第35話

「……うん。いい調子なんだけど、ここで良い報告が一つと、悪い報告が三つある。どっちから聞きたい?」

「こういうのって一つずつじゃないの⁉」


 新潟陣営、データルーム。

 東京本部にいる《明晰》織野汐里と話しながらパスワード突破に向けて動いていた桜蓮は、徐に飛び出した彼女の言葉に驚く。


 一人しかいないデータルームに、桜蓮の声がこだまする。

 データルーム以外にも人の気配は無く、戦闘要員が揃って外に出ていることも相まってその声は一際響いたように感じた。


「特に希望が無いみたいだから、良い報告から。……次で《漸騎士》についてのデータは突破できる」

「んー、良い報告。それで、悪い報告の三つは? できれば良い報告で挽回できるレベルでお願いしたいけど」

「それは鏡さん次第かな? まず一つ目は、そっちのパソコン側、要するにデータの大元が存在する方で、最後の壁を打ち破ってくれないといけない事。二つ目は、時間制限がかけられてるからミス以外にも気をつけなきゃいけない事が増える事。三つ目が———」

「ちょっと待って、ストップ」

「三つ目が、開いた時から数分でデータの削除が自動的に行われること。バックアップはこっちで取るから見返すことはできるけど、恐らくデータの送受信は性質上、不可能に設定されてるはず」


 桜蓮の言葉は届かず、ただただ情報だけが積み重なっていく。

 その内容の重さに、彼女の喉は耐えきれずにごくり、と生唾を飲み込む音を響かせた。


「戦闘にも臨むわけでしょ? 情報については逐一修正とか補完していくけど、全てを説明する時間は十二降天相手には命とり。だから、鏡さんが許された数分で纏めて相棒とやらか、私にに共有する必要がある。……悪い報告ってのはこれから脳みそフル回転の必要性と、一つの取りこぼしも許されないってこと。———できる?」

「……やらなきゃいけないなら、やるしかないでしょ。でも、ウチはこういうのには全く手が無いんだけど」


 そう不安そうに溢した桜蓮に向け、画面の向こうで笑うのは汐里。


「どうやら私が誰だか忘れてるみたいだね。《明晰》だよ? そのくらい、カバーできる。未来を見通せるとも言われる能力、舐めないでよね」



 その力強い言葉に背中を押され、大きく深呼吸した桜蓮は表示されている画面、そしてキーボードに手を伸ばした。

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