第32話
「———一馬! 《明晰》のナンバー教えて‼」
菊と別れ、迫る追手から逃げ切って新潟の陣営に戻った桜蓮は、怪我人のシストを救護班に任せて見送った後、連絡端末で《将軍》三木一馬へと通話を送っていた。
「……本当に急だな。確かに切迫している状況だが、こちらも準備がある」
「アンタのしか覚えてなかったの! 責任はウチが取るから、お願い‼」
通話の向こうで、大きめなため息が桜蓮の耳元に入った。
「誰にそんな口をきいているのか、今一度確認した方が良いんじゃないか? 鏡桜蓮。まだ自分が上にいるのだと勘違いしているのかどうかをな、《黄級》」
「……う」
「だがまぁ、今回は見逃そう。……今、メッセージで《明晰》のナンバーを送った。だから、俺が出来るのはここまでだ。東京にもあの問題児が来ているんでな」
「問題児———《漸騎士》が⁉ 大丈夫なの、一馬」
「話は以上だ。精々気張れよ、鏡桜蓮。落としたら終わりだと思え」
ブツッ、と無情にも通話は切れる。
雑過ぎる対応に膨れそうになる桜蓮だったが、冷静になると《将軍》の立場にいる相手に対し、生意気な口をきいてくる《黄級》風情。
「……大人になったなぁ、一馬」
付き合いが深かった一時期の事を思い出し、感傷に浸りそうになるのを慌てて首をふって意識を逸らす。
何のために連絡を取ったのか。すぐさま目的である《明晰》のナンバーを端末へと打ち込み、音を鳴らした。
———プルルル、ルルル。
五回目のコール。その後に、気だるげな声が端末越しにこだました。
「……ぁはい。だれぇ?」
「ウチ。鏡桜蓮———っても分かんないか。でも、それよりお願いがあるの」
「……何で知ってるの?」
警戒度が跳ね上がった声音。しかし、桜蓮はそれを無視して話を進める。
「西日本側の重要データを入手してきた。多分、ウチの見立てだと直ぐに必要になる内容が入ってる。間に合わなきゃ、東日本が終わるレベルで。直ぐに解いてほしいの」
「——————へぇ。それは面白いね」
東日本が誇る『七賢人』の《明晰・黒級》織野汐里。
彼女が興味を抱くのは、未知なる情報———。
その性格を理解していた桜蓮だからこそ成せた、本来ならば三日はかかる手続き。
一瞬で声音に興奮が混ざった彼女を感じ、桜蓮は手元のパソコンに情報端末を繋ぐ。
「———お。興味深いタイトルばかりが並んでるね、ここは天国か? ……でもこれは違う、これも違う。……あぁこれか、なんだっけ、鏡さん? が欲しがっているデータは」
桜蓮の見つめる画面は、東京にいる汐里のラボに繋がって遠隔操作されている。
クリックされたデータが表しているは———
「そう。〝十二降天・真名一覧〟。ウチの相棒がミスってなければ、その序列八位の情報が至急で必要になるの」
「ミスって無ければ、ねぇ。……いいの、始めちゃって? 一度手を付けたら、他には終わってからじゃないと移れないよ?」
その言葉に、桜蓮はくすりと笑う。
「問題無いわ。だって、ミスる訳が無いんだもの」
ドン、と地響きにも等しいレベルで大きく揺れる世界。
その振動にさえも一切の動揺をせずに、桜蓮は言い放った。
「今度こそ。ウチと、ウチの相棒で、あの《漸騎士》を片付けなきゃいけないから」
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