第33話

 通信機器を切り、ふぅと息を吐いた総司令に、副官が柔らかい表情で話しかけた。


「一馬様、楽し気でしたね。奥さまですか?」


 赤を基調とした椅子に腰かけ、フレッシュジュースを飲んでいた一馬は、一度だけ首をふった。


「桜蓮。鏡桜蓮だ」

「……⁉ な、鏡桜蓮とは、あの⁉ どうして『七賢人』しか知り得ないナンバーを彼女が知っているのです? 空席に入るという話も無いですし、やはり怪しいのでは‼」

「……ん? あぁ、そうか」


 一度首を傾げた一馬は、持っていたコップを机の上に置く。

 机の上には置いたコップ以外にも地図や作戦、様々な情報が記された資料が散らばっている。


「だが悪い癖だな、副官。上に立つ者は常に相手を敬い、思いやることが必要だ。己の知識だけで物事を決めつけるようでは、まだ未熟だという事だ」


 注意された副官は申し訳ありません、と唇を噛む。

 それに薄く笑った一馬は、広がっていた資料の一つに手を伸ばして彼へと向けた。


「あぁ、気を付けろ。……これを頼む。至急で伝えるべき案件だ、もう思い込んでくれるなよ?」


 はい、と覇気と恐れ多さが入り混じった返事の後、副官は扉の先へと消えていく。

 移した視線の先、モニターには多少のブレが発生しつつも懸命に標的の動きを追うドローンの甲斐が映っている。


「新潟、か。ここは一つのターニングポイントの様だぞ。……気張れよ、二人とも」


 その言葉は誰に届くことなく、黒い絨毯へと沈み落ちていった。

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