悪夢の相談は、姉貴面と

第1話

「消える魔女?」

「そう。神隠しの本当の原因とされているけど、存在を知っている者は誰もいない。推測に推測を重ねた結果、いるであろうとされた最悪の伝承」


 ぱちぱち、と火花が弾ける音。

 辺りから煙が上がり、濁った空へ登っては同化していく。

 至る所からは呻き声と、それに重なるように聞こえる叱咤激励。


 ———戦場。

 しかし、今はそれだけである。勝利も敗北も無くただの痛み分け。そんな一番精神的に辛い戦闘を終わらせた後の、開けた大穴。

 何か途轍もない衝撃が与えられたために出来上がったクレーターの中心に、その女子生徒は付き従う男子生徒へと語り掛けていた。


「存在が確認できていないのに、いるとされた? 不思議な話だけど……」

「そりゃそうだよ。消える魔女はその名前の通り、消去させるんだから」

「……?」


 意味不明な話をする彼女に、特に異変は無い。

 先ほどの戦闘で怪我をしたショックで混乱しているのかとでも思ったが、そんな様子はない。


「てか、《英雄》がこの程度で怪我をするわけは無いか。臨戦過程が狭すぎておかしくなっただけだな。朝の登校中も転びかけていたし」

「おいこら、勝手に納得するな! 上司侮辱で死刑にするけど!」


 桜色が映える肩まで垂れた髪。少し頬を膨らませていても似合っている緑色の瞳。

 すっきりとした躯体は隅々まで手入れが行き渡っているのが分かる程に美しく、その印象は誰が見ても好意的に映るであろうことは簡単に想像がつく。


 だが、それも当然と言えた。彼女の立ち位置、東日本へともたらす影響力を鑑みればやり過ぎなどという言葉は、決して口が裂けても世に放つことはできなかった。


 東日本政府直属組織〝次元守護者〟。

 七人しか存在しない『七賢人リーダーズ』と呼ばれる内の一人———《英雄ブレイズ鏡桜蓮かがみかれん


 浮かべている微笑とは裏腹に、中々パンチの効いた言葉が飛んで来るが、それが冗談であることはそれなりの期間を相棒として過ごしてきた二人にとってはいつもの事だった。


「……アイツやろ、例のスパイ疑惑があるヤツって」

「疑惑じゃなくて、確定らしいよ? 先輩が言ってたもん、機械を使いこなせるのは、人間のフリをした機械だけ。成り損ないが処分の手間に送られて、たまたま上層部に気に入られたスパイ野郎だって」

「それ、誰が言ってたん?」

「安穏時サマ。《偶像アイドル》が言ったなら確定でしょ?」

「なんでそんなヤツが鏡先輩の隣にいれるんだよ……」

「だから、上に取り入ったからでしょ? 一体いつ裏切るんだか心配でしかない……。でも、裏切った瞬間に鏡先輩に殺されるだろうし、そこは大丈夫そうだけど」


 戦闘が終わり、安心感が生まれたのかそんな会話がそこそこ大きい声で発せられる。

 その目線さえもこちらへと向く。桜蓮へ向けられた後、こちらへも。その視線の流れの意味は、何時になっても同じであり、そして慣れることは無い。


「……まだ《偶像》はあのガセネタを擦ってるんだ。ウチがあれだけ大々的に言ったのに」

「一度や二度言っただけの事実と、悪意を持って何度も言っている嘘の違いだな。人は常に刺激を求めるっていうけど、流石は《偶像》なだけはある。人の心理をモノにするのが上手いな」


 どう聞いても呑気そのものの発言をする男子生徒へ、桜蓮がジト目を送る。


「…………菊くん?」

「だって、仕方が無いだろ」


 見た目に関しては中の中程度であると認識している男子生徒にとって、彼女の一挙手一投足は刺激が強い。

 釣り合う容姿でないこともあり、他者からの妬みも理解できる。

 理解できるとしても、心の無い言葉を投げかけられるのはやはり辛い。だが、それでも———


「届かない一等星を掴めた相手に、何も思わないなんてできるはずが無いんだから」

「台詞臭すぎない? うーん、お年頃ってのは分かるんだけどさ……」

「ちょっと? 結構真面目に思ってたことなんだけど?」

「……ふふっ。ま、そうだよね。ウチの横に立つっていう覚悟を、あの人たちは知らないから好き勝手言えるんだ。ほら、ウチって高嶺の花だし?」


 桜蓮は男子生徒に寄りかかり、鼻先を軽くつつく。


 その距離は、親しく無いと有り得ない程の近さ。事情を知らなければ、誰しもが恋仲以上の関係なのだろうと邪推するほど。

 寧ろ、この場においては戦場の場で睦まじく戯れているさまに対して唾を吐きかけたくなるのは、正常な心理とも言えるだろう。


「……それで?」

「?」

「いや、はてな? じゃないから。首も傾げるな。桜蓮から振ってきたんだろ、この話は」

「いや、びっくりしたんだよ。入りが滅茶苦茶だし、面倒くさがってスルーに徹するものかと思ってたし。なんなら、最近物忘れが目立つし最悪本当に忘れたのかと。今日の朝だって、連絡端末忘れるなんてあり得ないことしてたし」

「流れ作業でダメ出しするな。流石にこの短さでは忘れない、ニワトリじゃあるまいし。こんな戦火の中で振ってくる話なんだから、重要なものなんだろ? それくらい分かる」

「おー。流石はウチの相棒、よくわかってるね」

「上司の無茶ぶりに慣れさせられただけだよ」


 その言葉に、男子生徒———北山菊きたやまあきはため息をつきながら返答する。

 歳は桜蓮と同じく十七。白く染まった髪色にサファイアのように透き通っている青い瞳。

 飄々としている見た目にそぐわない中肉中背をしている北山菊は、己の胸元に刺しゅうされている〝Ⅵ〟という数字と、目の前にいる彼女の胸にある〝Ⅶ〟の数字を見比べた。


 黒を基調とする軍服を模した戦闘服と、茶色を模した戦闘服は似た色であるが、その間にある〝格〟は驚くほどに異なり、距離は遠い。


「……えっち。また胸見てきてる」

「見るほど無いのが分かってない? ちゃんとボディチェックした方が良いぞ」

「…………」

「無言で殴りかかってくるな! 桜蓮が何時まで経っても勘違いするからだろ!」

「いくら階級が気になるからって、不躾に女の子の胸をジロジロ見るのが悪い! これは前も言った‼」

「覚えてねぇけど⁉」

「やっぱりボケが酷い! 歳か⁉ その歳でボケるのはキツいんだけど‼」

「ボケてねぇ、ボケっていうな、せめて物忘れにしてくれ!」


 三度ほど肩パンを受けたところで、話を戻すべく菊は近くの瓦礫に腰を下ろす。

 未だ周りの避難、復帰活動は済んでいない。追撃の可能性がゼロでは無い以上、残って警戒するのは当然の責務。

 だが、その間ただぼうっと突っ立っていられるほど、桜蓮や菊にある時間は余ってはいない。戦場で話すのは些か似合わない内容であっても、文句は言っていられなかった。

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