第27話
白く無機質だった壁が黒く焦げている。
至る所にその染みは出来上がっており、熾烈な戦闘が繰り広げられていることが容易に見て取れる。
しかし戦闘が始まって数分が経過しても、その場にいるのは郎希とシストの二人だけであった。
「戦闘になって物音を立てれば、すぐに援軍が来ると思っていましたが……。まさか、遮音範囲を弄れるとは。どうやら貴女の実力を過小評価していたようです。
「褒めて貰えて嬉しい。でも、その賛美は壊れたロボットになってからが良い、broken」
次元開放術式・風。
シストはその性質を利用し、音をこの場に留まらせて消失させるという芸当を戦闘の最中に行い、援軍が来ないように手回しをしていた。
郎希が既に援軍を呼んでいたのであれば。あるいはその兆しがあれば、階下にいる二人を連れて全力で撤退する用意もしていたが、その様子はない。
(でもあえて呼ばないようにしているようにも見えるかも。不気味さは変わらない、か)
さらに言えば、中途陣営内に侵入した時から感じる違和感は、未だ拭えていない。
シストは勘付かれないよう、肺の中に溜まりに溜まった空気を吐き出す。
緊張すると無意識に息を止めがちな、彼女特有の癖である。
「次元開放術式。こうして手合わせするのは初めてですが、いやはや想像以上に厄介。少しばかり通信機器を置いてきたのを後悔し始めていますよ」
「嘘ばっかり。わざと置いてきた意味はなんなの、lie」
ジトリ、とシストは郎希へと目線を送る。
その先で、彼が困ったかのように首をすくめ———刹那、光が走った。
彼の右腕に突き刺さる、光り輝いている光線。それは、シストが高速で放った次元開放術式・光の攻撃である。
目にも止まらない速さで襲来したソレを片腕だけで防ぎ切った郎希は、ははっ、と笑みを溢した。
「油断も隙もありませんね。これだから余裕のない人は嫌いです」
「余裕を無くしてるのはそっちが原因。文句を言うなら早く和解すれば良い、peaceful」
「……そろそろ飽きてきましたね。やはり美人は三日で飽きるというのは本当のようです」
「十分くらいしか経ってないけどね、stupid」
はっ———、と郎希は一番最初に聞こえたような、悪意に満ちた息を吐く。
今まで話してきた会話、言葉、その全てが作り物であったことを理解させる雰囲気。
おどろおどろしい声音が、世界の糧を解き放った。
「運命を逆さに。無価値であることを証明するために———装填せよ、機造兵器」
郎希を中心に、超音波のような波が溢れる。
思わず片目を瞑ったシストの視界の端で、何かが蠢いた。
「———え?」
彼女は両眼を見開き、視界を広げる。
周りには、先程までは一切の気配を感じさせなかった岩の刃先がシストに狙いを定めるように展開されていた。
「良いですよ、遮音を止めてもらって。代わりに私が遮音展開をしますから、貴女は精々全力で———そうですね、抗ってみては?」
四方八方から、何の合図も無しに岩が殺到する。
シストは即座に次元開放術式で迎撃態勢に入るも、虚を突かれた時間はあまりにも長かった。
「———っ、が、ぁ……!」
腕に、脚に、腹部に。突き刺さる刃と共に襲い掛かるは、想像を絶する痛み。
一歩遅れて展開された次元開放術式が残りを弾くも、そのダメージは甚大だった。
「一応、必ず殺すと書ける必殺技のつもりなんですが。流石は無能な上司を持った優秀社員、一筋縄ではいきませんか」
痛みで滲むシストの視界、映る彼の右手から落ちるは一つの十字架。
それが逆さに床へと突き刺さった瞬間、全ての音が空間へと閉じ込められる、そんな空気を抱かせた。
「ほら、わかります? 貴女と同程度の遮音くらい、私でも出来るんですよ。だから、思う存分に泣き喚き、騒いで絶望してください? ———重要拠点に足を踏み入れ、我が主のテリトリーを汚した代償をその身で支払いながら、ね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます