第16-11回「陣中会議」※


 <まえがき>

・3人称視点です、主人公は今回登場しません。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 淡い、朝の光が差す中。

ヘクト11とりで執務しつむしつにて、地図を広げ話し合っている、フランク・ジョック部隊長と、ラリー・コットヘッド副部隊長。

2人は、ここをどうするか、ここをどうしようか、と言い合いながら、地図の上で指をなぞらせるように、動かしたり、駒を置いたりしている。

これまで集めてきた情報と照らし合わせながら、今後の戦術方針の、り合わせをしていく2人。

時に、うなり声を上げながら、静かに、地図とにらみ合いを続けていると、その空気を破るように、ドアを叩く音が、こんこん、と部屋の中に響き渡った。


「入れ」

「失礼します」


 足を踏み入れたのは、一昨日おとといの撃退に、昨日きのうの強行偵察と、腕を振るい続けている、モーリー・サンドヒルズだった。


「おお、朝からすまない。まあ、その辺にでも掛けてくれ」


 そう言いながら、近くを手で指し示す部隊長。

モーリーは、遠慮えんりょしがちに頭を下げてから、彼らの近くへと歩み寄っていく。


「すまんな。どうしても確認したい事があって」


 顎髭あごひげnあでながら、そう彼に切り出す部隊長。

モーリーも、彼の口ぶりから、うすうすと確認したいその中身について、勘づいている様子だった。


「例の、強力な『魔導士まどうし』について、か」


 彼の返事に、部隊長は小さなうなずきを返す。


「ああ。間違いないのか?」

「はっきりと、姿までは見えなかったが・・・・・・。強い気を、堀の中からでも、ひしひしと、感じ取る事は出来た」


 モーリーの言葉に、彼らはジッと耳を傾けている。


「何より───。身をせて、見られないようにしているはずなのに、そいつから、見られているような感じが、ずっとしていた。そんな芸当の出来る魔導士、そうそう居ませんよ」

「なるほど・・・・・・」


 モーリーの語りに、頷きを返す2人。

つい3日ほど前に起きた、ホーホックの森の奪還だっかん作戦。

無事、王国側の勝利で終わり、うばい返す事が出来たのだが、これによって、前線のパワーバランスが乱れたのも、事実。

拠点きょてんを奪われた敵が、その近隣拠点を整備して、さらなる進軍に備えよう、逆に奪い返してやろうとする動きを取る事。

その動きの想定は モーリーも含めて、この部屋に居る全員が、当然のように、理解をしていた。

部隊長のジョックが、何よりも懸念けねんしているのは、その補強した兵の中に───。

つい3ヶ月ほど前、海をはさんだ半島の国、スティッケル王国の最前線からもたらされた情報にっていた───。



 強力な『屍人使いネクロマンサー』。



その屍人使いが、彼が空堀の中で感じ取った、恐ろしい力を持つ、魔導士の事なのでは、というものだった。



 生存者の報告によると、丘を80ほどの兵で確保しようとしたのに、ミミズの集合体による潜撃せんげきと、死んだはずの仲間に襲われ───。

 30人ほどの死者を出して、部隊は確保出来ずに、撤収てっしゅう

 ついに、その作戦は失敗に終わったのだが───。

 その時、たった1人で、丘に陣取っていたというその敵が、どうやらその、協力な屍人使い、との事らしい。



「どうなんでしょう?なんですかね?」


 副部隊長の問いかけに、部隊長のジョックは、険しい面持ちを浮かべて返事をする。


「可能性は、無きにしもあらず。砦から一番遠くの空堀まで、そこそこ距離があるのに見られている・・・・・・。もし奴が、モーリーの言う通りの範囲まで、『心眼しんがん』を使えるというのなら・・・・・・」

「・・・・・・なら」


 彼の言葉に、コットヘッドもつぶやきを返す。


生半可なまはんかな攻めでは、到底とうていあの砦は、落としきれない・・・・・・」


 眉をしかめたままそう呟いて、部隊長は、押し黙ってしまった。

場に重苦しい空気が流れていく。



 精神を研ぎませて、見えていなくても、辺りの動きを察知する魔法術。


 通称、『心眼しんがん』。



大学校で学んだ者でも、体3つ分向こうまで使えれば、上出来だと言われるその術を、モーリーが警戒しているその魔導士は、たった1人で砦の周囲に巡らせるほどの、腕を持っている。

何より、モーリーが危惧きぐしているのは、1つの魔法をそれだけ使えるから、という理由だけではない。

それだけの技量を持っているという事は、当然『それ以外の魔法』も、相当な腕だという事が、容易に想像が出来るからだ。



 1人の魔導士を殺すには、3人の兵が必要だと考えられている、が。

 もし、を、そいつが持っているのだとしたら───。



部隊長のジョックも、副部隊長のコットヘッドも、そしてモーリーも。

決して、戦いの素人しろうとではない。

何度もくぐり抜けてきた激戦の中で、その目で、その体に、あらゆる状況と困難を叩き込んで、生き抜いてきた玄人くろうとだ。

玄人だからこそ彼らは、慎重に、最悪の、想定外も、何もかもすべて想定したうえで。

どうすれば良いのかを、頭を突き合わせて、考え込んでいた。


「ならいっそ、敵に大きく圧をかけてみるってのは・・・・・・どうだろうか?」


 よどんだ空気を断つように、モーリーが口を開く。

2人は険しい表情を浮かべたまま、彼に問い直した。


「例えば・・・・・・?」

「最深部のここ・・・・・・。が良い。ここに仮設の見張り場を建てて、奴らに圧をかけてやる、ってのは」

「なるほど・・・・・・。ありっちゃありだな」


 地図に示された地点を、彼は、トントンと人差し指で小突きつつ、顔を並ばせて耳を傾ける2人に、案を提示している。

彼らの頭の中には、もうすぐ夏───。

つまり、雨季がせまっている事が、浮かび上がっていた。



 雨が降れば、川の水位が増して、川越えの攻勢を仕掛けるには、難しくなる。

 敵も、兵を雨季が来る前に増強しておいて、川から突出するように位置している、このヘクト10を、もう少し固めておきたいと思うはず。

 となれば、奴らがこの雨季を前に、何か仕掛けてくるという事も、自然と読めてくる。



昨日の強行偵察で、モーリーはしっかりと、敵の増強と、大まかな敵数の把握はあくに、成功していた。



 敵も、なんらかの動きをとる為に、兵をわざわざ砦に集めてきている。

 ここしばらく、敵も偵察を活発に仕掛けてきており、こちらの内情を知ろうと動いていた。

 となれば、敵が動く前に、こちらが先に動くという事も、考えておいて、損は無い。



彼らは、互いの目を見合わせながら、こくこくと頷き、その考えを擦り合わせていく。



 奴らが先か───。

 それとも、こちらが先か。



彼らの目には、絵図の上で動く奴らの群れが、克明こくめいに映しだされていた。


「分かった。ありがとうサンドヒルズさん、とても参考になった」

「そうでしたか。では、これで」


 これからの情報を擦り合わせて、検討に値する情報も、考えも手に入った部隊長のジョックと、副部隊長。

2人は、笑みを浮かべながら、会釈えしゃくをしてその場を去って行くモーリーを、見送る。

彼も、流れに乗るように、部屋を後にしようとしたのだが。

ドアの取っ手をつかみかけたところで、ふと、その動きを止めた。


「部隊長。1つ、聞いてもいいか」

「なんだ」


 彼の呼びかけに、パッと頭を上げるジョック。

モーリーは2人の目を、軽く注視してから、生まれた沈黙ちんもくを破るように、ポンと、口を開いた。


破槌はついはんの数は、足りているのか?」



 彼の口から出た『破槌はつい』、というもの。

 それは、堅牢けんろう甲冑かっちゅうに身を包み、胴回りほどの大きさがあるハンマーを振り回して、城壁じょうへきつつを叩いて突破したり、石橋を破壊して道をつ役割を与えられた、鎧兵よろいへいの事であった。

 今では、ゴーレムなどの、剣では勝てない硬い敵を撃破する役割を、与えられる事の方が多く、そのような敵の居る場所にのみ、これらは集約されている。

 無論、甲冑をまとい、腕よりも太いついを振り回す必要がある事から、体格や運動量など、成れる者の水準も高く、王国の全土を見ても、その数は少ない。



それだけ、限られた貴重な兵だという事も、彼らはしっかりと認識していた。

モーリーの問いかけに、ジョックは眉を顰めて、首をかしげる。


「うーーん、2人・・・・・・2人だな。今居るのは」

「もしも、例の屍人使いが、ゴーレムも操れるというのなら。少なくとも、あと4人は欲しい」

「よ、4人・・・・・・」


 モーリーの助言に、思わず言葉を詰まらせる2人。


「ああ。炎陣を張るにしても、それに叩き壊されたら終わりだ。時間を稼げない。進路をつぶして、効果的に反撃するとなれば、ゴーレムによる突破を阻止しなければ、絶対に不可能だ」



 彼の口から出た『炎陣えんじん』というもの。

 それは、魔法陣の一種である。

 その仕組みは、こうだ。

 熱伝導の高い、魔鉱石まこうせきから作られた『玉』を、進路を断ちたい方向を考えて配置していき、玉と玉をつなぐように、その間へ火元となる、木製の矢を打ち込み、ばらいていく。

 そして今度は、火矢を打ち込んでいき、乾いた木矢に火が燃え移ったところで、魔法担当が意識をその間に集中させて、火柱を巻き起こし、進路を断つ。


 それが、防衛ぼうえい魔法陣まほうじんである、『炎陣えんじん』というものだ。



彼が今、懸念しているのは、その置かれた玉を、ゴーレムに叩き潰される可能性があるという事であった。



 火の手が上がり、生身の敵がたじろぐような状況でも、土塊のゴーレムなら平気だ。

 易々やすやすと、火中にも進出していき、ためらいも無く打撃を与え、玉を破壊する事が出来てしまう。

 そうなったら、せっかくの防衛戦術もすぐに無力化。

 たちまちこの砦には敵が殺到さっとうして、目も当てられない惨状さんじょうへと、おちいる。



それを防ぐ為にも、決死の覚悟で破槌班が前に出て、ゴーレムを叩き潰す為に、ハンマーを振るう必要がある。

その事を、歴戦を潜り抜けたモーリーは、しっかりと念頭に置いていたのだ。


「奴以外にも魔導士が居る事や、こちらもやられる事を想定して、やはりは居て欲しい。炎陣を突破されるか、されないかで、戦局は大きく変わってくる。勝つ為には、絶対に確保しておいた方がいい」

「・・・・・・ああ。なんとか、なんとか追加で来てもらえるか、どうか。話はしてみるが・・・・・・。うーーーん・・・・・・」


 彼らの頭の中には、不備によってやぶれた戦が、実体験、伝聞によるもの関係なく、映像となって浮かんできていた。



 ヘクト11を、奴らに落とされてしまったら───。

 最前線の拠点、アウターバンへの圧力が、ますます高まる。

 そうなればニッコサンガも、その周辺も危険にさらされてしまい、奴らに奪われた土地を取り返す事が、より困難な状況となってしまう。

 なんとしても、それは避けたい───。



険しい表情を浮かべたまま、部隊長のジョックも、副部隊長も、静かに、モーリーに対して、頷きを見せる。


「分かった。サンドヒルズさん、破槌の方は、どうにか間に合わせてみるよ。敵の攻めが、少しでも後になってくれたらいいのだが・・・・・・」

「よろしく頼むよ。仕掛けるにしても、守るにしても、最後の決断はあんたに掛かっているんだからな」

「あ、ああ・・・・・・」


 おくする様子もなく、モーリーはそう言って、その場を後にする。

2人は、ふうと大きく息を吐いて、近くにある椅子に腰掛けた。


が、まさかこっちに来ているとは・・・・・・。いやあ、どうしてこうも、良くない事ってのは、立て続けに・・・・・・」

「破槌の件もそうですが、厄介やっかいな事になりましたね、ジョックさん・・・・・・」


 地図に手をつけて、頭をぐしゃぐしゃときながら、ぼやき混じりにめ息を吐く2人。



 それでも、彼らの心には、もう───。

 この、迫りくる脅威きょういを、なんとかするしか、他に無い。



そんな、強い姿勢が、はっきりと目の奥に浮かび上がっていた。



 避けようの無い、この事態を。

 打てる手を、すべて打ち尽くしていくしか、他には無い。


 そうしなければ、良い方向へ変えようにも、変える事は出来ない。

 頭を抱えている暇は、どこにも無いんだ。



その思いを胸にしながら。

2人は真っぐに立ち上がり、スッと見据みすえ直す。


「コッさん。アウターバンにすぐ、破槌の増援と、あと入れ替え部隊も多めに回してもらうよう、伝令を飛ばしてくれ」

「分かりました」


 決断してからの行動は、早かった。

その言葉を受けてから、コットヘッドはすぐに書簡しょかんの準備へ取り掛かり、ジョック部隊長はあらためて、地図上の駒や情報を整理し直し、あらゆる想定を出来ているか、もう一度、洗い直す事を始めた。

執務室に差す光は、だんだんと少なくなっていき、空には雲が少しずつ、厚く流れ出してきている。

2人は、そんな様子に構う事も無く───。



 今出来る、最善の手を尽くす。



それだけを胸に、自らに与えられた役目を、粛々しゅくしゅく遂行すいこうしていくのだった。




 -続-

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