第8話

 人目を避けるべく菊はシストの手を引いて走り、非常階段の裏で一息をつく。

 ほんのり汗が滲んで息が多少荒れる中、菊はシストへとにじり寄った。


「……どういうことなんだ」

「いやぁ、まさかこんなにも早く求められるとは思っておらず。でもでも、いつもはもっといい匂いがするよ? だから、後悔はさせないと思う、No program」


 ふんわりと漂うムスクの香り。頬を何故かほんのりと赤らめているシストに対し、菊はなんとも言えない表情で首をふった。


「違う。なんで守護霊なんて言ってた奴が他にも見えるのか、その状態で学校まで来ているのかってことを聞いてるんだよ」

「え? あ、そういうこと。えと、だから私も同じところに通って生活する。それが存在証明力を蓄える一番良い方法だし、perfect」

「それを先に言ってくれ⁉」


 がくりと菊は膝から崩れ落ちる。守護霊とか言われたばかりに、菊にしか見えないものだと思っていたと改めて確認の重要性に気付かされる。


「てか、入学なんて無理だろ。コートで誤魔化せたかもしれないけど、見えるならこれ以上は不審人物として扱われるぞ」


 彼女の服装は、紺のスカートにベージュの外套。

 確かに肌寒くなってきた季節で怪しまれる格好では無い。だが、それは外にいることが前提の話。学校内で外套など、脱ぐようにいわれるのがオチである。


「ん、そこも大丈夫。今から校長室で入学の手続き進めるし、制服も既に取り寄せてるから、all right」


 外套の下、ボタンを外した中には確かに学校指定の制服が見えている。一体どこから調達してきたのか———、そこまで追求する元気は既に菊の中には無かった。


「能力はどうするんだよ。同じ能力とか殆ど例が無いし、転入って部分も含めて疑われるぞ」


 二〇〇〇年に起きたことがきっかけで設立された育成機関。

 対西日本側という事もあり、入学に対するハードルは極めて高い。常にスパイの可能性を疑われ、一点でも曇りがあれば、それが完全な白ということが証明されるまで徹底的に追及、調査される。


 全ては東日本を守るため。歪な文化感と当初言われていたものは、この数十年で既に当然という感情へと移り変わっていた。


 加え、クラスはファーストから実力に応じて上がっていく仕組み。

 戦闘に対して素人同然とも思えるシストに、飛び級でいきなり菊と同じシックスに認定されるとは到底思えなかった。


「だいじょうぶ、大丈夫。〝最後の砦〟とか揶揄されてるところなんて、直ぐにクリアできるよ、easy」

「シスト、それ絶対に他で言うなよ。反逆者扱いされるぞ」


 とは言え、二〇〇〇年に始まった戦争が続きに続き、何時しか二十年が経過。

 その間に戦果らしい戦果は挙げられず、逆に攻め込まれて当初は岐阜にあった最前線を東京にまで下げることになってしまっていた。


 それに対し、上層部や軍事部への風当たりは強い。

 守ってくれているという期待の裏返しに、失望は民衆の厳しい声となって〝最後の砦〟とまで呼ばれるようになってしまったのも仕方の無い事と片付けられるのも確かであった。


「でもこっちも死活問題なんだから。存在証明力が無くなったら終わり。日々暮らす中で消費はするんだから、能力を使うことも考えて一緒に過ごして貯めていかないと。一蓮托生ってヤツで行こうよ、gogo」

「心労が増えすぎて減りの方が早くなりそうなんだが……。シスト、間違ってもスパイ容疑とか掛けられないでくれよ、頼むから」

「だから姉さんと呼んでってば、cry」


 不貞腐れるシストを一度放り、菊は思案にふける。その内容は勿論、これからの動きだ。


「あの悪夢をどうするか、だな……」


 思い出したくも無い悪夢。

 アレの悪い所は、今後詳細は違えど似たことが起こる前兆。


 ———そう、被害者は自身と桜蓮であるアレである。

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