第41話

『まず、真名については記載されてなかった。これは恐らく本部にしかない情報で、本部も身内にもそう簡単に話すつもりは無いんだろう。でも、それ以外の情報を集めれば自ずと真名に辿り着けるくらいの情報も載ってるわけだね』


 そこから、汐里によってデータの詳細と《明晰》による主観と背景から導き出される予想が話されていく。


 曰く、武器は二種類あり、一つ目の能力が務めを果たした時に二つ目が現れる。


 曰く、二つ目が放たれた後は十二降天の序列七位以上が、始末に動く必要がある。


 曰く、それが成された時には西日本が滅んでいるが、自ずから引き出す事は叶わない為に阪神水見を遊撃隊に命じた。


 曰く、北欧組とは組み合わせてはいけない。


 曰く、戦闘において感情を持たせることなく、ただただ屠るだけの機械にするべき。


『気になる点はいくつかあるけど、二つ目の能力を使わせたいことと、使わせた後は始末する労力が発生するという部分が重要。恐らく、二つ目の能力は暴走に関わるものなんだと思う。でなければ、彼より上位の能力者を差し向ける必要が無い』


 逆に言えば、下位の能力者では実力的に敵わないほどの暴走状態に陥っている、ということである。

 もしそうであれば、西日本側は危険な状態に陥ることは確定だ。


『そして、北欧という単語。これは間違いなく、北欧神話のことだ。これまでに暴いた幹部クラスの相手の中にも、神話系の能力を宿していた機械人間はいた。これらの要素が組み合わさる例は、そう該当しない。……そこで、キミに問いたい。何か、些細な事でもいい。気になる点やおかしい点に思い当たる節はないかな?』

『…………』


 菊の脳裏に過ぎるそれは、攻撃が通じるようになったあの光景。

 いま思い返してみれば、あれは———


『……なるほど。キミが流れに乗ったタイミングで急に攻撃が通じた。向こうはよくない流れだと判断し、能力をやっと解禁した。……そうか。だから、感情を持たせてはいけないのか』


 菊の思い出しながらの拙い話。それでも、汐里の中で纏まった結論が出る。


『まさか、わかったんですか?』

『……やっとピースが揃った。これらの要素全てに合わさるのは、そうない———』


 不必要な感情。暴走。北欧神話。詠唱の言葉は呪い。

 そして、目が眩む程の金色の剣。



『北欧神話に登場する魔剣・ティルフィング。真名———唯一ティルフィングの呪いに犯されなかった盾の戦士・ヘルヴォルだ』






『盾の戦士・ヘルヴォル……』

『そして、二つ目の能力は暴走魔剣・ダーインスレイヴ。この武器は暴走だけを目的としているから、解放したところで真名が変化することは無いだろう』

『ヘルヴォルの弱点は⁉』

『かの戦士は、呪いを授けるティルフィングに犯されなかった。その理由は、力や名声などに一切囚われることなく生涯を閉じたからだ。不必要な感情というのは、《漸騎士》の弱点になり得る勝利や栄光といったものだ』

『なるほど、だからか……!』


 ———欲望の概念を持たせる。


 それが《漸騎士》阪神水見の弱点であり、撃破のポイント。

 攻撃が急に通じるようになったのも、菊の特攻に負けられないという欲望を持ったのであれば、辻褄は通る。


『だが、問題は三回叶えられる願いという反則技だ。恐らく、三つめはダーインスレイヴを手にして暴走させることだとは思うが、残り二つが分からないとなんとも……!』

『……いえ。そこまで分かればもう大丈夫です』


 ぷつ、と連絡を切る。視線をやれば、二人の会話は未だ続いていた。


「似合ってるね、その金髪。軽薄そうな性格にピッタリ」

「…………あぁ」

「なに、ウチよりも菊くんの方が気になる?」

「それはな。アイとしては真名、あるいはそれに繋がる話をされているというだけで気分が悪い。邪魔するのはもう諦めたが、気になるのは当然だろ?」

「じゃあ、もう気分は悪くならないな。終わったし」

「そういう問題でも無いんだよ。菊の方、ユーだ。……アイの真名は、分かったか?」

「あぁ。……北欧神話に出てくる盾の騎士・ヘルヴォル。機械装填は、その伝承に出てくる魔剣・ティルフィング。そうだろ?」

「本当に厄介だ。どうせ、バックには当代の《明晰》が居るんだろう? 前もそうだった。全く、アイはどうやら《英雄》と《明晰》にかき回される運命にあるらしい」


 首をふる水見は、どこか様になっている。

 それこそ、外国特有のオーバーな雰囲気を全面に出しての様子は昔から染みついているように自然だった。


「正解だよ。アイの真名は〝ヘルヴォル〟。三つの願いを叶え、そして所有者を呪う魔剣・ティルフィングを飼いならした戦乙女」


 だが———、と水見はまたも呆れたように首をふった。

 その瞳には、昏い色が色濃く映っている。失望感そのものが浮かんでいた。


「やはり神話に登場する、加えて情報もロクに揃っていない外国の伝承を降ろすのは無理があった様だ。願いなど、中途半端だ」


 コツコツ、と彼は己の頭部を軽く叩く。


「一つ目の願いは、無敵の防衛。だが、壊れてしまった。……いくら、弱点を突かれたと言っても、だ。二つ目も同じ。不要な感情を抱かない心を願ったのに、結局のところ菊桜、ユーたち二人に翻弄されてボロが出た」


 コツ、と足が踏み出される。一歩、二歩、三歩……。

 その距離は少しずつ縮まっていく。


「お話は終わりだ。ここまでくれば、もうお互い譲れない。アイは任務遂行のため、是が非でもユーたちを殺したい。ユーたちは、アイを閉じ込めたこの監獄で決着をつけたい」


 徐に、水見の剣が振るわれる。

 風を切り、音を立てて桜蓮へと襲来する鎌鼬を、菊が右手で弾き飛ばす。その姿を見て、水見の鼻が笑った。


「そしてユーたちは、、という枷も出来たな。

 ……ここまで時間をかければ流石にわかる。まぁ、ウィンウィンじゃないか? 東側はたった一人の戦力にアイの真名を伝えられた。西側はその時間で己の策によって、大幅な弱体化に成功していたことを確認できた」


 ピリッ、と空気が塗り替わっていき、雰囲気が震える感触に菊は腰を落とした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る