第7-3回「ホックヤードの砦」


 ゴブリンに襲われながらも、なんとか走破に成功した俺達は、目的地である『ホックヤードのとりで』の前に、ようやく辿たどり着いた。

ジュロマン侯爵こうしゃくが出迎えてくれた、あの白い建物より一回り大きく作られた、灰がかった石組みの建物。

砦のさらに向こうには、道中右手に見えていた森よりも、深々と広がっている木々の群集と、カウツの村からでも見えていた、険しい山々の陰影がぐんと広がっていた。



 あの向こうには、何があるんだろう。

 支部長や皆が、この目的地である砦を最前線と言っていたが────。

 やはり、あの森や山にも、さっき襲ってきた化け物共がいるのだろうか。



そんな事を考えながら、あらためて目の前の砦に視線を戻した。

そうこうするうちに、止まっていた馬車列がまた動き始め、開かれた砦の中へと進み始めていく。

俺も、ほろ馬車にあわせて歩いていくと、どんどん視界に、活気づいた、人々の様子が広がりだしていった。


 

 壁の空いた部分に顔を付けて、外をうかがっている甲冑かっちゅうの男や、スタスタと歩きながらその様子を見ている人。

 槍の上部を触って、何か手入れをしている者や、ごろんとその場に腰を掛けて、大きく伸びをしている人も居る。



想像以上の人の多さに、呆気あっけにとられていると、前の方ではマンソンさんが降りて誰かと話し始めていた。

馬車列は彼の話し終わりを待たずに、ぐんと右の方へと曲がっていく。

トミーさんが綱を持って引っ張る先頭の馬車は、やがて乗せられた袋と同じような物が、固められている場所に止められていき、その横へ、横へと馬車がどんどん並べられていった。

馬をいていた他の方達も、ぞろりと馬車から降りて馬を引いて奥の方へと消えていく。



 どうやらこれで、護衛旅はひとまず終わり、のようだ。



ただよう休みの雰囲気に、ようやく肩の荷が下りる。



 ああ、これでやっとひと息つける。



そう思ったつかの間、トミーさんは降りて来たと思えば、すぐに幌馬車の後ろへと乗り込んでいき、ごそごそと何かをし始める。

何をしているんだろう、と思っているうちに横の方からやって来た人が、トミーさんに話しかけだした。


「トミー、久しぶりだな!」

「おうホーラー、元気だったか!相変わらず能天気だな!」

「それはお互い様だろ!」


 はははと笑い合いながら、トミーさんはその人に袋を渡している。

ふと他の馬車に目を向けると、リリスもディアナさんも、中に入って彼と同じような動きをして、集まってきた人達に積み込んでいた荷物を渡し始めていた。



 あっ、しまった。

 ボーッとしているうちに、みんな、荷下ろしをしているじゃないか。

 この様子だと、俺も手伝わなければいけなさそうだ。



慌てて俺も、彼らの動きに釣られるように、護衛していた幌馬車の中へ跳び乗った。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 ほろ馬車に積まれていた荷物はすっかり無くなり、ひんやりとした板敷きが、ぐらんと大きく、広がっている。



 まさか、荷下ろしも自分達の役割だったとは・・・・・・。



ふう、と息をついているとリリスの声が聞こえてきた。

視線を向けると、彼女は柄杓ひしゃくを片手に手招きしている。


「はい水。のどかわいたでしょ?」

「あ、うん。ありがとう」


 貰った柄杓の水を口につけ、ごくごくごくと一気に飲んでいく。



 ほんのりとした口当たりのする、優しい冷たさだ。

 緊張、戦闘、荷下ろしと───。

 作業の連続ですっかり水を忘れていた体に、心地の良い冷えた流れが、ぐるりと巡り、満たされていく。



「あー・・・・・・。美味おいしい」

「良かった。初めてなんだから休んで見ていても良かったのに、アール君ずっと手伝っていたから、ちょっとビックリしたよ」



 ・・・・・・あれ?

 あの作業は、やるべき事ではなかったのか?まさか・・・・・・。



「そ、そうなの?見ていたらみな荷下ろし手伝っていたから、自分もしないといけないと思ったんだけど」

「いいよ、ほどほどで。私も半分くらい無くなったタイミングで、抜けて休んでいたし。あれは別に私達の仕事じゃないからね」

「そ、そうだったんだ」



 なるほど・・・・・・。

 あれは、少しでもあの人達が早く荷下ろしが終われるように、手伝っていただけなのか。

 流れに任せてバタバタと袋を運んで、渡していたけれど───。

 別にあそこまでしなくても、良かったんだ。

 あの苦労は、なんだったんだろう・・・・・・。



そんな言葉が浮かんでくる度に、強張こわばっていた肩の力が抜けていく。


「アール君、馬車の時はありがとう。1つ貸しだね」

「えっ?」



 馬車の時・・・・・・?



その言葉で、あのゴブリン共が襲ってきたあの光景が、もう一度鮮明に浮かんできた。



 そうだ、草むらから何か来ると思って、叫んでからは、何もあれこれ意識する暇もなく───。

 かわして、突いて、跳び乗って────。



「か、貸しだなんて・・・・・・。そんな、別にそこまでの事じゃ・・・・・・」

「いやいや、あの声のおかげで、こっちも気持ちが落ち着けられたんだし。いいのいいの」


 そう言いながら、彼女はうなずいている。


「わ、分かった。じゃあ、ありがたくは、また別の機会に・・・・・・」

「そうそう!持ちつ持たれつ!この仕事は、なんだからさ」


 ニッと笑う彼女に、俺もうんと頷いて、笑顔を返した。


「どうする?もう一杯飲む?」


 そう言いながら、彼女は手を差し出してくる。



 これは、この空になった柄杓に、お水を入れて来てくれる、という事なのだろうか。

 それなら、せっかくだしもう一杯貰おうかな。



そう思い、柄杓を手渡してお願いしようとした時、ふとディアナさんの姿が近くにあるような気がしたのだ。

視線を左の方へ向けてみると、彼女は、俺達と変わらないくらいの見た目をした、戦う為の装備に身を包んだ男の人と、何か話をしている。



 あの人も、同じギルドの人なんだろうか。



「アール君どうしたの?」

「いや、ディアナさんと話しているあの人。ギルドの人なのかなって」


 思いついた言葉のままに、彼女に聞いてみる。


「ああ、エディさんだね。私より1年前に入ったひとだよ」



 そうか、あの人はエディさん、と言うのか。

 話している感じで、なんとなく同メンバーなのかなと思っていたが───。

 やっぱりあの人も、ギルドメンバーだったんだ。



そう、胸の中でつぶやきながら、目線を彼女に戻そうとした瞬間だった。



 何故なぜだか、その会話風景が気になったのだ。



彼も、ディアナさんも深刻そうな表情を浮かべて───。

心なしか、暗い雰囲気をまとわせ、大切な話をしているように見えたのだ。


「その、エディさん。何か悩んでいるの?なんだか暗い様子だし・・・・・・」

「あ、うん・・・・・・。悩み・・・・・・まあそうだね」


 彼女に目を戻し直すと、気まずそうに目を泳がせている。


「ごめん、変な事聞いて」


 入って間もない自分が、少し出しゃばり過ぎた。

会話を切って、あらためて柄杓の水についてお願いし直そうとする間もなく、彼女から言葉が返ってくる。


「いや、いいよ。アール君もいずれ会う事があると思うし。別に、隠すような事でもないからね」

「そ、そうなの?でも、言いづらい事じゃないの?」


 俺の言葉に、彼女は小さく首を振る。


「まあ、そうだけど。アール君、前に支部長が言っていたと思うけれど。ちょっと、気難しい人が居て、ね。エディさん、その人と上手くいっていないんだよ」



 気難しい人・・・・・・。

 そんな話、聞いていたかな。



目線を彼女から外して、ふと考え直してみる。


「サンドヒルズさんって言う人なんだけどね、まあ・・・・・・。私もちょっと苦手で、その・・・・・・。腕前はね、今居るこの砦の中でも一番ってくらい、凄い人なんだけれど」


 たどたどしく話す彼女の姿に、相当な人なんだな・・・・・・と、失礼ながらつい、考えてしまう。


「嫌な人なの?」

「あっ!?いや、いい人だよ、悪い人じゃないから!なんていうか、すっっっごい厳しいんだよね・・・・・・。自分にも、周りの人にも」



 な、なるほど・・・・・・。



めに溜めて言った、すごい厳しいという言葉に、サンドヒルズさんの気難しさが、ひしひしと伝わってくる。


「そんなに怖い人なんだ・・・・・・」

「そうだね。ディアナさん、稽古けいこの時厳しかったでしょ。あれがずっとな感じ」

「お、おお・・・・・・」


 その言葉で思わず、言葉を失いそうになる。



 そのサンドヒルズさんは、厳しくて怖い方なんだな・・・・・・。



気がついた時には、彼女もほほを引きらせて、ぎこちない笑みを浮かべていた。


「ここだけの話・・・・・・エディさん、もうここを辞めたいって相談を、今しているんじゃないのかな。前に護衛で一緒になった時、次もあの人と一緒なら、もう辞めるってつい漏らしていたし」


 その言葉を受けてから、もう一度遠くに居る、ディアナさんとエディさんの方へ視線を向け直す。

人影が何度も、何度も彼らの前を通り過ぎているのだが、彼の表情はずっと暗いままだし、ディアナさんも険しい表情のまま、うん、うんと頷いてばかりだった。

彼女の真面目な声の調子と、2人の深刻そうな様子に───。

俺は薄々だが、皆サンドヒルズさんと上手くいっていない、という事を、察する事が出来た。


「まあ、アール君もいつか一緒になると思うけれど。言葉づかいとか態度には、特に気をつけてね。私が来る前だけど、なんか喧嘩けんか沙汰ざたにもなったって、噂もあるし」

「あ、ああ・・・・・・」


 分かった、と言おうにも最後についた言葉に、また少し身が引けてしまう。



 会った時には、いつも以上に自分も気をつけておかないと。



そう思いながら、軽く頷いてから少し目線を下に向けてみる。



 あ、そういえば水のお代わり、貰うつもりだったんだ。

 それならついでに、気分転換に、こうしよう。



そう思いながら、また彼女に目線を戻してみる。


「そういえばリッちゃん。まだしばらく、俺達ってこの砦に居るの?その、出るタイミングとか分からなくて」

「ああ、うん。今日は誰かと入れ替わりが無いから・・・・・・そうだね。マンソンさんがまた出る時になったら、声かけてくれると思うし。今はまだ・・・・・・大丈夫かな」


 俺の言葉に、彼女もキョロキョロと目を向けながら、いつもの調子で言葉を返してくれる。



 良かった、それならこれが、出来るかもしれない。



胸の中で一つ頷きをはさんでから、彼女に返事をする。


「じゃあ、水のお代わり貰うついでに、この砦の事、色々見ながら教えてもらえないかな?」

「うん!それぐらいなら、全然いいよ!まず、どこ行こっか?」

「良かった、じゃあ・・・・・・これ、どこから持ってきたのかな・・・・・・」

「えっと。それはね、あそこの調理場から借りて来たんだ」


 そう言いながら彼女と共に、足をまた進めだしていく。

それからしばらく、出発までの許す限り、砦の詳細や、その構造、中の人の役割などについて、見て回りながら、彼女に付き添って、色々と教えてもらった。



 見張りに、弓矢に、伝令役───。

 予備兵力として、常に控える遊撃手。

 作戦について打ち合わせを行なう、部屋の場所など───。



時間の許す限り、ここが最前線の砦の中だという事も忘れて、横を過ぎていく兵士達の、今を生きている空気を味わいながら、彼女と一緒に見て回るのだった。




 -続-

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