姉貴面精霊と俺と、インビジブルガール

@TodayMoon

第0話

 ———痛い。

 

 目に入る景色が、現実が。脳裏に過ぎる記憶が、経験が。

 表面上はほとんど変わっていない瞳を介して認識される全てが、苦痛に感じる。


 夜だ。


 窓が無い部屋にいたせいで、最近は太陽の光を見れていなかったが、それでも体内時間は今が夜であることを示してくれていた。


 底冷えした風に身を震わせる。遠くから微かに聞こえる声は、意識を覚醒させた。


 横には、唯一無二の家族がいる。


 思い出した。

 今日は、久しぶりに外に出ようと二人で決めた希望の日だった。




 視界の端に、白衣を着た男が映った。即座に身を隠して、二人で様子を窺う。


 一見、危険性が無いようにも見える彼らは、白衣の下に凶暴性を隠し持っているらしい。

 いなくなるのを息をひそめて待ち、目的の方向へと忍び足で向かっていく。


 きぃ、と古い扉が音を立てた。


 その先に広がるのは、一体いつ振りなのかもわからない外の景色。

 窓から見える、明るい月。そして、その下に広がる不気味な森だった。


 ぴちゃ、ぴちゃ。


 歩くたびに足元から音が鳴る。


 それでも、下を見る気にはなれなかった。遠くから聞こえているはずの声が、近くに感じられる。


 そう、思った。


 仕方がないので、空へと時折視線を向けながら歩いていく。


 透き通った夜空に、ほんのり濃霧がかった雲がゆるやかに流れていく。


 見たことがあるような形にしばし意識を割いた。

 菊の花だ、とぼんやり感じた。




 ぴちゃ、びちゃ、ぴちゃ。


 足元から鳴る音は止まない。

 寧ろ、その音はいつしか多少の粘り気を含んだような不快感を足に覚えさせるようにもなっていた。


 窓から見える景色も、進むにつれて染みが増えていく。


 赤く、様々な形がついている不思議な模様だ。

 興味をひかれるものではあったが、横に居る家族からの言葉を思い出す。


 首をふって先へと進んでいく。


 また、遠くで声が聞こえた。


 今まで聞こえていた声とは違い、なぜか後ろ髪を引かれるような感触を覚えた。


 だが、目の前に広がる出口。

 家族から言われていたゴールに辿り着く大事さが勝った。




 走り出す。

 

 ペタペタ、ペタッ、ペタ。


 未だに粘り気のある違和感は消えない。


 それでも久しぶりに味わった解放感に、僅かながらの違和感は消え去る。


 赤い印をつけながら、濃霧に紛れた森に入っていく。


 もう声は聞こえない。



 ———何故かそれが、とても悲しく思えた。

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