厄介は、相棒と

第34話

「よう。報告を聞いてまさかとは思ったが、本当にユーに会えるとはな。これも神とやらの思し召しってやつか?」

「信じてない癖に。適当言ってんなよ、問題児が」


 深愛の撤退を見届けた後、陽動組と共に陣営へと向かう菊の前に全身を銀色に光る甲冑で包んだ影が見えた。


 軽薄な言葉が続くのを待たず、菊は背後の応援部隊へ逆ルートからの撤退を指示。

 新潟陣営まで僅か二キロ。菊の眼前に現われた《漸騎士》は、親し気に話し始めていた。


「にしても、ユー一人か? 菊桜は解散したのか、本当に?」

「なんなんだよ、いきなり」

「いやなに。昔は可愛い後輩だった《神使徒》から、アイの策が失敗していたと罵声と共に浴びせられてな。今や立場が逆転してしまったアイは、命令のままに確認しに来たという事だ。……全く、機械化しても常にアップデートが加わるこの世の中では、結局のところ老いという事実からは逃げられないという事だ」

「序列八位にいる分際で? そんなに老人アピールするなら、さっさと有料介護施設にでも入って隠居したらどうだ」

「はは、それも考えたが。一応、我が主には借りがある訳でな。頼まれれば断ることはできないんだよ」


 ———十二降天アネクドート・序列八位《漸騎士》阪神水見。


 友好的に話しかけては来るが、それでも序列が四位の時代には先代の《英雄》と《明晰》を破っている。

 東日本が誇る『七賢人』には様々な役職が存在するが、勿論それは能力の高さも重要視される。

 結局のところ、彼ら彼女らには東日本最後の砦としての覚悟が必要とされるわけであり、実力の無い者は選定されない。


 即ち、西日本側が差し向ける機械人間を相手にしても問題ない戦闘技能を、戦闘向きでない《偶像》や《明晰》であっても揃えているという事になる。


 そしてそれは《黒級》に達するだけの実力者である。

 その人物を二人も屠った《漸騎士》は、どう考えても無警戒であたれる相手では無かった。


「残念ながら菊桜は解散していない。今は戦利品をにやけながら漁っている頃じゃないか?」

「……ほう。どうやら本当に策は失敗していたのか。ユーが桜の方を覚えているとは、一体どういう……?」


(やはり、それを確かめに来たのか。どうやら忘却に関しては、その効果を周りの人間からでしか有無を判別できないらしいな)


 ———それなら、と菊は唇を噛んで覚悟を決める。


「作戦がどうかは知らんが、彼女は今忙しくてな。悪いがここであいつの代わりに決着をつけさせてもらう……!」


 桜蓮に会わせるわけにはいかない。本当は忘却されていることに気付かれてはいけない。

 深愛が忘却についての事実を知っていたのなら、西側でその事実は周知されているという事は確実。

 訝しませることに成功したこのタイミングで、十二降天・八位を倒すという成果を挙げることが出来れば、確実に状況は好転すると菊は気づく。


 何より、今まで取り逃がしてきた《漸騎士》を狩れるのは《英雄》である、と前提もこれまでの経験で周知されている。

 機械人間であろうが、元は普通の人間。

 思考できる人間というのは刻みつけられた前提から逃れることは難しく、前提条件に関連付けて思い込む習性がある。


 鏡桜蓮が今までに意図せずとも積み重ねてきた伏線。

 それを回収するタイミングは今を逃せば、機会は二度とこない———。


「……ターニングポイントだ」


 不可能だ。

 『七賢人』にも慣れない《茶級》が、災害である〝十二降天〟を相手取っては打ち破ろうとしている———、そんな話、酒の席での笑い話のネタにしかならない。


「忠誠をここに。我が覚悟をここに示せ———装填しろ、機造兵器」


 それでも、菊は笑って見せた。

 彼女の相棒であり続けることの覚悟は、とっくに決めていたのだから。


「絶望さえも撃ち落として見せるぞ、宝珠墜落‼」


 可能性に限界など無い。


 一パーセントでも光が見えたのなら、恐れは消えるのだから。

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