第7-3回「ホックヤードの砦」
ゴブリンに襲われながらも、なんとか走破に成功した俺達は、目的地である『ホックヤードの
ジュロマン
砦のさらに向こうには、道中右手に見えていた森よりも、深々と広がっている木々の群集と、カウツの村からでも見えていた、険しい山々の陰影がぐんと広がっていた。
あの向こうには、何があるんだろう。
支部長や皆が、この目的地である砦を最前線と言っていたが────。
やはり、あの森や山にも、さっき襲ってきた化け物共がいるのだろうか。
そんな事を考えながら、あらためて目の前の砦に視線を戻した。
そうこうするうちに、止まっていた馬車列がまた動き始め、開かれた砦の中へと進み始めていく。
俺も、
壁の空いた部分に顔を付けて、外を
槍の上部を触って、何か手入れをしている者や、ごろんとその場に腰を掛けて、大きく伸びをしている人も居る。
想像以上の人の多さに、
馬車列は彼の話し終わりを待たずに、ぐんと右の方へと曲がっていく。
トミーさんが綱を持って引っ張る先頭の馬車は、やがて乗せられた袋と同じような物が、固められている場所に止められていき、その横へ、横へと馬車がどんどん並べられていった。
馬を
どうやらこれで、護衛旅はひとまず終わり、のようだ。
ああ、これでやっとひと息つける。
そう思った
何をしているんだろう、と思っているうちに横の方からやって来た人が、トミーさんに話しかけだした。
「トミー、久しぶりだな!」
「おうホーラー、元気だったか!相変わらず能天気だな!」
「それはお互い様だろ!」
はははと笑い合いながら、トミーさんはその人に袋を渡している。
ふと他の馬車に目を向けると、リリスもディアナさんも、中に入って彼と同じような動きをして、集まってきた人達に積み込んでいた荷物を渡し始めていた。
あっ、しまった。
ボーッとしているうちに、みんな、荷下ろしをしているじゃないか。
この様子だと、俺も手伝わなければいけなさそうだ。
慌てて俺も、彼らの動きに釣られるように、護衛していた幌馬車の中へ跳び乗った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
まさか、荷下ろしも自分達の役割だったとは・・・・・・。
ふう、と息をついているとリリスの声が聞こえてきた。
視線を向けると、彼女は
「はい水。
「あ、うん。ありがとう」
貰った柄杓の水を口につけ、ごくごくごくと一気に飲んでいく。
ほんのりとした口当たりのする、優しい冷たさだ。
緊張、戦闘、荷下ろしと───。
作業の連続ですっかり水を忘れていた体に、心地の良い冷えた流れが、ぐるりと巡り、満たされていく。
「あー・・・・・・。
「良かった。初めてなんだから休んで見ていても良かったのに、アール君ずっと手伝っていたから、ちょっとビックリしたよ」
・・・・・・あれ?
あの作業は、やるべき事ではなかったのか?まさか・・・・・・。
「そ、そうなの?見ていたら
「いいよ、ほどほどで。私も半分くらい無くなったタイミングで、抜けて休んでいたし。あれは別に私達の仕事じゃないからね」
「そ、そうだったんだ」
なるほど・・・・・・。
あれは、少しでもあの人達が早く荷下ろしが終われるように、手伝っていただけなのか。
流れに任せてバタバタと袋を運んで、渡していたけれど───。
別にあそこまでしなくても、良かったんだ。
あの苦労は、なんだったんだろう・・・・・・。
そんな言葉が浮かんでくる度に、
「アール君、馬車の時はありがとう。1つ貸しだね」
「えっ?」
馬車の時・・・・・・?
その言葉で、あのゴブリン共が襲ってきたあの光景が、もう一度鮮明に浮かんできた。
そうだ、草むらから何か来ると思って、叫んでからは、何もあれこれ意識する暇もなく───。
「か、貸しだなんて・・・・・・。そんな、別にそこまでの事じゃ・・・・・・」
「いやいや、あの声のおかげで、こっちも気持ちが落ち着けられたんだし。いいのいいの」
そう言いながら、彼女は
「わ、分かった。じゃあ、ありがたくリッちゃんの借りは、また別の機会に・・・・・・」
「そうそう!持ちつ持たれつ!この仕事は、助け合いなんだからさ」
ニッと笑う彼女に、俺もうんと頷いて、笑顔を返した。
「どうする?もう一杯飲む?」
そう言いながら、彼女は手を差し出してくる。
これは、この空になった柄杓に、お水を入れて来てくれる、という事なのだろうか。
それなら、せっかくだしもう一杯貰おうかな。
そう思い、柄杓を手渡してお願いしようとした時、ふとディアナさんの姿が近くにあるような気がしたのだ。
視線を左の方へ向けてみると、彼女は、俺達と変わらないくらいの見た目をした、戦う為の装備に身を包んだ男の人と、何か話をしている。
あの人も、同じギルドの人なんだろうか。
「アール君どうしたの?」
「いや、ディアナさんと話しているあの人。ギルドの人なのかなって」
思いついた言葉のままに、彼女に聞いてみる。
「ああ、エディさんだね。私より1年前に入った
そうか、あの人はエディさん、と言うのか。
話している感じで、なんとなく同メンバーなのかなと思っていたが───。
やっぱりあの人も、ギルドメンバーだったんだ。
そう、胸の中で
彼も、ディアナさんも深刻そうな表情を浮かべて───。
心なしか、暗い雰囲気をまとわせ、大切な話をしているように見えたのだ。
「その、エディさん。何か悩んでいるの?なんだか暗い様子だし・・・・・・」
「あ、うん・・・・・・。悩み・・・・・・まあそうだね」
彼女に目を戻し直すと、気まずそうに目を泳がせている。
「ごめん、変な事聞いて」
入って間もない自分が、少し出しゃばり過ぎた。
会話を切って、あらためて柄杓の水についてお願いし直そうとする間もなく、彼女から言葉が返ってくる。
「いや、いいよ。アール君もいずれ会う事があると思うし。別に、隠すような事でもないからね」
「そ、そうなの?でも、言いづらい事じゃないの?」
俺の言葉に、彼女は小さく首を振る。
「まあ、そうだけど。アール君、前に支部長が言っていたと思うけれど。ちょっと、気難しい人が居て、ね。エディさん、その人と上手くいっていないんだよ」
気難しい人・・・・・・。
そんな話、聞いていたかな。
目線を彼女から外して、ふと考え直してみる。
「サンドヒルズさんって言う人なんだけどね、まあ・・・・・・。私もちょっと苦手で、その・・・・・・。腕前はね、今居るこの砦の中でも一番ってくらい、凄い人なんだけれど」
たどたどしく話す彼女の姿に、相当アレな人なんだな・・・・・・と、失礼ながらつい、考えてしまう。
「嫌な人なの?」
「あっ!?いや、いい人だよ、悪い人じゃないから!なんていうか、すっっっごい厳しいんだよね・・・・・・。自分にも、周りの人にも」
な、なるほど・・・・・・。
「そんなに怖い人なんだ・・・・・・」
「そうだね。ディアナさん、
「お、おお・・・・・・」
その言葉で思わず、言葉を失いそうになる。
そのサンドヒルズさんは、相当厳しくて怖い方なんだな・・・・・・。
気がついた時には、彼女も
「ここだけの話・・・・・・エディさん、もうここを辞めたいって相談を、今しているんじゃないのかな。前に護衛で一緒になった時、次もあの人と一緒なら、もう辞めるってつい漏らしていたし」
その言葉を受けてから、もう一度遠くに居る、ディアナさんとエディさんの方へ視線を向け直す。
人影が何度も、何度も彼らの前を通り過ぎているのだが、彼の表情はずっと暗いままだし、ディアナさんも険しい表情のまま、うん、うんと頷いてばかりだった。
彼女の真面目な声の調子と、2人の深刻そうな様子に───。
俺は薄々だが、皆サンドヒルズさんと上手くいっていない、という事を、察する事が出来た。
「まあ、アール君もいつか一緒になると思うけれど。言葉
「あ、ああ・・・・・・」
分かった、と言おうにも最後についた言葉に、また少し身が引けてしまう。
会った時には、いつも以上に自分も気をつけておかないと。
そう思いながら、軽く頷いてから少し目線を下に向けてみる。
あ、そういえば水のお代わり、貰うつもりだったんだ。
それならついでに、気分転換に、こうしよう。
そう思いながら、また彼女に目線を戻してみる。
「そういえばリッちゃん。まだしばらく、俺達ってこの砦に居るの?その、出るタイミングとか分からなくて」
「ああ、うん。今日は誰かと入れ替わりが無いから・・・・・・そうだね。マンソンさんがまた出る時になったら、声かけてくれると思うし。今はまだ・・・・・・大丈夫かな」
俺の言葉に、彼女もキョロキョロと目を向けながら、いつもの調子で言葉を返してくれる。
良かった、それならこれが、出来るかもしれない。
胸の中で一つ頷きを
「じゃあ、水のお代わり貰うついでに、この砦の事、色々見ながら教えてもらえないかな?」
「うん!それぐらいなら、全然いいよ!まず、どこ行こっか?」
「良かった、じゃあ・・・・・・これ、どこから持ってきたのかな・・・・・・」
「えっと。それはね、あそこの調理場から借りて来たんだ」
そう言いながら彼女と共に、足をまた進めだしていく。
それからしばらく、出発までの許す限り、砦の詳細や、その構造、中の人の役割などについて、見て回りながら、彼女に付き添って、色々と教えてもらった。
見張りに、弓矢に、伝令役───。
予備兵力として、常に控える遊撃手。
作戦について打ち合わせを行なう、部屋の場所など───。
時間の許す限り、ここが最前線の砦の中だという事も忘れて、横を過ぎていく兵士達の、今を生きている空気を味わいながら、彼女と一緒に見て回るのだった。
-続-
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