第40話

「流石は英雄だな。助かった」

「そりゃそうだよ。言うなればウチのアイデンティティと、他の人からの覚えが極端に悪くなっただけで、ウチ個人としての人生はまっさら、手を付けられてないから」


 小声で菊に笑いかけた桜蓮は、続けて少し距離が離れた水見へと声をかける。


「久しぶり、問題児。元気してた? 前は特大の爆弾をどうもありがとう。早速だけど殺人未遂でしょっ引く前に、遺言を聞こうかな?」

「———っ、は、はは、ははは‼ はは、相変わらずだな《英雄》‼ やはり菊桜は良いな、最推しのカップリング、二人は揃って輝く!」


 先程まで迸っていた真剣な雰囲気は薄れ、いつものように笑い始める水見。


「だが、今までずっと逃げられてきたユーたちには捕まえられないだろ?」

「いいや、今日こそは決着がつくよ。何故なら、絶対逃げられない包囲網を敷かせてもらったからねー」


 ちゃらっ、と桜蓮はポケットから紫に光る石を取り出した。


「……なんだ、それは」

「ウチら、東日本のナンバーツーからのお届けもの。『七賢人』《博士・黒級》がつい一昨日に開発した、機械人間を閉じ込める結界だよ。名前は〝秘石の電磁結界バリアンズ・フォース〟だって。でもまぁ、範囲内に強烈な電磁妨害が発生するから使用場所は限られるんだけど———」


 そこで言葉を切り、桜蓮は大袈裟なパフォーマンスで辺りへと目を向ける。


「気づかなかった? ここは新潟の陣営から程よく離れた立地。戦闘中も、こっち側では結界を作り上げるために必要な石を埋め込んでたことにさ」

「…………ほう」


 そこで初めて、桜蓮の前でも冷酷な表情を覗かせた水見。

 何かを確認するように右手を数度動かしたのち、うっすらと笑う。


「確かに、嘘やハッタリを仕掛けているわけでもないらしい。……全く、本当に老いたか? 桜、ユーの方に仕掛けた罠も不発に終わったようだし」

「信じてくれて何より。じゃ、改めて聞こうかな。……遺言は? 降伏するなら一切の自由は与えられないけど、命だけは保証するよ?」

「悪いが、遺言も降伏の意思も無い。ユーたちの抹殺を先程、命じられたところだ。アイとしては、策が不発だったのかどうかさえ確認できれば良かったのにな……」

「へぇ? 抹殺とはまた急だね。誰からの指示?」

「お喋りする気はあまり無いんだが? いや、ユーと話すのは楽しいが……」


 ちらり、と水見が菊へと視線を送る。

 まず間違いなく、先程から入っている通信を聞かれたくない様子である。


「じゃあ良くない?」


 だが、桜蓮が立ちはだかっていては安易に動けない。

 今の彼女であれば一分とも持たない実力差になってしまっているが、しかしその事実は本人と菊しか知らない。

 ここまでの流れで、鏡桜蓮には忘却の策が不発だった、と思わせられているアドバンテージが効いてきていた。


『……イイ感じに状況は進んでいるのかな? じゃ、こっちも手早く話してしまおう』


 こちら側の状況を見ているのか、そのタイミングで汐里から再びのコンタクトが入る。


 話し始める素振りを感じ、警戒しながらも菊は耳を澄ませることにした。

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