相談は、インビジブルガールと

第11話

「……本当に、大丈夫なんだよね? 北山、菊、くん」

「なんだよその呼び方。桜蓮らしくない、一体どうしたんだよ」

「いやさっきの返事貰ってないし! しかもなんで〝忘却の魔女〟の影響がないの?」

「やっぱりそれが原因かよ。タイムリーだな、本当に。俺は知らない。異変に気付いたからお前を探して理由を聞こうと思った」


 話すうちに、汗も引き始める。安堵感が胸に広がり、自然と言葉もいつもよりも柔らかになっているように菊は感じた。


「ウチもそれがわからない。あの時、菊くんがなんとか助け出してくれた後は病院で目を覚ましたけど、知らない患者がベッドにいるとか騒ぎで……」


 と、そこまでいったところで口が止まる。何事かと彼女の視線を追えば、どうやら菊の首筋に集まっている様だった。


「……なんだよ」

「菊くん、ウチがおかしくなってることに気付いた時に焦った?」

「…………いや、そこまで。どうにかなるだろって思ったし、とりあえず見つけとこうと」

「汗かいてるよ?」

「桜蓮が忘れ去られたってことは、俺にあった庇護も無くなってるってことだからな。先生に面倒な絡みをされそうだったから、逃げてきただけ」

「ふーん?」


 ニヨニヨとした表情を浮かべられるが、菊は全力で無視する。今まで好き放題にされてきた以上、仕返ししたくなるというのは仕方の無い事。

 こういった状況下くらいでないと仕返しができないというのも悲しくはあるが、それでも菊は極めて無表情で接して見せた。


「で、これからどうするんだ? その本で解決策は見つかったか?」

「ホント、つまらないヤツだな……」


 菊が意地を張って隙を見せなかったことに膨れつつ、桜蓮は手元の本に目線を落とす。

 開かれているページには、神隠しについての記事が切り抜かれていた。


「……それって」

「そう、神隠しについて。凄いよね、先代の《明晰》はこれも残してたみたいなの」

「まさかとは思うが、先代の死因ってソレじゃねぇ……よな?」

「流石に無いよ。もしそうだったら、ウチたちの記憶にも残ってないでしょ?」


 ソレ、と菊が首で示したのは何であろう神隠しについての文献である。だが、その可能性については桜蓮が大きく首をふって見せた。


「今この世界に生きている人の中で、先代の《明晰》について知らない人の方が少ない。もし今回のようなケースだったとしても、こんなに影響力が無いのはおかしいからね」


 ふむ、と桜蓮は顎に手をあてて考えるポーズをとる。しっとりと汗ばんだ皮膚に髪の毛がくっついている横顔は、それでもいつも通り華麗に見えた。


「……ん」

「え? あ、ちょっと汗くさい? ご、ごめん」


 なんだかただただ見ているのにも罪悪感を持ち、菊は無造作に清涼シートを投げる。

 少しばかり慌ててシートを取り出す彼女とは逆の方向を向き、同じソファーへと腰を下ろした。


「別にそんなんじゃない。桜蓮の匂いとかもう嗅ぎ慣れてるし。問題はここからどうするかって話だよな」

「サラッと気持ち悪いこと言わないで、最悪」


 ドカッと中々力の籠ったグーパンが背中に入り、呻き声を漏らしながら床へと崩れ落ちていく菊。それを横目で見ながらも、桜蓮は今後の動きについて思想する。


「……まずは、分体を見つけて倒さないと話にならないかも」

「分体? なんだそりゃ」

「まずは菊くんにしっかりと理解してもらう事から始めないと、話にならないね。はぁ」

「すっげぇため息つくじゃん。言い方にトゲしか無いぞ?」


 呆れ口調の桜蓮から語られるは、神隠しの真相について。

 過去に起きた事件と、古くから伝わる伝承、そして探偵室で見つかった資料を基に、現時点で予測できること。


「消える魔女っていうのは、どうやら〝忘却の魔女〟って限られた人たちの中で呼ばれてたみたい。ウチみたいに、何かのタイミングで疑問を持って調べてた人たちが居て、先代の《明晰》———三和胡桃さんもその中の一人だったみたい」


 忘却の魔女とは、被害を受けた人物が誰にも認識されなくなり、記憶からも消え失せる呪いを持つとされていた。


 本来ならば、忘却された人物についての情報は全て消え失せる。

 その為に問題にもなるはずが無いのだが、昔から幾つか記録媒体に登録されていない人物を探してほしいというケースがあったとのことだった。


 さかのぼれば、一番古い情報があるのは江戸時代。もしそれが忘却の魔女の仕業だとすれば、相当に古くから存在する伝承のひとつになる。


「なんでそれが分かったのか。共通点は、捜索願を出した人と、媒体に未登録の人との関係は親類だったり恋人だったり。要は影響力が強い人に対してだった」


 そこから考えられることは、忘却できるとしても限度はあり、関係性が深い相手に対しては何らかの形で歪みが出るという点だった。


 近年でも数は減りども、似たケースは起こっている。

 医療や文明レベルが上がったことにより、精神的な問題として処理されるケースが多かったことから問題にはなっていなかったが、昔と変わらず神隠しとされる現象は世の中をひっそりと蝕んでいたのだった。

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