

吹きつけてくる風は相変わらず、涼しくてどこか、柔らかさを感じるものだった。




 -続-

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