第54話

「よう、来たか」

「よう、じゃねぇよ。こんな時に華やかさ云々で俺のチームから引き抜くな、大迷惑なんだけど?」


 がちゃり、と菊は扉を開け放ち、開口一番に奥の席に座る男へと不満を垂れた。


 大きな窓を背に、豪勢な椅子に座っているスキンヘッドの男が振り返る。鋭くこちらを見る紫の眼光が、菊を射抜いた。


 次元守護者『七賢人』《将軍・黒級》三木一馬。


 東日本でナンバーツーと呼ばれる男は、菊を見据えたままに笑みを携えた。


「華やかさの部分は否定しないのか? 両手に花で良い思いが出来るチームで羨ましい」

「そこは否定しても仕方ないだろ。とにかく、ふざけた理由でバンドとかさせるな。アンタだって、今の状況分かってるんだろ? スパイが———」

「ぎゃいぎゃい煩いのは、一番最初の頃から変わらないな。あの時から、何も変わって無いのか? ———一人で何もかもできる、とでも? 今のお前は、状況を進めたとして何かができるのか?」

「……できる。いや、できなくてもやって見せる。俺はもう絶対に桜蓮を———」

「あー、いい、いい。そういうのは求めてない。気合とか、火事場の馬鹿力とか、俺はそういうのは一つも信じていない」


 拳を握りしめ、震えながら話し始める菊に対し、一馬は首を振って笑い飛ばした。


「信じることができるのはただ一つ、己の評価だ。努力は必ずしも叶う訳じゃないが、努力した過去は自信になって残るだろ? 自信は評価に変わる。俺は、それを求めている」


 そう言い切った一馬は徐に机の引き出しを開けて、剣を机の上に置いた。


 所々が錆びており、剣先はよれ曲がっている。

 どう使用しても、武器としては扱えないただのガラクタ。


 そんな物を、一馬は優しく撫でた。


「覚えているか、コレ」

「……当たり前でしょう。アンタが俺を拾ってくれたえにしだ」

「時々敬語になるよな。一体、何がスイッチなんだか」


 くっくっ、と可笑しそうに笑った一馬の眼差しは、先程までの険しいものでは無い。


「覚えているならわかるだろ? 不器用なりに己の有用さを示せる方法を考えて、一人でやり切ったお前の結晶だ。俺の、お前に対する評価と共に、お前をお前として認めさせた評価でもあるだろ、コレは。……ま、やり過ぎて広まった噂を片すのは面倒だったが」


 菊の脳裏にも、あの時の光景が過ぎる。


 全てを薙ぎ払う事だけを考えて、ただ無我夢中に成果だけを求めたあの瞬間を。


「俺は、今のお前にコレを求める。どれだけ上に来れたのか、見せてもらう」

「———それは」


 言い淀む菊に対し、一馬はあっさりと言い切った。


「だから、面倒を見てやる。席が空いた今、使える人材を遊ばせておけるほど東日本は暇じゃないからな」

「……悪いが、実験はお断りだぞ」

「馬鹿か、お前は。貴重な戦力をあんなアホみたいな実験で台無しにしてたまるか。東日本には暇も無けりゃ余裕も無いことくらい、理解しろ」


 その言葉を受けて初めて笑みを溢した菊は、続く言葉に息を溢した。


「まぁ、お前の全てを見るからにはソレも、だが。……死ぬ一歩手前までついてこい」

「上等だよ、九割殺せるもんなら殺してみろよ」


気合の入った彼の視線は、右腕に眠る成果へと向けられていた。






 バタン、と扉が閉まる。訪れた静寂に、独り言が沁みていく。


「己の評価は原点を知るところから、だぞ」


 明日に向けての準備期間の為に、部屋から出る菊を呼び留めた台詞を思い起こす。



『……そう言えば、その前のことは思い出したのか?』

『いいえ、全く。必要性も感じませんしね。……準備してきますよ』



「———お前は一体、何者なんだ」



その言葉は誰の耳に届くことなく霧散していった。

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