第14話

「———により、鏡桜蓮は無罪であるため《七賢人》には正確な判断のし直しを要求する……だめだ、こんなんじゃあの頭でっかちはやり込めない」


 紙につらつらと書いていた文を破り捨て、後へと放り投げる。

 自分に文才と、政治的な頭脳が備わっていないことを歯ぎしりしたくなるほど、菊はこの二日間机に向かい続けていた。


 理由は簡単、鏡桜蓮がスパイであると上層部に拘束されたからである。


「一緒に取り戻すって約束したばかりだろ、もっと気合入れろ……!」


 《七賢人》には、その役割に対応した制服が支給されている。相手に威圧感を与える方面、そして味方に安心感と緊張感を持たせる為である。

 そして、その偽造に関しては厳しく禁止されている。選ばれし限られた者しかその立場に居ることが出来ない事実は、東日本の中でも神聖視されている程である。


 だからこそ、桜蓮は引っ張られた。


 《七賢人》しか許されていない制服の着用、そして登録の無い不法侵入者として。

 少し考えれば気づけること、しかしだからこそ見逃した。その他の要因に気を取られ、第一に東日本国内での安全性を確立するための一手を間違えた。


 〝次元守護者〟は、東日本で唯一無二の戦闘集団、西日本側に対抗できる手段。

 その壁が堕ちた時が最後だということが、国民の中に根強くあったのなら、その基盤に亀裂を作り出す外敵に対してはどんなにも非情になれるという事を。


「とはいえ、俺も完全な安全圏に居る訳でも無いしな……」


『この女が我ら東日本に害を成さないと言うのなら、証明しろ。三日後、裁判を執り行う。逃げずに証明できると言うのなら、当日までに用意をしておけ』


 《将軍》三木一馬。

 戦場に常に降り立ち、指揮系統を担う。

 《英雄》と同格の裁量権を有する《七賢人》の一角であり、非戦闘態勢時は国のトップである《天下人》に次ぐナンバーツーとして運営する立場でもある男。

 身体全てが筋肉で出来ていると錯覚するほどの出来過ぎた体躯、一九〇センチは優に超えているであろう身長、そして威圧感に溢れた人相の悪い風貌。

 陽光に反射するスキンヘッドと同時に注がれる紫色の瞳からは、誰しもが歯向かう事を忘れてしまう程と、まさしく《将軍》の名に相応しい男の言葉が脳を刺激する。


 ———無実を証明できなければ、一緒に行動していたお前も同罪となる。

 

 あれは、そういう意味で使われた言葉だ。


 菊は既にただの一度もミスができない状況下にいる。だからこそ、あの言葉を言葉通りには受け取らず、決して意味をはき違えない。


「いいよ、やってやるよ……!」

「なになに、なんかするの? 私もやるよ、try」


 背中に柔らかい感触と共に、重さが加わる。首だけを回してみれば、そこにはシストの姿がある。


「ランクはフォースに任命されたんだよな、シスト」

「うん。シックス、あるいは《七賢人》に任命されるかと思ってたけど……見る目が無いね、bad」

「それをされると俺含め、今まで頑張ってきた奴らが苦しくなるだけだから」


 どういうカラクリを使ったのか、シストは無事に〝最後の砦〟への入学を果たした。

 加え、実践で外に出ることが許されているフォース以上のクラス。

 無実の証明を行わなければならない期日まであと一日と迫った現状で言論での盤面返しが思いつかないのであれば、やる事は一つに限られていた。


「協力してもらうぞ、シスト」

「良いけど、人に頼むときはそれ相応の態度があるんじゃないのかな、beg」

「…………お願いします、お姉ちゃん」

「良く出来ました! 勿論協力するよ、お姉ちゃんだからね! perfect!」


 正統派。

 まさしくその言葉が似合う相手には、同条件で挑んでも勝ち目はない。搦手を使い、やっと届くかどうかだ。


「上等。タダで《影装束》なんて呼び名を許してる訳じゃないってこと、証明してやる」


 やるからには、本気で全力を尽くして。

 《英雄》の相棒として出来ることなど、一つしか無かった。

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