第55話

「ちがーう! もっと気合を込めて鳴らすんですわよ、ベースは‼」

「いや、あの」

「貴女もですよ⁈ ピアノは音が大きいんですから、歌声が聞こえにくいんですの! もっと気合を込めて弾いて歌ってください‼」

「えっと、その、troubled」

「あっ! ベース、その持ち方は気合で———」

「愛未ちゃん⁉ 邪魔しないでくださいますかァ⁉」


 桜蓮、シスト、そして豪邸トリオの五人は、文化祭当日で使われる体育館のステージで練習に励んでいた。

 多少なり脱線はしていたものの、元々楽器については素人では無かった二人は、右太郎の教え方もあってみるみるうちに上達の一途を辿っている。


「……まぁ、これなら問題なく演奏できそうですね」


 右太郎から及第点が出る。かなりの時間を練習していた桜蓮とシストの二人は、その場に崩れ落ちるように膝をついた。


「流石はトップバンドグループのリーダーも兼任してるだけあるな、右太郎。関係ない俺でも身に付きそうな教え方だ」

「それは『七賢人』からの頼みだからね。ミスはできないと気合は入るさ」


 右太郎は徐にケースからギターを取り出すと、慣れた手つきでチューニングを始める。心地の良い音色が体育館へと響き始めた。


 そこでやっと復活した桜蓮とシストの二人が、死人のような動きをしながら立ち上がる。


「戦闘とは別の場所に力が入って、余計疲れる……」

「ピアノを弾きながら歌うの難しい。私はデュアルタスクできないんだよ、hard」

「あ~! ちょっとシスト、ウチの分も残しておいて⁈」


 愛未から渡された水を浴びるように飲むシスト。その飲みっぷりに焦る桜蓮が声を出すも、その中身は既に空となっていた。


「おい愛未、なんで二人いるのに一本しか水を買ってないんだよ」

「お金が無かったんですわよ! お財布を忘れたので‼」

「それを先に言えよ! ああもう、買ってくるからちょっと待っててくれ‼」


 気の利く人間ってのをレクチャーしてやる、と左近に引っ張られていく愛未と、その後をやれやれと首を振りながらついていく右太郎。

 二人だけになった体育館。がらりとした雰囲気に、烏の鳴き声が響いた。


「……気配は?」

「それなりに生徒数が集まっているタイミングで、かすかに。遠くで様子見しているのをワザと知らせているのか、それとも本当に気付いていないただのお馬鹿さんか。まだ判断はつかないね、hassle」


 スパイのあぶり出し———。

 それこそが二人が《将軍》から受けた命であり、一連の動きの本命。彼本人から相談と作戦を提示されたものだけあって、その内容は緻密だった。


「ウチらが情報を持ち帰ったのはスパイである《神使徒》も知っている。だから、ウチらを注目させ、向こうからのアクションを待つ。……登録上は《黄級》の二人をあぶりだしに使うだなんて、本当に一馬はえぐいよ」

「でも、事情を知っているのはきっくーか『七賢人』クラス。警戒されるのは目に見えてますし、適任は私たちしかいない。……リベンジのチャンス、kill」


 シストの癖。それは、戦闘中に息を止めがちなこと。

 その分、吸い込んだ際の匂いや空気に対しては鋭敏になり、記憶にも強く残る。


「あのいけ好かないイケメンの、岩の匂い。ミカワミアとかいう《神使徒》と一緒に潜り込んでいるのは確か、For sure」

「だとすれば、もう一人の武一って呼ばれていた奴も間違いなくいるね。……三人か、特定するのは結構難しいね」


 現時点で、菊は頼れない。


 一馬より実力アップの訓練を受けていることは本人から聞いており、連絡を取り合えるほどの余裕など作らせない程に追い込む、というのも言われていた。


「どうしても必要な連絡は繋がるけど、今はその時じゃないしな……」


 桜蓮は手元の端末に目を落とし、ため息をつく。


「いいや、駄目だ。ウチも菊くんの力になりたい。ここでちゃんと———もう絶対にあんなことはさせちゃ駄目なんだから」

「気持ちはわかるけど、あまり考えすぎない方が良いよ桜蓮。意識しすぎると、精神的に危うくなってしまうから、warning」


 一呼吸が置かれる。しばしの時間が流れ、体育館の外からにぎやかな声が近づいてきた。


「……三人」

「ん?」


 ボソッと小さい声で呟いた桜蓮に、シストが首を傾げた。


「あの三人も《茶級》だよね。真実は伝えられないけど、どうにか協力して貰えないかな」

「…………ん? どうかいたしましたかー?」


 ガラリと空いた扉の向こう。


 一気に視線を向けられて首を傾げている愛未と、その後ろの二人。桜蓮とシストの二人は、頷きあった後に彼女らへと近づいていった。

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姉貴面精霊と俺と、インビジブルガール @TodayMoon

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