第16話

「心配ない。俺はあの程度の相手に負ける程弱くは無い、でしょ? わかってるんだから」

「…………決め台詞を奪っていくの止めない? お前を助けるためにやってることなんだけど、桜蓮」

「何言ってるの。ウチを差し置いてカッコいい台詞なんて許すわけないじゃない。菊くんの決め台詞はウチのもの、ウチの決め台詞もウチのもの。無断は許しません」

「酷い上司だ……」

「元って言葉が先に付くんだよね、former」


 左腕についている吸盤をその場に捨てながら、桜蓮が登場する。

 雑に扱ってムカつくな、と溢しながら準備運動をする彼女は、どうやらデータ収集に協力し終わった様だった。


「どうせなんにも出ないよ。だって、全部取られたんだから。無能力、そう出るよ」


 そう言われて向こう側へ目をやれば、《将軍》陣営側がどうやら騒がしい。


 ギャラリーから伝え聞こえてくる言葉に耳をすませば、確かに次元術式の資格は在れど固有までは持っていない白級と同義、という結論にまとまった様だった。


「確かに能力的には白級だろうけど、これまでの戦闘経験までは奪われてない。汎用術式だけでもそこらへんのは倒せるってば、もう……」


 恨み言のように睨みつけている桜蓮。その視線の先には、どうやら一人は無能であると舐めきっている副官二人の舐め腐ったような笑みが広がっていた。


「悪いけど、今回は桜蓮には後方支援に徹してもらうよ?」

「なんでぇ⁉」


 菊の言葉に桜蓮はスッ転ぶ仕草を見せる。

 今まで見せたことの無いような馬鹿らしい行動に驚きつつも、当然だろ? と説明を開始する。


「この模擬戦闘の意味は、俺たちの価値を証明することだ。確かに桜蓮と動けば楽に勝てる、それはそうだが意味はない。俺が一人で勝って、俺の言葉が間違っていないことを証明するのが今回の意味。それをわざわざ取りこぼすような真似はできない」

「……それは、そうだけど」


 菊が理解できていることを、いくら能力を全て奪われてしまった桜蓮と言えど理解できていないはずが無い。

 本来ならば舐められることすらされない立場だった彼女が馬鹿にされている、その一点で冷静な判断が出来なくなっていた部分を説き伏せる。


「まぁ、こればっかりは慣れてもらうしか無いか……」


 常に不快感をぶつけられてきていた菊と違い、頂点をひた走っていた桜蓮にすぐ適応しろ、というのも酷な話である。


 未だ不貞腐れている彼女に苦笑いをしつつも、菊だけが戦闘場の中央に立つ。


 ラインぎりぎりに控え、あろうことか座り込みまでした桜蓮の姿を見て、ギャラリーだけでなく対戦相手の二人も少なからず狼狽する様相が見て取れた。


「なにか?」


 だが、そんなことは関係ない。今、菊がするべきことは一人で相手二人に勝つこと。


 それも、己の価値を証明できるように圧倒的に、絶望的に。


「……舐めんなよ、スパイ野郎が」


 歯ぎしりの音が、数メートル離れた場所でも聞こえる程。副官の二人は鬼のような形相で菊を睨みつけ、自陣へと下がっていく。

 対して菊は悠々と、意にも介していないことをアピールしながら自陣へと戻る。


 一息つけば、あと数十秒で戦闘が始まる時間だった。


「じゃ、さっきの通りに。基本的には何もせず、異変が起こった時だけ対処お願い」

「ま、良いよ。ウチ———師匠がどれだけ強くなったのか見てあげる」

「勝手に師匠面するな、桜蓮は好き勝手に振り回していただけだろ」

「それと、やるなら徹底的にってのは忘れてないよね? なーんかウチのこと一目で無能力って言ってきた一馬も気に食わないし、全員あっと言わせてよね」

「相変わらず振り回すことが得意なようで……」

「お姉ちゃんからは一言だけ。頑張ってね、fight!」

「勿論。ここで頑張らなくていつ頑張るのか、って話だしな……!」


 目を向ける。タイマーがゼロを示したと同時に鳴り響くブザー。

 

 三つの足音が、揃って火花を散らした。

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