第13話
「……あれ? もしかしてお取込み中だった? お姉ちゃんとしては、ヒニンとやらはしっかりして、としか、caution」
「妙な勘違いは止せ‼ 別にそんなんじゃない、この子と今後の話をしてただけだ‼」
とんでもないことを口走るシストの口を塞ぎ、菊はそのまま壁際へと追い詰める。
「きっくー、お姉ちゃんは貴方の姉だからその、こういうのは、どうかと思う、shock」
「勝手に姉面するな。それとそういうつもりでこんなことをしてる訳じゃない」
大きいため息をついた後、菊は後ろで狼狽えている桜蓮を気にしつつ、小声でシストへと語りかける。
「桜蓮が今一番マズイ状況だってことはお前も分かってるだろ、シスト。これ以上事態をややこしくしないでくれ」
「む。私だって無策でここに来たわけじゃない。ちゃんと考えはある、idea」
「ホントかよ……」
任せて、と胸を張ったシストは菊を押しのけて桜蓮の前へと立つ。
何処か警戒している桜蓮と、何故か自信満々の表情のシスト、その二人の視線が重なった。
「私は菊の姉、シスト。今日からフォースとして転入した。名前は? girlfriend」
「お、お姉さんですか⁉ ウ、ウチは鏡桜蓮です。何だろ、ファーストクラス、かな?」
「そう、桜蓮。じゃあ私のことはシストお姉ちゃんと呼んで。そうすれば一緒に戦ってあげる、何かは知らないけど、battle!」
「は、え、お、お姉ちゃん?」
「オイコラ、勝手に話を捻じ曲げるな、ややこしくするな、姉面するな」
話が脱線するにも程がある状況になりつつある雰囲気を、強引に引きずり剥がす。
シストの頬を軽く抓りつつ、菊は耳元に向けて桜蓮には聞こえない声量で真意を問う。
「……シスト。どういうつもりだ」
「だって、お姉ちゃんが桜蓮のことを知ってたらおかしいでしょ? きっくーのことは感覚共有で伝わるから理解できるけど、こっち側の関係をバラすのはまだリスクが高い。混乱状態に混乱することを吹き込めば、爆発するのは当然でしょ、dynamite」
「今一番、この場を乱しに乱して混乱させてる奴は誰か分かって言ってる?」
抓る力をほんの少し上げるが、シストのいう事は概ね正しかった。
最大優先事項は、桜蓮の記憶奪取。
それを成功させるには分体の撃破が必要不可欠だが、その相手は不明。機械人間なのか、それとも東日本人なのか、それすらも不明なのである。
後者のケースは無いと信じたいが、現に《影装束》などと二つ名を付けられている男がいるという現状、可能性がゼロでは無いことは確か。
(いやマジで《影装束》は全くの誤解なんだけども。いつになったら解けるんだよ)
泣き言はさておき、菊は二つの爆弾を抱えたことになったわけである。
一つは、シストとの関係。
明らかに前例がない次元開放術式が擬人化したケース。
もし表沙汰になってしまえば、本人の評価も相まってつるし上げられるのは必至。隠し通す以外の選択肢はない。
もう一つは鏡桜蓮=
今日だけの反応を見る限り、彼女については完全に忘却の魔女の呪いで忘れ去られたということは、疑いようの無い事実となった。
七賢人が《英雄》の不在をどう捉えるかはいまだ不明だが、彼女無しでは西側の侵攻を止めることは厳しくなる。これも表沙汰になれば、いずれは西側へもその情報が届いて近いうちに大規模な侵攻作戦が組まれるのは必至。隠し通す以外の選択肢はない。
かつ、方々にバレる前に今の状況から好転させられるだけの成果を挙げたい、というオマケもついてくる出血大サービスである。
この状況を打破する鍵である桜蓮との縁が残っていたという、考え得る限り最高の状況。
この状況から一歩でも間違えた瞬間、全員の安全は保証できないという最悪の状況。
「さぁ、もうこれでただの一度もミスは出来なくなったか」
傍らで自己紹介をし始めた彼女らを横目に、菊は吹っ切れたような表情で笑みを溢す。
桜色の髪が風によって揺れ、ふわりとムスクの香りと混ざる。
二人の華やかな笑顔は、確かに菊に希望を持たせるだけの美しさを覚えさせていた。
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