第2話
「〝———日本に昔からある神隠しという現象。
この謎については様々な説があり、その殆どは天狗や精霊などの超常現象か落下、誘拐など現実的で事件性のあるものどちらかに限られてきたとされていた。
だが、近年は一貫性のある神隠しの事例が報告されている。捜索者の存在がデータでも見つからないというケースについてである。ここでは、その件について纏めた———〟」
「いやいや待て待って、話がわからん。先にこの話をする理由について教えてくれ、一体どういう考えで今更〝神隠しの正体〟になんて触れる?」
静かに、しかし芯のある声で話し始めた桜蓮を少し遅れて菊が止める。ムッとした表情で、桜髪の彼女は自身の戦闘服の袖を握った。
「初めに言ったでしょ、近年事例が増えているって。どうやら昨日の夜にも起きたみたいだから、早めに共有しておくの」
「あぁ、そういう……。相変わらずリスク管理がしっかりしてる」
「ていうか、ちょっと黙って。上司の言葉はまず黙って聞く。その後、質問があれば聞く。その流れが鉄則でしょ? それでも《
「語気が強えぇよ。マナー講習でそんな訳の分からんのも聞いたこと無いし、勝手に自己中マナーを作るな。…………てか、《影装束》も辞めてくれ」
「……あ、ごめん。いつもの冗談だったんだけど、何時でも流せるわけじゃないもんね」
「いや、まぁ……良いんだけどさ」
先程の甘酸っぱさが混ざっていたかのような雰囲気から一転、少し重い空気が流れる。
静かになった両者の耳。なれば、今まで気づかなかった喧噪が入ってくるのは当然。
「———なんだ、菊桜のイチャイチャは終わりなのか? 投げ銭でもすればまだ見せてくれるか? ユーたちの姿は、アイにとっての生きる糧なんだがな」
「……遂に敵の生きる糧にすらなったのかよ。こっちとしては困るどころか一層裏切り者扱いされそうな案件だ、菊桜は解散かな」
「脳死で返答しないで、菊くん。アイツも幹部なんだから、油断できないんだよ。それに菊桜は解散しません。ファンがいるなら続けてあげなきゃ」
「お前こそ脳死でモノを言うな。東日本を支える『七賢人』の一角としての自覚を持て」
ふらりと何処からか現れた男———なのかどうかは、確証がない。
銀色に輝く甲冑に身を包み、兜から覗くは怪しい印象を抱かせる瞳だけ。判明していることは常にふざけた喋り方をする西日本側の騎士風情。
それが、先代の《英雄》を殺してみせた仇。《
「大体、お前も良い歳だろ? 三十半ばにもなっても人の関係性にとやかく言ったり首を突っ込んできたり、カップリングがどうとか気持ち悪いぞ」
「おぉい‼ 菊桜の菊の方、ユーだ。言葉には気を付けろ。それと勝手に三十路扱いもするな、アイは機械人間だから年は取らないんだ」
「一昔前のアイドルみたいな事言ってら……」
「じゃあトイレにも行かないのかな? 《偽騎士》は」
「フン、当然だろう? アイは機械人間だからな。トイレなど、学生を卒業して任に就いてからはもう十数年行っていない」
「やっぱ三十路じゃねぇか」
戦場の中でする話とは思えないほど、のんびりとした会話をする三人。しかし、桜蓮と菊の後ろでは慌ただしく避難、撤退が進んでいた。
それもそのはず、二人が今対峙している相手は西日本側の幹部。
その階級は今でこそナンバーエイトであるものの、少し前までは東が定めた危険度の階級の上から三つ目であるナンバースリーに位置していたバケモノであるのだから。
下らない話をしつつも、桜蓮と菊は一切の視線を銀箔の騎士から離してはいなかった。
「アイとしては油断して欲しいものなんだがな……。菊桜の桜の方、ユーが先ほど叩き潰した井上美咲は
「手心が欲しいなら降伏して。それか、心をウチらと通わせられるちゃんとした人間に戻って。……できるでしょ、機械人間になれたあなた達なら」
「冗談がキツイな、《英雄》。我らは望んでこうなったんだぞ?」
「じゃ、交渉は決裂だね。……そろそろ追いかけっこにも飽きてきたんだ、今日で終わらせるよ。———菊くん!」
「あぁ、連絡と申請は済んでる! たった今、承認が下りたところだ‼」
後ろ手で連絡端末を使用していた菊が、開戦の狼煙とばかりに手に持っていた球体を投げた。
雷球。
破裂した瞬間、辺りに痺れを発生させるチャフグレネードの一種である。しかし、水見は危なげなく躱して見せた。
しかし、当てる為に投げたのではない。寧ろ、当たればラッキー程度のものだ。本命はその次である———
「行け、桜蓮!」
「えぇ———
桜蓮が胸に当て抱えたカードを真上へと投げる。カードが破け、その場所に開くは破れた空間。その中は、何処までも続いていそうな異次元空間が見えている。
周囲の温度が急上昇する。次元から飛び出すは、喉の奥までも焼けそうな灼熱。
ごうごうと音を鳴らして、渦を巻くように水見を包んだ炎は優に数十秒も温度を上げ、その質量を燃やし尽くした。
そこに残るは、焦げ臭さと同化する真っ黒な灰———
「流石は桜の方、ユーの攻撃は避ける暇さえないな……!」
灰だったものが、響く声と共に姿を戻していく。数秒の後には今までと同じく銀色に輝いた甲冑に身を包んだ機械人間が立っていた。
ランクナンバー・エイト。東日本人が皮肉を込めて《偽騎士》と呼んでいる〝災害〟が不死鳥のごとく蘇る。
「そう? じゃ、死ぬまで喰らい続けてくれればいいから!」
桜蓮は一切の戸惑いを見せることなく、腕を動かしている。その手、指先にはカードが既に挟まれ、展開されていた。
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